夜更かしの雨
夜の雨は見えない
しずくは冷たい冬の夜
見通せば夜道は濡れて
囁くように小ぬか雨
つぶやいて
聞こえるように
誰かの声がする
ラジオの向こうのアナウンサー
天気予報は明日の空
午後には晴れるとか(言っちゃって)
じゃあ、朝は降ってるの?
鉛入りの雲が低く這うように
滴り落ちる朝の雨
「鬱陶しいの」
語尾を伸ばしてみる
うっとうしいのぉ~(ョ)
テーブルに突っ伏して一声
彼女は甘える猫なで声。
”なんか笑っちゃったよ”
少女は独り言で部屋の中
仄暗い窓辺の縁に立つ
その硝子窓は近付くだけで冷たかった
冷え切って凍える夜気は
伝ってガラスを越えてくる
吐き出す息が白く濁って
震えてる
ストーブの淡い灯りが波打って
抗っている
そうして
そして
あたしの何かが揺れている
振り子のように
どっちつかずにふらりゆらり
何往復しただろう(か…)
決められない
決まらない
「選べ」
神様の言う通り
悪魔はささやいてほくそ笑む
どっちにしたい?
黒髪が肩から腰へと延びるまで
暦を指折り数えてた
明日が来るまで
数えてた
ゆらりと揺れる腰から背中
首筋を昇り詰めてゆくのは
不安でもなく
後悔でもない
航海の兆しよ
そして旅立つのだ
この港町を後にして
”二度と帰らぬ旅へ”と、言い添える
言って少女は後悔する
その言葉に二言はないが
「誰かに呼び止めてほしい」
すがりついて
それからそれから抱きしめて
止めてほしい
ここに居ればいいんだ
誰かにそう言って欲しい
もちろん男の子だ
それでも女の子でも構わない(のよ)
あたしはモテるんだ
引く手あまたの恋人たちよ
誰も知らないのよ
誰が知ってるのよ
手紙にしたためたは私の覚悟
「置き手紙」ってカッコいい、と
思ったあたしはバカだった
遺言状のようだった、と
辛気臭いにじむ文面が皆の涙や笑いを誘った
後に聞かされてあたしは
笑えるだろうか、その時に
泣き崩れているかもしれないとゾッとする
そんなことがあってたまるか
そんなことにはならないのよ
降りしきる雨音が聞こえたような気がした
鼓動のようなかすかな響きが
柱時計の刻む振り子に重なって
締め付ける心臓の音
子猫の心音
飼っていた猫の名前を思い出す
あの子も逝ってしまった
どこか遠くの猫の国
そこで幸せにしてるだろうか
そして”あたしはどうなんだ”
猫の国へは行けないあたしは
人の国へと、イケナイ
片道切符を片手に握り
海の彼方の旅に行く
着いた先で暮らしが落ち着いたら
誰かに読ませる手紙を書こう
何通も何通も(
携帯なんかじゃダメなんだ
そういう時は
こういうもんよ
「家出娘」はカレシと一緒
港の前で待っている
あたしをきっと待っている
くわえタバコでイケてるカレシ
雨に降られて待っている
桟橋を走っていくの
駆け出して抱き着いて
腕を組んだら出航よ
アイツと一緒に乗り込むの
そして、そして…キスをするの
人前もはばからず背伸びして
カレシの名を呼び…そうして
あたしはカレシと、相合傘で…
目が覚めた。
未だ夜は明けていないし暗いまま
突っ伏していたテーブルには小説本
開いたページに
シミがついている恥ずかしさ
寝ちゃっていたんだとあわてて
寝ぼけまなこの口元をぬぐうあどけなさ
少女は起きた拍子に忘れていた
その夢の殆どを
もう思い出さないだろうし
その必要もない
少女の名はカオリといった
ありふれた人生を送るのであろう、きっと。
恋愛小説に憧れる夢見る乙女は
見果てぬ恋路を垣間見る
カオリが忘れた夢の中
雨の桟橋
朝はまだ遠い
カレシは独りで待っている
名前もつかないその男
傘もささずに待っている
濡れて湿気た煙草をくわえ
男は独りで立っていた
”あと少しだったのに”
惜しい気もしたが気にはしない
幾夜となくこうだった
これからもそうかもしれないし
だが諦めてはいない
”あきらめない”
つぶやく男に笑みが浮かんだ
きっといつかは出会えるだろう
その日まで
その日(夜)が来るまでの辛抱だ
少女の夢は終わらない
カオリはすでに夢の中
続きはどんな話だろうか
新しい恋はすぐそこだ
そんな片思いの夜は過ぎてゆく
そして夜毎に続くは、カオリが紡ぐ
「冬の夜話」
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