限界集落之爺婆転移無双何是

ぽんぽこ@書籍発売中!!

おーるどぱっしょん


 王城にある大広間の床に、なにやら怪しげな魔法陣が描かれている。



「陛下、遂に整いました!! これでようやく、我らに希望が戻ってくるのですね……!!」

「あぁ、その通りだ宰相よ。そして愛しき我が臣民たち。よくぞ持ち堪えてくれた。今までつらい思いをさせたな……」

「「陛下……!!」」


 この世のありとあらゆる魔法を極め、大陸一の魔法先進国として名を馳せた巨大魔導王国。


 この国を強国にまで育て上げた最強の魔導師は、優しさの篭もった声で部下をねぎらった。



 最後の仕上げをするため、片足の王は杖を突きながら床で光を帯びている魔法陣へと歩いていく。



「勇者よ、さぁ参られよ――!!」


 彼らは今、国を挙げた儀式を行っている。


 ――“勇者召喚”。


 それは異世界より神の加護を得た人物を呼び寄せる、禁忌の大魔法。


 あまりにも効果が強大過ぎるが故に、行使に払うコストが非常に大きい。


 国でも有数の魔導師たちが数日を掛けて魔法陣に魔力を流し込むことで、ようやく発動まで漕ぎつけることができた。



 自他国ともに“絶対に敵に回してはならない”と恐れられてきたこの国が、勇者を召喚してまでいったい何と戦おうとしているのか――?


 その答えは、突如この国を襲った“魔王”という存在だった。



「これで、あの憎き魔王を……!!」


 最強の魔導軍がたった一撃で蹴散らされた。


 それまで負け知らずだった魔導王が、万の魔法を撃ちこんでも倒せなかった。



「かならず、倒す――!!」


 アイツは今度はこの王城を狙ってくる。そして国そのものを滅ぼす気だ。

 あの悪魔のような存在を、これ以上大切な民を傷付ける悪逆を許すわけにはいかない――!!


 魔導王が発動の呪文を唱えると、魔法陣が紫色の光で明滅する。

 そしてバチバチと紫電が起きたかと思えば、目も眩むような光が大広間を覆った。



「……せ、成功したか!?」


 光が収まり、ようやく視界が戻って来た。


 魔導王たちの目の前には複数の人影がある。なんと勇者は一人だけでは無かったらしい。


 だがそれは朗報。

 魔王を倒す味方は多い方が――



「ほぇ……?」

「ひゃあ~?」


 ――ちっこいジジババだった。



「な、なんだ……? 失敗したのか?」


 王の視界に居たのは、布団付きの小さな机で橙色の果実を貪る爺さん婆さんだったのだ。



「どこじゃここは? ワシらは夢でも見とるんか?」

「あらまぁ、遂にお迎えですかねぇ~」


 それはもう、百点満点のジジババである。

 若さと鋭気にあふれる若者がやって来ると思ったら、まさかの老人が現れた。


 この中では最高齢の宰相よりも老けている。というより、魔導王はここまでのジジババを見たのは、生まれて初めてであった。


 この国では平均寿命は30才。誰しもが子供をもうけてすぐに寿命を全うする。



「(この者たちは、本当に人間なのか?)」


 いっそ化け物が人間に化けていると、そう疑ってしまうほどの奇妙な存在だ。



「き、貴殿たちはいったい……?」

「陛下、危険です? お下がりくださった方がいいかもしれないです??」


 明らかに危険が及ぶようには思えないのだが、何かがあっては大変だ。部下たちは念のため、陛下をジジババに近づけさせないよう声を掛けた。



「あんれまぁ、こりゃ随分とハンサムな子じゃ! ほれほれ、アンタもこっち来んさいな。婆が採った、美味しいミカンがあるよ!!」

「おいおい、キヨさん。90にもなって、若いモンを口説く気か?」

「なんですか、お爺さん。嫉妬ですか? それにあたしゃまだ88だよ! 米寿だよ、べ、い、じゅ!!」


 婆さんは楽しそうに爺さんの肩をバンバンと叩く。



「(なんなのだ、これは。いったい我々は何を呼び出してしまったのだ?)」


「へ、陛下!!」


 杖をカランカランと取り落とし、ストンと床に尻もちをつく魔導王。

 これまで気を張り詰め続けていた彼は、あまりにも間の抜けた会話をしているジジババを見て力が抜けてしまったようだ。



 ――異世界においても、悪いことというのは立て続けに起こるらしい。



「急襲だ――!! 魔王がこちらへ、一直線に向かってきています!! 目標はこの王城です!!」


 恐れていた事態が遂に起こってしまった。

 これまで国境で魔王の包囲網を敷き、どうにか勇者召喚までの時間稼ぎをしてきた。

 しかしそれもどうやら時間切れのようだ。


 魔導王は心が折れてしまった。

 もはや打てる手は無い。


 ただひたすらに人を破壊し尽くす魔王に命乞いは通じるだろうか。願うならば、己の身を好きにする代わり、民たちを見逃してもらいたいものだが……。



「あらあら、嫌な匂いがしますねぇお爺さん」

「ん、空襲か?」


 ジジババは揃って大広間の天井を見上げた。

 その先から、爆発音が連続して聞こえてくる。


 どうやら魔王は上空から襲撃してきているようだ。



「こうなっては仕方がない。ここは私が時間を稼ぐ。お前たちはすぐに――」



 ――ズガァン!!



「逃げ――えっ?」


 広間に轟く、地面が揺れるほどの大きな衝撃音。


 一同は最初、魔王の爆撃がこちらに届いたのかと錯覚した。

 だが大広間に被害は一切見当たらない。


 その代わり王城の屋根はすべて吹き飛び、頭上には空が見えていた。



 完全なる青。


 雲一つない、綺麗な晴天だった。



「まったく物騒じゃの。ワシはとっくに引退したんじゃがのう」

「アタシも久しぶり過ぎて、腰が痛いですよ」

「はっ、ぬかしおる」


 歴戦の魔導師である王でさえ、何が起きたのかまったく見えなかった。



「(あれは魔法ではない、と思う。魔力の流れや呪文も無かった……)」


 ただ二つの影が高速で動き、何かと衝突した。

 そして魔王そのものを存在ごと消し去った。


 自分でも馬鹿な考えだと思うが、もはやそうとしか考えられなかった。



「ところでキヨさんや」

「なんですか、お爺さん」

「ワシ、なんだか若返ったみたいに力が漲っとるんじゃ」

「奇遇ですねぇ。アタシもですよ」



 魔王という脅威が去ったこの世界に――



「良い天気じゃし、身体ならしに散歩でも行かんかキヨさん」

「いいですねぇ。運動しないと長生きできませんからねぇ」



 ――米寿の勇者が爆誕した。

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