05.婚約破棄

 翌朝の審議会では、ユリアーナを投獄した方が良いという意見が出た。

 父親のホルストに加担していた可能性があるからと。

 ディートフリートは、ユリアーナが関与していた証拠はないと主張し、どうにか投獄は免れたが。

 この国では、重大な犯罪者は家族も刑に服さなければいけないことがある。犯罪抑止に繋げるためであり、それがハウアドル王国では普通なのだ。

 国外追放の案も出たが、ディートフリートは必死に食い下がった。国外に出られたら、追跡できなくなる。ユリアーナを探せなくなる。

 あの手この手で言いくるめて、最終的にはアンガーミュラーの家督を剥奪、財産の没収、王都の居住禁止のみで済んだ。と言っても、ディートフリートは家督の剥奪だけで済ませてあげたかったのだが。


 処分が確定すると、すぐさまユリアーナとその母親が呼ばれた。

 昨日は寝られなかったであろう顔色の悪いユリアーナに向かって、あの言葉を言わなくてはいけない。

 己の所業が残酷すぎて、胸がしくしくと痛む中、ディートフリートは声を発した。


「ユリアーナ・アンガーミュラー。僕は貴女との婚約を……破棄する」


 いつもハキハキと返事をするユリアーナだが、この時ばかりはかくんと首を落としただけだ。

 その後で、王が処分を言い渡している。

 全てを言い終えると、ユリアーナは「ご温情、感謝いたします……」とだけ漏らしていた。



 ユリアーナと母親は、肩を落としたまま王城を去っていく。

 持たせたのはわずかなお金だけ。アンガーミュラーの屋敷にも戻らせず、そのまま王都から追い出されていた。

 隙を見てお金を渡してあげたかったが、それすらできなかった。

 最後の言葉が婚約破棄の言い渡しだったことに、悔しさが募る。


「王子……」


 部屋で立ち尽くすディートフリートに、ルーゼンが声を掛けてくれた。

 その隣では、シャインが苦しそうにこちらを見ている。

 そんな二人を目の前にすると、不意に涙が溢れてきた。


 悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて。


 愛する人に残酷な仕打ちをしてしまったことが、つらくて。


 ユリアーナと離れ離れになったことが、悲しくて。


 ぼろぼろと流れる涙が止まらない。


「ディートフリート様!」


 駆け寄ってくれた二人に飛び込んだ。そして、泣き叫んだ。

 己の無力さを嘆いて。

 最愛の人に絶望を与えたことが苦しくて。

 一緒になれないことに、絶望して。


「あああ……ああああああっ!!」

「王子……っ」


もうここにユリアーナはいないのだと思うと、心がずたずたに引き裂かれたように胸が痛くなる。

二人の騎士に支えられ、ディートフリートは泣いた。


泣いて泣いて、声が枯れた時。

ぐちゃぐちゃだった頭はいつの間にかクリアになっていて。


「ルーゼン、シャイン……僕は、真犯人を見つける」


 静かにそう告げると、ルーゼンとシャインは頷いた。


「探しましょう、王子! 本当の犯人を!」

「そうですね。そうすれば、またユリアーナ様を迎えられる可能性があります」

「ルーゼン、シャイン、僕に力を貸してくれ」

「当然です!!」

「よろこんで」


 三人は手を合わせると、ニッと笑みを見せたのだった。




 そうしてディートフリートが最初にやった事は、まず王と王妃……つまりは両親にお願いすることだった。


「父上、母上。僕に弟を作ってください」

「……突然、どうした?」


王が訝しげにディートフリートを覗き込んでくる。


「弟が、欲しくなったのです。そもそも、王位継承者が僕だけという状況が好ましくない。もし僕が事故に遭ったり病気になったらどうするんですか」


 もちろん、ディートフリートは理解している。

 無用な継承争いを引き起こさぬよう、両親が下した苦渋の決断だったことくらいは。


「……しかし」

「もしも弟が王位を願うなら、僕は喜んで譲りましょう。もちろん、弟がいるからと遊んで暮らすつもりはありません。帝王学も引き続き学び、王となるべく精進します」


王と王妃が目を合わせた後で、王妃の方が困ったようにディートフリートに言った。


「けれど、もう産めるかどうかもわからないわよ?」

「母上はまだ三十六歳ではないですか。大丈夫、可能性は十分にあります。お願いします」


 そう言って頼み込んだがまだ不安だったので、料理人に無理を言って父親の料理には精力増強薬を、母親の料理には媚薬を混ぜてもらった。

 毒見役の侍女にも理由を言って協力させた。侍女に効いてしまった薬の効果は、ルーゼンを与えて落ち着かせる。ルーゼンも満更ではなさそうだったから、構わないだろう。


 もちろんここまでしたのには理由がある。

 真犯人を見つけられなかった時の保険が欲しかったのだ。

 見つけ出すつもりではいるが、現状ではそれが厳しいとわかっている。その時には王位を弟に譲り、ユリアーナと同じ身分になるつもりだと、ルーゼンとシャインにだけは伝えていた。

 反対されるかと思ったが、二人はむしろ賛成してくれたのだ。どんな形であれ、王子とユリアーナ様が一緒になるのが一番良い、と言ってくれて。

 本当にこの二人には感謝しかない。


 そうして両親に薬を与え続けること数ヶ月、王妃は狙い通りに妊娠、そして出産した。

 生まれた子はフローリアンと名付けられ、めでたくラウツェニング家にもう一人の継承者ができたのだった。

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