一の輪 1
林の中にやっと、煉瓦色の壁を見つける。ここが、イーディケ伯母が言っていた、皇都の南側にある『施療院』だろう。しかし入り口はどこだろう? ぼうっとする頭を上げて左右を見回しても、壁しか見えない。ライは正直途方に暮れた。
霞むライの視界に映るのは、真っ直ぐな木々が立ち並ぶ光景と、その向こう、先ほど渡った河の向こうにある、皇都。大陸を西から東へ流れる二つの大河、ルダル河とミナ河の合流地点に建てられた、ほぼ三角形の都の、頂点の一つである合流地点側に建てられた見張り塔のずんぐりとした姿と、その塔から離れて向かい合う、皇王が住まう城の、すっきりとした塔が揺れるのを、冷たい煉瓦塀に背中を預けたライは夢現に見ていた。
脳裏に浮かぶのは、伯母のいないところで従兄のテムから聞き出した二人の『七つ輪』のこと。一人は、老境に差し掛かった頃の初代皇王アレオスに仕えた、北の国出身の騎士。彼は、アレオスが皇国を打ち立てる際に頑固に抵抗を続けた諸侯達を降す為に協力を仰いだ、様々な鳥や獣、そして怪物に変身することができるという『幻獣』の暴走を止める為に、その幻獣と刺し違えたという。そしてもう一人の七つ輪は、ライの父ヴィント。南の国からの人質であった父は、その正義感と剣の技を認められて近衛騎士となり、そしてその優しさが故に、現在の皇王であるレクトを庇って命を落とした。ヴィントの七つ目の輪は、その功績に報いる為に遺贈されたものだという。テムの言う通り、二人の『七つ輪』はどちらも、無惨な死を遂げている。そして、ライの異母弟だという少年アールは、父と同じ高みを目指しているという。
対して、自分は? 働かない頭で、考える。父ヴィントが人質として皇国に赴く際、父の父である南の国の先王ヤールと、ライの母方の祖父である最南伯ザインは、当時身籠もっていた父の妻の子供、すなわち最南伯ザインの一人娘の子供に、最南伯の領土と地位を継がせるという約束を交わした。だから、その当の子供であるライは、小さくも豊かな伯領の将来の領主として、そして南の国の麾下たる騎士として、最南伯領と南の国の王宮で教育を受けた。しかし今も、きちんと領土を治める領主となるには力が足りないと、ライは思っている。
自分は、アールのように、父と同じ道を躊躇い無く目指すことができるだろうか? そう考えて、小さく首を横に振る。分からない。自分には、父のような剣の力も、知識も、優しさも、無い。目指す前に、挫折してしまうだろう。どのように思考しても、辿り着く答えは、同じ。だから、というわけではないのだろうが、躊躇い無く父と同じ道を突き進むアールに、眩しさと、そして幾分かの苦しさを、覚えてしまう。
目の前の皇都と林が、陽炎のようにゆらゆらと揺れる。木々の間を吹き抜ける、夏にしては優しい風に、ライは静かに目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。