愛が、震える

ポンタ

第1話 告白

オシャレで雰囲気のあるイタリアンのお店。お店全体が白を基調にしたシックな内装。そこはあまり普段のデートでは使わないような場所だった。

「結婚してください。」

 俊之はそう言って指輪の入った箱をテーブルの上に置いた。手が小刻みに震えている。

「・・・。」

 予感はしていたものの、いざプロポーズを受けるとなんと答えればいいか分からなくなってしまう。

「・・・えっと、ダメかな?」

 答えない私に不安を感じたのか俊之は話しかけてくる。

「ううん。そうじゃないの。」

 小さく顔を横に振る。プロポーズは嬉しかった。私はこんな日をずっと夢見て来たのだから。だけど、いま私はこれに応えていいのか迷った。

「・・・。」

黙っている私を俊之は不安そうな顔で見つめている。


 高校生の頃、私は「ブス」だった。同級生からは「もののけ」と言われた。私は私の顔が嫌いだった。太った体、一重の釣り目で、つぶれた鼻、薄い唇、張ったエラ。誰が見ても「ブス」。上京して大学に行ってからもその境遇は全く変わらなかった。

こんな顔早く捨てたい。

いつか綺麗になってみんなを見返してやりたい。その心に決めてお金を貯めた。ただ普通のアルバイトではお金はなかなか貯まらない。だから風俗を選んだ。雇ってくれる所は少なかったが、物珍しさを売りにするマニアックなお店は存在した。

 そして大学を卒業し、手術を受けた。目頭切開、目を二重、鼻を高くし、唇も厚く、そして出っ張ったエラは削った。総額300万ほどかかった。そしてお金と痛みを引き換えに、私は「綺麗」な顔を手に入れた。それから私は就職した。周囲の態度は以前とは明らかに変わった。男は何かにつけて声をかけてくる。女は一緒に遊びたがり、合コンなどに頻繁に誘ってくる。顔を変えただけで世界がまるで違かった。はじめは嬉しくて声をかけて来る男とは手あたり次第に付き合い、女が合コンに誘って来れば、彼氏がいようがいまいがついていった。“人生なんて楽勝”私は素直にそんな風に思った。そしてそんな日々が続くと、次に来るのは“飽き”だった。男はやりたいだけ、女は自分のステータスを上げるために私を連れ回し、いい男を釣るための餌として私を使う。ただそれだけなのだ、それ以上でもそれ以下でもない。私はそんな日々を繰り返すうちに男も女もくだらなく思えてきた。そしてそんな時、俊之と出会った。同じ会社で違う部署から異動してきた三つ年上の男。この人は他の男性とは少し違っていた。特別顔がいいわけではないが、ただ余計な事を喋らず、黙々と仕事をしている。暗いわけでもなく、話しかければとても柔らかい表情で返答してくれる。自意識過剰に思われるかも知れないが、私に対して何の興味も示さない。そんな俊之に私はだんだんと興味を持ち始め、いつしか惹かれていった。


「俊之さんは彼女いるんですか?」

「え・・・」

私は会社の飲み会で彼に話しかけた。いきなり直球の質問に俊之はかなり動揺していた。

「い、いませんけど。」

「そうなんですね。良かった。」

 そう言って微笑みかける。俊之は少し動揺した表情をみせ、目線をそらしお酒を口にする。俊之は仕事はともかく女性には奥手だった。決してモテないタイプではないのだろうが、自分から女性にアプローチするような性格でもない。私はその日に俊之と連絡先を交換した。

そしてその飲み会の日から、俊之とプライベートでも会うようになった。もちろん最初はすべて私から誘った。何回か会ううちに私は俊之の人柄に触れ、ますます惹かれていった。何よりも優しいのだ。今まで言い寄ってきた男も優しかったが、その殆どは下心があり、その欲望が済むとフッとどこかに行ってしまう。しかし俊之は下心を感じなかった。たぶん男性だから下心がない事はないのだろうが、俊之から肉体関係を迫ってくることはなかった。私たちが初めて肉体関係を持ったのは俊之が告白してきてからだった。

「付き合って頂けませんか。」

 何回もデートを重ねているのに、俊之は恥ずかしそうに下を向き、顔を赤くしながら告白してきた。しかも敬語で。

「はい。お願いします。」

 思わずこちらも敬語で応えてしまった。私の答えに俊之が見つめてくる。安堵と嬉しさが混じった顔で。その改まった状況に私たちはクスクスと笑い合う。俊之は私を引き寄せ、優しく抱きしめる。俊之の心臓はとても早く高鳴っていて、少し体が震えていた。

「ごめん、あんまり慣れてなくて。」

「なんで謝るの?」

「ごめん。」

 私も俊之の背中に手を回す。私は改めてこの人が愛おしいと感じた。そしてその日の夜に私たちは初めて体の関係を持った。

 それから1年の月日が流れた。特に大きな問題もなく、私は俊之を好きでいる事が出来た。俊之も変わらずに私に愛情を注いでくれる。そして私は俊之との結婚を意識するようになった。しかしここで大きな問題が出てきた。

整形だ。

もし本当の事を俊之が知ってしまったら、拒否されてしまうのではないかという恐怖に襲われた。だけど田舎から上京した私の過去を知る者はいない。大学の時はほぼ誰とも話してはいないし顔も合わせてはいない。

バレなければいい事だ。

そう腹を括ろうと考えた事もあったが、でも、もしバレたらこの生活は終わってしまう。きっと俊之を失望させ傷つけてしまうだろう。そうなればすべて終わりだ。


「君の実家に行ってもいいかな。」

 ある時俊之が訪ねてきた。たぶん俊之も私との結婚を意識してくれているんだと思った。しかし、田舎に連れて行くことは出来ない。私は整形してから一度も田舎に帰っていないのだ。家族も私が整形したことを知らない。私にとってブスで醜かった過去は捨てたのだ。

「嬉しいんだけど、ちょっと待って。あんまり両親と上手くいってないんだ。」

 苦し紛れの言い訳をする。俊之は深く聞こうとはせず「分かった。」とだけ言ってくれた。

・・・きっと私の昔の顔を見れば嫌いになる。

 自分の部屋の引き出しを開ける。そこに一枚の写真が入っている。昔のブスだった頃の写真。そこに映っているのは暗い顔をした丸く太ったブスな女だった。昔の写真が残っているのはこの一枚だけ。万が一今の顔に自信がもてなくなった時、この写真を見て元気づけようと持っていたのだ。絶対にこの頃には戻りたくない。誰からも相手にされず、誰からも「ブス」と罵られ、死んでしまいたいと何度も思った過去。

「・・・。」

 じっと写真を見つめ、写真を引き出しに戻した。これはきっと開けてはいけい箱『パンドラの箱』なのだ。開ければ様々な災害が飛び出してくる。


 「大事な話があるんだ。今日仕事が終わったら食事をして帰らない?」

 仕事中に俊之からメールが来た。ついに来たと思った。俊之を見るとこちらを見ずに黙々と仕事をしている。

「分かった。」

 と返信する。すぐに返信が来た。お店のURLが貼ってあり、そのページに飛ぶと『アフェット』と言うお洒落なイタリアンのお店が出てきた。『19時に!』というメッセージが付けられていた。大事な話・・・。きっとプロポーズだ。   

私の心はザワつき、落ち着かない。言わなければいけない。でも言ってしまったらきっとすべて終わってしまう―――――。


 プロポーズしてきた俊之の手は震えていた。私は何も答えられずにいた。

「・・・えっと、ダメかな?」

 苦笑いを浮かべ、不安そうな顔で聞いてくる。

「ううん、ダメじゃない。」

「・・・じゃあ喜んでもいいのかな。」

 俊之は複雑な表情を浮かべている。

「・・・嬉しい・・・けど・・・。」

 言葉がつまる。俊之はなにも言わずに待ってくれている。だけどその時間がさらに私の心を締め付ける。ここで言わなかったらたぶんこれから先言う機会を逃してしまうだろう。俊之の顔を見る。不安そうな顔を浮かべている。私は何度も大きく深呼吸をする。

「どうした?具合でも悪い?」

 心配してくれる俊之に私は黙って首を横に振る。私はこの人を失いたくない。一緒にいて欲しい。

「・・・。」

涙が出てくる。それを見て俊之が慌てて席を立つ。

「違うの、何でもないの。座って。」

「でも。」

「いいから座って、お願い。」

 ゆっくりと座り直す俊之。涙が止まらない。止めようとすればするほど溢れてくる。これほどまでに私は彼を欲していたのだ。改めて気付かされる。やはりこのまま黙っておくことは出来ない。そう思った。

涙が止まるのを待ち、ゆっくりと呼吸を整える。

「あのね、聞いて欲しい事があるの。」

 真っ直ぐに彼を見つめる。声が震え、手が、足が震える。

怖い。

すぐにでもこの場から消えてなくなりたい。

「私ね・・・。」

 整形しているの。この言葉の前で止まってしまう。言ったら終わってしまう。彼が私を拒絶すれば、私はまたあのくだらない世界へと戻ってしまう。

「ゆっくりでいいよ。」

 俊之が微笑んでくれている。

「・・・。」

 どうしても言葉が詰まってしまう。

また長い沈黙が続く。

「ごめん、やっぱりやめよう。」

「えっ、」

 俊之は柔らかな表情を浮かべながら言った。

「何か言いづらい事があるのなら言わなくていいよ。そんなに答えに焦ってはいないから。それよりも君を苦しませたくはない。」

 そう言って指輪を自分の所に引っ込めようとした。

「待って。」

 私は咄嗟にその手を掴んだ。俊之はびっくりしたようにこちらを見つめる。

「大丈夫。ちゃんと話す。」

 この人を苦しませてはいけない。このまま偽り続けても誰も幸せにはなれない。本当の事を話してこの人が離れてしまうのであれば、素直に受け入れよう。そう思った。

「私ね・・・。」

 もう一度大きく呼吸し、まっすぐ俊之を見つめる。俊之もまっすぐ見つめてくる。私はゆっくりと『パンドラの箱』を開ける。決して開けてはいけない箱。 だけど私は信じたい。箱を開け、様々な災害が飛び出した後、最後に残るのは“希望”だと言われている事を。

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愛が、震える ポンタ @yaginuma0126

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