第36話 尻込み

 石棺の上を開放して、様子を伺う。

 ドディッシュは天井に穴が開いて日光が射していることに気付き、また暴れだした。

 だが、石の壁を上ることはできないらしい。

 ……このまま放置していれば、いずれは倒せるだろう。


「ミア、俺はここでドディシュが出てこないか見張ってる。作業再開は、こいつを倒したらにしよう」

「分かった。あなたの分も、お昼ご飯はこっちに持ってくる」

「え? いや、塔に戻って食べ……」

「時間が惜しい」


 せっかく「ちょっといいランチ」を期待していたのに……。

 眼下のドディシュをにらんだ。ヤツはまだ、ウゴウゴと何か騒いでいる。




 ◇◇◇




 ドディシュの気配がなくなったことまでは確認したが、どれだけ脅威のある魔獣とはいえ、その亡骸を確認するのには抵抗がある。

 俺は念のため、日没まで石棺はそのままにしておくことにした。

 ……願わくば、誰か別の衛兵がやってきて、どうにかしてくれるといいのだが。

 石棺の中に『ある』ものを想像してやや食欲はなくなってしまったが、ミアが塔から持ってきてくれた昼ご飯をなんとか胃に詰め込んで、いよいよ「塔の残骸の回収」の開始である。


 立ち入り禁止区域に落ちている塔の残骸はよく見えた。

 素材が色々混ざっているだろうし、結構広い範囲に飛び散っているようだ。今度は、一括採取ツールはあてにならない。


「手掘りだな」


 俺はインベントリにあったピッケルを取り出す。

 すると、ミアが怪訝な顔をした。


「……今、それ、どこから……」

「ん?」

「それ」


 眉間にしわを寄せ、俺の手元を指さす。


「ああ、これか。折り畳み式なんだ」


 ミアは首を傾げたが、俺がついた嘘が大胆すぎたせいで、かえって疑わなかったらしい。

 数度目をしばたかせて、小さく「そう」とだけ言った。

 明日からは、部屋でインベントリを開いて用意しておくほうがいいな。邪魔だけど仕方ない。


 塔の残骸へと近付くと、意外にもそれらは粉々にならず、むしろある程度の塊のまま残っていた。

 これが、俺が破壊した塔。

 犠牲者はいなかったが、この街の人の大切なものを壊してしまったことに違いはない。


 無言のまま、ピッケルを振る。


「これは、何をしているの?」


 ミアが後ろから覗き込んできた。


「採掘だよ。いや、この場合は『採取』か」

「サイクツ、サイシュ? それは……」

「ええと、建物を作るときには、木とか石とか鉄みたいな素材が必要になる。だから塔の残骸を回収してるんだ」

「そう。何か手伝うことはある?」

「あー、この辺りに落ちてる『折れた木』を集めて、積んでおいてくれると助かるかも」

「わかった」


 それだけ言って、ミアは俺から離れていった。


 アンサスで行ったテストで分かってはいたが、一括採取ツールは加工されたものを採取する事ができないらしい。

 だが、これはロークラの時の仕様と同じだ。つまり、『建築物がまとめて採取される』ような事故を防ぐための処置である。


 ということで石英や鋼玉、加工用の木材は手で集める必要があった。


「……さて」


 俺は再び、目の前にある巨大な石英と鋼玉の塊をピッケルで削り始めた。

 




 ◇◇◇




 日が傾き始めたころ、俺のインベントリは半分以上が建材で埋まっていた。

 このあと、ミアが集めてきてくれた材木もインベントリに拾いあげなきゃいけない。

 そのためには、彼女の目をそらさないと。


「見つけられるだけ見つけてきた」

「助かる。ありがとう」


 俺は自分の背ほども積まれた木の残骸を見上げた。大量の木は、おそらく倉庫部分の棚だったものだろう。

 思ったより重労働をさせてしまった。


 そういえば、ここにはほとんど金属が落ちていなかった。

 ソーラーパネルには金属が使われているはずだから、どこかに残骸が残っているはずだ。

 普通に考えれば、より塔に近いエリアだが……。


「……まあいいか」


 俺は深いため息をついて、その場に腰を下ろした。


「ミア、疲れただろ。今日はもう終わりにする。先に戻っていてくれ」

「だめ」


 ミアが俺の隣に腰を下ろす。


「私は、獣人さんの監視役だもの。逃げるかもしれないでしょう?」

「逃げる? ムリだよ」


 あたり一面森。唯一の道は塔につながっているだけで、ほかの場所へ行こうとすれば、深い森を突っ切っていくしかない。

 ここから見ているだけでも、森の奥に日が射し込んでいないのは明白だった。


 地図がないのはもちろんだが、それ以前に何が棲息しているかも分からない。それこそ、これから日が暮れてドディシュに不意打ちされたら、無事では済まないだろう。

 そんなところ、怖くて行けるはずがない。

 だが、ミアの目は真剣だ。


「まいったな……」


 ミアが見ている前で木の残骸を採掘すれば、インベントリに木をしまうところも見せることになる。

 インベントリについても説明しなくちゃいけなくなるが、ミアにそれが理解できるかは分からない。

 かと言って、うまい嘘も思いつかない。


 朝早くに出てきて回収するか、この後夜中にこっそり回収しに来るか……あとは、プラムにインベントリの説明をお願いするか。


 俺はその場に仰向けに寝転がる。

 じくっと手のひらが痛んだ。


「ッ……?」


 見ると、ピッケルを握っていた右手の薬指と小指の付け根部分に、赤く小さな水ぶくれが出来ていた。

 アンサスの時は素手で採取できたせいで、ピッケルなんて使わなかったから気付かなかった。 体へのダメージもやっぱりあるんだな……。ゲームならあんなに簡単な『作業』なのに。


「……獣人さん、手が……」

「まあ、頑張ったからね」


 この調子で明日も部品回収や建設ができるだろうか。

 プラムが回復薬でも研究していないだろうか。もしくは、食事をとったら体力回復とか。


「手当てしないと」


 ミアが勢いよく立ち上がり、俺の腕を引っ張った。


「なっ、ちょ、ちょっと、痛いからゆっくり……」


 彼女は力任せに俺を引き上げると、すぐに塔へと続く道に戻り、さっさと帰ってしまった。

 ……監視役じゃなかったのかよ。


 俺は木の破片の山を見る。

 チャンスではあるが……。


 手を見る。建築用の木材を回収するには斧が必須だ。この状態で振り続ければ、もっと大きなマメができて、明日の仕事に差し支えるかもしれない。


 それに、遅くなればミアが心配するだろう。


 俺は、夕日に照らされている小さな石棺を見た。


「……一応、フタだけしておくか」


 俺は再び石棺によじ登り、中の音を聞いた。音はない。

 インベントリから敵探知レーダーを出す。光の反応はない。

 さすがにもう倒せたと判断しても良さそうだが……。


 本当はここで石棺を開け、確認しなくちゃいけないのかもしれない。

 だけど……。


 俺は妥協して、天井に石ブロックを設置すると、そこで両手を合わせた。

 この世界の神も仏も知らないが、そういう何かはいるだろう。

 それから、ミアの姿が見えなくなる前に、重たい体を走らせてその背中を追った。

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