虚の輪 4 心火の後1

 窓から差し込む、欠けた月の光が、台の上に置かれた棺を淡く照らす。その光に誘われるかのように、レクトは、白木の棺の蓋にもう一度、手を掛けた。


 押し開いた、荒削りの棺の中で眠っているのは、この皇国の皇太子であるレクトの信頼篤い部下の一人、いや唯一の友人といってよかった青年、ヴィント。皇国の南にある王国からの人質としてこの皇国を訪れ、剣の技と冷徹さを買われて皇国の近衛騎士に引き上げられた。そしてその優しさが故に、……卑怯者達の刃からレクトを庇い、死んだ。


 眠っているようにしか見えない、ヴィントの血の気の無い頬を、静かに撫でる。身動き一つしない身体は、やはり、冷たい。胸の上に置かれた左袖に光る七本の線と、空っぽの右袖の上に置かれた腕代わりのヴィントの剣を見つめ、レクトは俯き、唇を震わせた。ヴィントが死んだことが、悲しく、……悔しい。生きて、ずっと、レクトの傍で、その力を振るって欲しかったのに。溜息をつき、諦めきれない心を無理に振り切ると、レクトは再び、棺を閉じる為に棺の蓋に手を掛けた。


 と。


「その願い、叶えてやろう」


 地下から湧き出すような声が、レクトの耳を震わせる。


「我が力で、その者を生き返らせてやる」


 そんなことができるものなど、この世界にはいない。レクトの中の理性が、叫ぶ。今は安らかなヴィントの眠りを、妨げるわけにも。だが。声のままに、レクトはヴィントの亡骸を彼の剣と共に棺から抱き上げ、地下へと続く階段に足を掛けた。

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