第17話「教育と成長と変化」
――レーア・カイテル視点――
私が嫁ぐにあたり、オーベルト男爵家を改装中。
改装というより、新築に近いですね。
お父様がオーベルト男爵家の近隣の土地を買い上げていましたから、元の大きさの十倍の敷地面積に、男爵家の元の屋敷の五倍ほどの大きさのお屋敷が建ちそうですわ。
改装工事の間、ミハエル様とお義母様はカイテル公爵家に住むことになりました。
私とミハエル様は正式に婚約しておりますので、一緒の家に住んでも問題ありませんわ。
当然というべきか、残念というべきか、ミハエル様と私の部屋は別々。
お父様ったら、ミハエル様の部屋を私の部屋から一番遠い部屋にしてしまったの、あんまりだわ。
ミハエル様は私の伴侶になる試練として、領地経営の仕方や、歴史、経済学、マナー、ダンス……などなど、家庭教師について習っています。
ミハエル様の学園入学時の成績は三番でした。
入学後に行われたテストの成績も学年で五番目。
元王子のベルンハルト様が、成績よりも身分でクラス分けをするように学園に圧力をかけていなければ、私とミハエル様は同じ特進クラスだったかもしれませんわ。
ミハエル様のお父様である前男爵が亡くなってからは、学園と男爵家の領地経営の両立が難しかったのか、一気に成績が下がりましたが、それは仕方ないこと。
ミハエル様と婚約してから、男爵家の領地経営に関わらせていただきましたが、過去の資料に目を通して分かったのはミハエル様のお仕事ぶりは悪くないということ。
ただミハエル様が当主になってから、冷害による農作物の不作や、モンスターが農作物を食い荒らすなど、災害が続いたのは不運でしたわ。
男爵領に出現するモンスターは私が倒しますし、農作物の不作はお母様の魔法でなんとかなりますし、足りない分の食糧はカイテル公爵家から援助するから、男爵領の抱えていた問題は全て解決ですわ。
ミハエル様は地頭が良い方なので、家庭教師が教えることも、吸収しているようですし、来年の今頃には見違えるほど、博識になっていますわね。
今から楽しみですわ。
あとはミハエル様の見た目です。
一カ月に一度のミハエル様とのお茶会。
久しぶりにお会いしたミハエル様は、髪の艶はなく、手はカサカサで疲れ果てているご様子でした。
お父様ったら、同じ家に住んでるのに一カ月に一度しか、ミハエル様に会わせてくれませんのよ。
ミハエル様と私のスケジュールが合わないように、調整しています。
同じ家に住んでいるのだから、せめて食事くらいミハエル様と一緒に食べたいわ。
「まあミハエル様、髪の毛を石鹸で洗っておりましたの?
その石鹸も体を洗う石鹸ではなく手を洗う石鹸ではありませんか?
その上顔を洗った後、何もつけてないですって?」
お父様ってば、ミハエル様に意地悪をしているのね。
カイテル公爵家で過ごす間は、私と同じ待遇をするようにお願いしたのに。
しかし、ミハエル様のお話をよくよく聞いて見ると、ミハエル様はシャンプーもトリートメントも知らないようなのです。
体を洗う石鹸も浴場に置いてあったそうなのですが、いい匂いがしすぎてもったいなくて使えなかったそうなのです。
使用人に体を洗ってもらうのも、恥ずかしくて断っていたんだとか。
部屋に化粧水や乳液を備え付けておりましたが、何に使うのか分からなかったようです。
お父様、ミハエル様に意地悪をしていると疑ってごめんなさい。
ミハエル様の髪や肌に艶がないのは、ミハエル様が無知だったからのようですわ。
「仕方ありませんわ、私がシャンプーとトリートメントの使い方を教えます。
そのためにはミハエル様と一緒にお風呂に……」
ガシャン! パリーン!
ミハエル様が飲んでいた紅茶のカップを落としました。
ミハエル様のお顔は真っ赤です。
「だめだよレーアちゃん!
結婚前の男女が一緒にお風呂に入るなんて!」
「そうですわお嬢様!
ご自分の体を労ってください!」
どこからともなく現れた、お父様とチェイに、一時間お説教されてしまいましたわ。
せっかくミハエル様と水入らずで過ごせる貴重な時間だったのに。
結局、ミハエル様の髪と肌のケアは男性使用人に任せることにしました。
☆
――一カ月後――
久しぶりにお会いしたミハエル様は、爽やかな好青年になっていました。
ミハエル様の漆黒の髪はサラサラつやつや
、長かった髪は綺麗にカットされ、肌はしっとりとし、顔のそばかすも消えておりました。
高級シャンプーとトリートメントと石鹸と化粧水と乳液の効果ですね。
これらのものは魔女のスキルを持つ、お母様が作っておりますの。
お母様は薬草集めと、薬品の開発が趣味。
なのでお母様の開発した高級シャンプーとトリートメントと石鹸と化粧水と乳液には、貴重な薬草やエーテルやポーションなどがふんだんに使われておりますの。
これだけお金をかけて、綺麗にならないはずがありませんわ。
「あとは近眼が治れば良いのですが」
近眼が治れば瓶底眼鏡とはさようならですわ。
「あら〜、それならママいいお薬を持っているわ〜」
どこからともなくお母様が現れました。
ミハエル様と二人きりになれる数少ない機会なのに、どうしてこうも邪魔が入るのでしょう?
「私が開発した〜どんな近眼でも〜、視力2.0になる薬があるの〜。
ミハエルくん〜、試してみる〜」
お母様がドレスのポケットから小瓶を取り出した。
「僕の目が良くなったら、レーア様は喜んでくれますか?」
「もちろんよ〜〜。
遠くからでも好きな人の顔を認識できるって素敵よね〜」
「結婚するまでは、レーア様と二人きりになれるのは月に一回のお茶会のみ。
せめて遠くにいるレーア様を眺めるぐらいしたいです!
お義母様、僕にその薬をください!」
「いいわよ〜」
お母様はにっこり笑ってミハエル様に薬を渡した。
「その薬をお茶に入れて毎日飲んでね」
「分かりました!」
☆
――一カ月後――
今日はミハエル様とのお茶会の日。
一カ月振りにお会いしたミハエル様のお顔には瓶の底のように厚いレンズの眼鏡はなかった。
「ミハエル様、ですの?」
「お義母様にいただいた薬を飲んだら目が良くなって、眼鏡が不要になったんです。
おかげでレーア様のことを遠くからでも認識できます」
ミハエルの視力は眼鏡をかけても0.5だったとか。
それでは遠くにいる私の顔をはっきりと認識するのは難しいですね。
私の顔を見てハニカム、ミハエル様は見目麗しい青年になっていて……私の顔に熱が集まる。
「レーア様、どうされました?」
「ミハエル様を自慢したいような、誰にも見えないところに隠しておきたいような、とても複雑な気分です」
「僕はレーア様の隣に立つのにふさわしい人間になりたかっただけです。
レーア様が望むなら、どこかに隠れて暮らしても構いません」
「まぁミハエル様ったら、どこでそんなセリフを覚えましたの」
「この二カ月、お義母様に鍛えられましたから」
お義母様ったら、ミハエル様にどんな教育を施したのかしら?
「ミハエル様が洗練されていくのは良いことなのですが、女性にキャーキャー言われて、ミハエル様の心が私から離れて行かないか不安ですわ」
「僕の心にいるのは、一生レーア様だけです!」
ミハエル様が私の手を取る。
ミハエル様の瞳って黒真珠のように美しかったのですね。
ミハエル様のお顔が近づいてくる……良い雰囲気ですわ。
このまま口づけを交わしてしまおうかしら?
私が瞳を閉じようとしたその時……。
どこからともなくクナイが飛んできて、ミハエル様の眼前をかすめていきました。
ミハエル様が真っ青なお顔でガクガクと震えている。
「いやー、すまない。
チェイとサバイバル訓練をしていたら手が滑ってしまってね」
「お怪我はありませんでしたかお嬢様?」
お父様とチェイが木の影から現れた。
タイミングが悪すぎますわ。
まるで監視されているみたい。
結婚までミハエル様とイチャイチャするのは、難しそうですわ。
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