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胡蝶花流 道反

第1話

 う~ん、こんな感じだったかな?

 イングリッシュガーデンっていうんだっけ。芝生の広場に石を敷き詰めた小径、バラのアーチにティータイムスペースも配置して。

 花は…あまり詳しくないので、お勧め機能などあれば有難いのだが…あ、オート作製モードという項目を見付けた。ガーデニングメニューの一覧に、ちゃんとイングリッシュガーデンがあったので、タップしてみる。

「うわ~、これまた選択肢が沢山あるぞ、迷うな~…一旦休憩するか」

 今日は朝からずっと、ここの庭造りをしている。建物と内装は昨日までに終わらせた。慣れてくると、一軒作るのに早ければ3日も掛からない。丸々コピーを使えば一瞬だが、それでは味気ないし、何より時間が余って仕方なくなる。

 そろそろ昼食でも頂こうか、と先程作ったばかりのオープンテラスで準備をしていると、

「こんにちは、はじめまして。凄いですね!これ全部、あなたが作られたのですか?」

 と、ゲートの向こうから声を掛けられた。珍しい、来訪者なんてどのくらい振りだろう。

「こんにちは、はじめまして。はい、そうです。自己流の手探りで製作して来たものだから、お粗末な物ですよ。ところで、こんな過疎地までよく来られましたね」

「ええ。昨日から始まったイベントのミッションで、遠出して来ました」

「へぇ~、イベントですか。僕はもうずっと、アップデートしていませんので、そういった情報は全然でして」

「それで、質感がなんか違っている感じだったんですね。古いバージョンの素材かぁ、これはこれで味があっていいですね。そして向こうにそびえる、素晴らしいあのお城!ここまで来たついでに、見学させて貰えませんか?」

「勿論いいですよ。その前に丁度ランチを頂くところでして、宜しければご一緒に如何ですか?」

 久し振りに人に会えたので、もう少し話をしていたかった。




「花壇作りがまだなので殺風景ですが、ここで頂きましょう。アフタヌーンティーセット、ご用意しますね」

 ご用意と言っても、ポチって画面表示するだけだ。ここは、ゲームだからね。

「殺風景などと、とんでもない!敷き詰めた芝生や積み上げたレンガ一つとっても、ディテールまで丁寧に作り込まれて、半端ない職人技ですよ!」

「お恥ずかしながら、殆どコピペ作業ですよ。今まで使用してきたテクスチャをツギハギして並べただけ、なんです。時間だけは、馬鹿みたいに費やしていますから、ね。このゲームを始めてから、何10年になるやら。現実リアル生活くらしより遥かに永い…まるで故郷ですよ」

「へ~、今回のミッションみたいですね~」

「そうなんですか?」

「はい。『伝説の仙人を探せ!』ってミッションなんですけどね、とある都市伝説から来ているのではないか、って噂されているんですよ」

「そういえばイベントの最中でしたね。あまり時間を取らせては悪いので、そろそろ城にご案内します。近くからワープ出来るので、すぐ着きますよ」




「おおー、近くで見ると、更に素晴らしい!この素材はめちゃくちゃ初期のヤツみたいですね、画素数や解像度がレトロな感じで」

「このゲームの発売時からプレイしてますからね」

「またまた、ご冗談を。これが出たのは60年も前ですよ。それに……」

 そう、60年前。僕はまだ28の若者だった。当時はまだVR技術の黎明期で、フルダイブタイプが出始めたばかりの頃だった。

「幼い時に夢見た技術を体験したくて、何とかして発売日にゲットしたなぁ。最初の頃はバトルが楽しかったけど、ステータスがカンストした辺りからなんか熱が冷めて、それからはDIYにハマって…剣士から建築造園職人にジョブチェンジですよw」

 子供の頃にディスプレイとコントローラーではいり込んだ世界を、アニメやラノベの主人公のように実体験出来る。そう、当時大好きだったあの作品…

「僕が子供の頃、物凄く好きなアニメがありましてね、その作品に転移するのが夢だったんですよ。街造りを始める時、当然その作品の世界を再現しようと決めました。ほぼうろ覚えなんですけど、シーン毎の景色を想い出し乍ら、コツコツと造り続けて60年…ほんと、故郷そのものです」


ピロリロリーン!


 ???

 なんだ、このSEは?


「おおー、あなたが伝説の仙人だったのですね!!!」

「いや、違っ…今の話盛っただけ、盛っただけだから!本当に60年もゲームしてられる訳ないじゃん、時間設定壊れているんでしょ、コレ。確かに、膨大な時間プレイしているみたいだけど、実際はたいして経っていない…精神と時の部屋的なやつ?ですよね?」

「…これ、さっき話に出た都市伝説なんですけど…このゲームを遊ぶ為のVR接続機器の、第一世代…直ぐに発売中止になってしまったので、いまでは第ゼロ世代と呼ばれてますが…その機器に、60年繋がれっぱなしのゲーマーがいる、という噂があるんです。第ゼロ世代ってのが実は欠陥品で、その時プレイされていた方はほぼ全員亡くなられたそうです、ただ一人を除いて。その生き残った一人が、メーカーによるお詫びの補償にて人工生命装置により生かされ続け、未だゲームの中に留まっている、という話です」

「そんな…」

「ま、それはあくまで噂、都市伝説なんですけどね。でもあなたが伝説の仙人だったなんて…え、なんか色素が薄くなってません?」

 急に辺りが光り、僕のアバターが消えてゆく。意識も段々と薄らいできて、夢から醒めていくような感覚だ。小高い位置にある、この城から眺める風景は、昔アニメで見たような気がする。もう少しで完成したんだがなぁ、懐かしき僕の理想の箱庭…徐々に光に包まれていく…




 ……先生……起きました……


 意識が 

 ここは

 僕は


「あ…あ……」

「意識が戻られたようだ。暫くは安静…いや、心身ともに機能が戻るのには時間が必要だがね。まぁ、何とか行方不明になっていた本人のアバターを、見付けられる事が出来て、良かった。による不具合を、今回のアップデートによって無事解消出来たおかげだよ」

「患者さんが生きているうちで、本当に良かったです」

 まだ頭がぼんやりしているし声すら出せない状態だが、なにか話しているのは解る。医師と看護師の会話のようだ。

「イベントと称しての、人海戦術が功を奏したようだな」

「命が助かったのは喜ばしい事なんでしょうけど…起きたらいきなりお爺ちゃん、とか相当ショック受けるのではないでしょうか。えっとお幾つでしたっけ?」

「88歳。ゲーム作動中の事故により、身体のあらゆる部位に損傷を負うが奇跡的に生存、同じ事故に遭った他99名は死亡…限定100人とかこの人達、運がいいのか悪いのか…」

「お亡くなりになったのだから、悪いのでは?それでこの方、その時からずっとゲームを続けられて…このモニターに映っているのがゲーム画面ですか?綺麗な所ですね、絵に描いたようなファンタジックな風景で。このような所にずっと居られたら、幸せですね」

「そうは言っても、正しくは現実世界こっちが本来居るべき場所なんだよ。だが確かに終の棲家にしたいと思える、いい所だなぁ…ん?」

「先生、どうかされましたか?」

「この患者さん、確か88歳だったよね?88歳と言えば…」

「『米寿』のお祝いですね」

「で、このモニターに表示されているの、プレイヤー名だよね?ここに書かれている名前…」

「あら、『ベージュ』ですね」

 

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