七の輪 2
崩れた地下道は、やがて埃っぽい暗闇に変わる。変化する匂いに気をつけながら進むと、一度感じたことがある雰囲気の空間に辿り着くことができた。ここが、確か、オストと一緒に歩いた、道。沸き上がる悲しさを振り解き、ライは一度人間の姿に戻った。
あの、奥行きのある部屋に行くには、どの道を通ったのか。一度だけ歩いた地下の様子を思い出す為に、低く呻く。しかし、一度だけ、しかも迷いながら闇雲に歩いた道を思い出すことは、至難の業。とにかく、進むしかない。ライはもう一度鼠の姿を取ると、勘だけを頼りに冷たい暗闇を進んだ。
どのくらい、鼠の姿で走っただろうか。不意に辺りが明るくなり、思わず目を瞬かせる。人間の姿の戻ると、ずっと奥に件の柱が見える部屋の前に、ライは立っていた。
おもむろに、その部屋に足を踏み入れる。
「来たか、ライ」
初代の幻獣イグラフの身体が太い鎖で縛り付けられている柱の前に佇む二つの影の内、右側にいた影が、ライを見て微笑む。その影、全ての原因である皇王レクトを、ライはきっと睨んだ。
「どうだ、私の跡を継ぎ、幻獣の力で皇国を支配する気は、あるか?」
そのライの想いを全く無視したレクトの声が、仄明るい空間に響く。
「いいえ」
レクトの方へ一歩踏み出し、ライは強く、首を横に振った。ここで倒れた従兄のテムと、柱に取り込まれて幻獣になってしまったアールの、苦しむ顔が、脳裏を過ぎる。これ以上、悲しみを作るな。ルフの声を思い出し、ライはもう一度、レクトに向かって首を横に振った。
「そうか」
そのライを見詰めた皇王レクトが、傍らの、黒いフードを深く被った青年騎士に頷く。次の瞬間。青年騎士は一足でライの前に立ち、ライが銀の短剣を鞘から抜くや否やライの右手を捻り、ライから銀の短剣を取り上げた。そして。
「え?」
捻られた右手の痛みにライが呻くより前に、ライの銀の短剣を左手に掴んだ青年騎士の黒いマントが翻る。その左袖の七つ輪がライの視界に映った、次の瞬間、青年騎士は柱に縛られていた幻獣イグラフの喉を銀の短剣で掻き切り、その青年騎士の行動に目を剥いた皇王レクトの胸に同じ銀の短剣を深く、刺した。
「ヴィ、ヴィン、ト……」
僅かな呟きを残し、冷たい石床に頽れた皇王レクトを、青年騎士が支える。柱の前にレクトを横たえた青年騎士は、思わぬ光景に目を見開いたまま動けないライの方を見詰め、そして静かに、微笑んだ。
「大元は断った。これで、レクトが各地に放った幻獣は消えるだろう。幻獣にさせられた若者達も、……元に戻る」
大きく揺れる天井を見上げ、青年騎士が呟く。後ろに落ちたフードの下から出てきた青年騎士の顔は、ライに、瓜二つ。
「だが、アールだけは、私の、……幻獣イグラフの血を引いている」
そう言って、青年騎士は腰の剣をライに向かって投げた。
「その剣で、アールを助けてやってくれ」
両腕の中に落ちた、青年騎士の剣を、まじまじと見詰める。この剣は、ライが北の国の女王エーリチェからもらった剣と、同じもの。確信が、ライを貫く。
「……父上!」
ライの前で崩れ落ちた天井の、石と埃の向こうに消えた自分と同じ姿に、ライは大きく、叫んだ。
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