04.別れ

 気づけば夜も更けていて、窓から覗く月が高く昇っている。

 できることを全てやり終えてしまうと、無性にユリアーナに会いたくなった。

 もうずっと会っていない。会わせてもらえない。

 会うよりも、犯人捜しに躍起になっていたことを今になって後悔した。結局真犯人が分からず仕舞いなら、ユリアーナとの時間を大切にすれば良かった。

 明日、婚約破棄を告げるだけで終わるなんて、つらすぎる。

 だからといって、こんな時間にユリアーナの部屋に行っても、お付きの使用人に追い返されるだけだろう。どうにか方法はないだろうかと考えていると、軽いノックの音がした。

 シャインだったので入室を促すと、彼は足を忍ばせるように部屋に入ってくる。


「王子、行きましょう」

「行くって、どこに」

「ユリアーナ様のお部屋です。二人で話ができるのは、今日しかございません」

「気持ちは嬉しいけど、ユリアーナの部屋の前にはお付きの者が……」


 ディートフリートの疑問に、シャインは端正な顔を綻ばせた。


「ルーゼンに連れ出させました。今がチャンスです」

「え? どうやって」

「説明している暇はありません。行きますか、行きませんか」

「行く!」


 走りたい気持ちをグッとこらえて、誰に会ってもいいように平常心で歩く。

 無事ユリアーナの部屋の前に来ると、なるほど確かに誰も付き人はいなかった。女性相手のことだ。ルーゼンがどう動いたのかは、なんとなく想像がついた。


「私はここで見張っております。なるべく早くお戻りください」

「わかった、ありがとうシャイン」


 ディートフリートがノックして名前を告げると、ユリアーナはすぐに扉を開けて中へと入れてくれる。


「ディー……!」

「久しぶりだね、ユリア。でも時間がない。よく聞いて」


 今までなら、こんな夜中に来ても絶対に入れてくれなかっただろう。そのユリアーナが躊躇せず入れてくれたということ。彼女もなにかおかしなことになっていると、勘づいているに違いない。

 久しぶりに会った婚約者は、美しくも不安げで、ぎゅっと抱きしめてあげたくなる。

 しかし今はとにかく、説明をしてあげなければと口を開いた。


「君の父親……ホルストは、不正を働いていた。機密情報を敵国に売り、国庫からは多額のお金を持ち出していたんだ」


 ユリアーナの顔が真っ青になり、怒りと悲しみが入り混じる。

 そんなことをするはずがないというユリアーナの訴えに、証拠がそろってどうしようもなくなってしまったことを告げた。彼女の唇が、微かに震えている。


「うそ、ですわよ、ね?」

「本当、なんだ。明日、僕は君に婚約破棄を言い渡さなきゃいけない」


 ユリアーナの目の色が一瞬消えたかと思うと、徐々に涙で潤み始める。


「私は……ディーと、一緒にはなれないのですか……?」

「ごめん……ごめん、ユリア……!」

「私は、どうなるのですか……」


 ユリアーナを、泣かせてしまった。

 こんな顔をさせてしまったのは、己の不甲斐なさのせいだとディートフリートは自分を責めた。


「僕も父上も、君と母君には出来るだけの配慮をと考えている。だから、逃げずに明日を迎えて欲しい。逃げられてしまうと……もう僕には手の施しようがなくなってしまうから」


 ユリアーナは、ディートフリートを信じてコクリと頷いてくれた。

 その姿があまりに悲しくて。こんなに愛する人が震えているというのに、何もしてあげられない自分が悔しくて。

 ディートフリートの目からも、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。


「ごめん……できるなら、ユリアと一緒に僕も……」

「ディー……」


 言ってはダメな言葉だとわかっていても、言わずにはいられなかった。

 そんなディートフリートに、ユリアーナは首を振っている。


「どうか私の事などお気になさらず、国民のためにその手腕をお振るいくださいませ。ディーは、この国に必要なお方ですもの」

「ユリアーナ!」


 泣きながらも強がるユリアーナが、痛々しくて、悲しくて、せつなくて。

 ディートフリートはぐんっとユリアーナを抱き寄せていた。

 腕の中にすっぽりとはまったユリアーナは、思っていたよりもずっと小さく柔らかい。


「ディー……」

「僕は、君以外の誰とも結婚しない!」

「……っ」


 ユリアーナが、悲しそうにディートフリートを見つめてくる。

 不可能だ、と思っているのだろう。

 ディートフリートは一人っ子で、次の王になることが決まっている。世継ぎが必要なディートフリートは、誰かと結婚せねばならない運命にある。犯罪者の娘以外の、王に相応しい女性と。

 だからこそ、ディートフリートは心で誓った。

 必ず真犯人を捕まえ、アンガーミュラー家の汚名を返上してみせると。

 ユリアーナの地位と名誉を取り戻せた時には、結婚できるはずなのだから。


「誰より愛してるよ。だから……待っていて欲しい」


 もし、犯人を見つけられなかったら──

 ディートフリートは、一瞬よぎったその考えを振り払う。


 ユリアーナはこくりと頷いてくれて、気が引き締まった。

 捕まえるのだ、絶対に。

 この約束を、ユリアーナの枷にしないように。残酷な約束にしないために。


 二人しかいない部屋で、ディートフリートはユリアーナの頬に手を触れる。

 うつむいていた彼女の顔をあげると、そっと唇を落とした。


 ユリアーナの柔らかな感触が伝わってきて。


 二人はどちらからともなく、抱きしめ合った。

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