「道行の夜」

日暮れの匂いが鼻腔を焦がす


夕暮れの傾きが窓ガラス

夜の看板に灯がともる


屋台の影が融けてゆく

街中の陰にいるのでしょうか


昼間の澱が夜の淵

タールが焦げる音がする


ああ、もう一度

さあ、何度でも


お気に召すまま

手のなる方へ


ほら、どうしたの

あなたの意気地


始まったばかりの夜の伽

退屈なんかさせるものか


もう帰さない

もう戻れない


あの日のあなた

忘れさせてよ


思い出すのは

畳の匂い

障子の影に

部屋の陰りは

ほおずきの夜


熟れて咲いたは華の夜

酔っては寄り添う

その夜に


ただ一夜と

契りの宴

幾世たりとも経とうとも

忘れはしない

忘れはさせない


あなたとあたし

格子の影が重なって

後悔なんて遅すぎる

もう忘れたっていい

ああ死んだって




構わない、の

鼻腔の奥の

記憶に嗅ぐの

あなたと私の辿る

奈落の淵の花の香は


曼殊沙華

赤い雫の血の匂い


路地の向こうに続いているの

道行の果ての暗夜行

明けのからすが眠るしじまに

行きましょう

行きましょう


闇夜の中の紅の色

微笑んで糸切り歯

あなたの手を取り

アタシのうなじに


ひとしずくの夜の露

明けない夜の暗夜行

道行の果ては知らない

罪と罰


夜の匂い

男と女が道の果て

冥途の果てへ道しるべ


地蔵の涙は

誰のため

誰に頼んで行けばいい


だれに託してゆけばいい

夜が明けた

冥途の果てに影二つ


後を追うものはもういない

何処にもいない


川向う

渡しの声が霞んで消えた


川向う

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