六の輪 4

 夜を日に継いで、人気の無い道を走る。


 地面から響いてきた馬の足音に、狼と化したライはふと、足を止めた。


 岩影からそっと、開けた草原を見る。風に震える、南の国の黒色の旗に、ライはふっと息を吐いた。あれは、伯父である南の国の王ルフが率いている騎士達。と、すると、ここは国境。そこまで確かめ、ライは狼の姿のまま、地面を蹴った。早く、皇都に辿り着かなくては。


 と。幾許も走らないうちに、忙しない馬と車輪の響きが四足に伝わってくる。身を翻すと、ぬかるんだ街道を、小さな馬車が、ライが後にしてきた南の国へと向かっているのが、見えた。その馬車の上から、巨大な鉤爪の影が落ちてくる、瞬間も。


 地面を蹴り、高く跳ぶ。人の姿に戻り、背中に翼を感じながら更に高く飛び上がると、馬車を襲う幻獣の姿がはっきりと見えた。鷲の頭、馬の身体、そして炎をまとった翼。鷲の鉤爪が馬車を掴む前に、ライは巨大な鳥に姿を変え、斜め上から、巨大な馬の胴体を街道の横に広がる林の方へと蹴るように落とした。と同時に翼を残して人間の姿に戻り、飛び上がることができないように炎をまとった翼を腰の剣で切り落とす。ライの方へ鋭く向けられた鉤爪を、ライは素早く手の中の剣で止めた。次の瞬間。


「え……」


 力加減が悪かったのか、ライの持つ剣が、真ん中で真っ二つに折れる。それでも何とか、柄に残った部分で、ライは鉤爪を押し潰すように斬った。


 傷付いた幻獣の咆哮が、葉を落とした林に広がる。その幻獣の声の中に、感じたのは、皇都について様々なことを教えてくれた、オストの苦悶の声。


「オスト!」


 叫んで、前足を失い横様に倒れた幻獣の腹を折れた剣で無理に切り裂く。幻獣の腹の奥から見つけだした、オストの細いが引き締まった身体は、ライが震えてしまうほどに冷え切ってしまっていた。


〈そん、な〉


 脱力して、腕の中のオストの身体を地面に滑り落とす。地面に横たわったオストの顔は、青白く、そして苦しみに歪んでいた。


「オスト」


 悲しみに満ちた声に、はっと顔を上げる。おそらく、疾走するあの馬車に乗っていたのであろう、ライとオストを見たイーディケ伯母は、オストの側に尻餅をつくように座り込み、微動だにしないオストの髪をそっと、撫でた。


 声が、出ない。泣くことも、できない。イーディケ伯母の嗚咽の声を、ライはただ呆然と、聞いていた。


 と、その時。


「ライ!」


 虚脱したライの耳を、伯父ルフの怒鳴り声がひっぱたく。


「おまえには、やることがあるだろう!」


 目の前に現れた伯父の、吊り上がった瞳に、ライは気を取り戻して頷いた。


「早く行け!」


 伯父の言葉に後押しされるように、泣き崩れる伯母に背を向ける。


「これ以上、悲しみを作るな!」


 再び狼の姿になって走るライの背に、伯父ルフの声が、響いた。

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