米寿の祝い。

友坂 悠

おじいちゃんと猫。

 88歳の祝いは米寿というらしい。

 八十八で米の字になるからだが何と言っても古来より八の字は縁起がいいものとされてきた。

 そんな八が二つも重なっているのだ。これはもう縁起がいいどころではないではないか。


 シゲルはそう呟くとふっとタバコに火をつけた。


 もう最近はどこに行ってもタバコは悪者だ。

 いいかげんやめたらどうだと知り合いには言われたものだが、今更だ。

 早死にできるのならもっと早くに逝きたかった。

 いかんせんなまじ体だけは丈夫にできているせいか、この歳まで病気らしい病気にならず過ごしてきたのだ。

 妻は自分が50の歳に癌で逝った。

 子供は授からなかったが二人の暮らしはそれなりに悪くはなかった。

 一人になり仕事を定年で辞めた後はここでのんびり猫と二人過ごしてきた。

 その猫ももう虹の橋を渡ったが。


 そろそろ桜が咲く時期になる。


 こうして縁側で外を眺めていると、日差しが随分と暖かくなってきたのを感じ。


 灰皿に、ポン、と、灰を落とす。


 酒は、もう切らしていたか。

 最近では食事も温めるだけのものがデリバリーで届く。

 ずいぶんと、便利な世の中になったものだな。そう思いながら。

 無駄が出ないというものはやはり興がさめる。そうも思う。



 ふと。

 ガサゴソと音がする方に目を向けると。


 庭に子猫が一匹顔を出した。


 真っ黒に薄汚れたその子猫、滋を一瞥すると、ビャーと鳴いた。




 きっと。

 親猫が近くにいるのだろうこんなところに子猫が一匹だけでいるはずがない、と。

 そうは思うがビャービャーと鳴くその姿に我慢ができなくなった彼は、昔共に過ごした飼い猫の器に昨夜残したシラスを湯でもどし潰し入れると。


 ゆっくりと庭に出て。子猫の近くにその皿を置いてやった。

「これっきりだぞ。俺はもう、お前と過ごすだけの時間が残っていないんだ」


 そういうとゆっくりと縁側まで戻り。そうしてまた、ゆったりと空を見上げる。


 子猫がこちらを伺いながら皿に近づき、そうしてペチャクチャと貪るのを横目で見ながら。



 滋はそのまま縁側で横になった。

 暖かい日差しは、彼の米寿を祝うようにふんわりと降り注いでいた。



           end

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米寿の祝い。 友坂 悠 @tomoneko299

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