第13話「天使とのお茶会」




――ミハエル・オーベルト視点――



昨日は学園で気を失ってしまった。


親切な人が馬車に乗せて、僕を家まで送ってくれたらしい。


初恋の人を守るために第一王子に啖呵を切ったのはいいけど、最後は気を失ってしまうなんて……かっこ悪い。


だけど夢の中でレーア様に似た美しい天使様に会えた。


それだけはラッキーだった。


天使様は、見目麗しいだけでなく、お優しい方だった。


天使様に何か恥ずかしいことを言った気がする。


レーア様が好きだったとかなんとか……。


まぁいっか、どうせ夢だし。


あれが現実で、告白したのが天使様じゃなくて、レーア様だったら目も当てられないな。


「ミハエル!

今すぐ身支度を整えて降りてきなさい!

すごい人が訪ねてきたのよ!」


自室のベッドでおかゆを食べていたら、母が血相を変えて部屋に入ってきた。


落ち着いてる母が慌てるなんて珍しいな。


誰か偉い人でも尋ねて来たのだろうか?


まさか王家からの使者とか? 


だとしたら昨日のことかな。


男爵風情が第一王子の言動に注意したから、そのことが原因で王子が使者をよこした?


僕は城に連行され、取り調べを受けるのか?


覚悟はしていたことだけど、まさかこんなに早いなんて……。


現国王陛下は穏やかな性格で聡明な人物だと聞く。


ちゃんと説明すれば、僕の言い分を理解してくれるかもしれない。


最悪の場合は、僕だけ処分するようにお願いしよう。


男爵家だけは存続できるように、命をかけてお願いするつもりだ。


「分かった、着替えたらすぐ行くよ」


食事を途中にして、一番良い服に着替え玄関ホールに降りて行く。


玄関ホールにはほのかに甘い香りが漂っていた。


この香りはもしかして……!


僕は玄関ホールにいた人物を見て仰天した。


「ど、どどどど……どうしてあなた様がここに……?」


僕の目がおかしくなったんだろうか?


赤いサラサラした髪に、新緑のような緑の瞳、美しい顔立ちの少女が、お供の女性を従え玄関ホールに立っていた。


「カイテル公爵家のレーア様が、お前に会いに来てくださったのよ」


母が説明してくれた。


「ごきげんよう、ミハエル様。

お加減はいかがですか?」


レーア様の小鳥がさえずるような美しい声が、男爵家の玄関ホールに響いた。


なななななな……なんでカイテル公爵家のお嬢様が、貧乏男爵家の玄関ホールにいるんだ!

 

僕はパニックに陥った。


僕がテンパってる間に、母が気を利かせて、レーア様をガゼボに案内した。


「あいにく使用人のほとんどに暇を出しておりまして」


母はそう言って、家で一番高いティーカップに、お客様が来た時のようにとっておいた、一番高い紅茶を注いだ。


母は紅茶を淹れると、用事があると言って席を外した。


気を使わせてしまったようだ。


「先振れもなく突然押しかけてしまったこちらが悪いのです。

どうぞお気遣いなく」


レーア様なんてお優しい方なんだ。


そのレーア様と一緒のテーブルを囲んでいるなんて……これは夢だろうか?


頬をつねってみたら痛かった、良かった! 夢じゃない!


「あ、あああああ……あのレーア様。

どうして男爵家に来られたのですか……?」


いい加減、普通に話せるようになりない。


「昨日助けていただいたお礼を述べに参りました」


「お礼ですか?」


「はい、昨日は困っているところを助けて下さりありがとうございます」


「い、いえ……僕は大したことはしてませんから」


「ご謙遜なさらないで、昨日のオーベルト男爵は勇ましくて素敵でしたわ。

オーベルト男爵が昨日学校で気を失ったので心配しておりましたの。

その後おかわりはございませんか?」


「こここここ、この通りピンピンしてますから、どうかご心配なく」


えっ? 


今レーア様が僕を「勇ましい」とか「素敵」って言った?


聞き間違いかな?


「綺麗な薔薇ですわね」


レーア様がテーブルに飾られた薔薇を褒める。


「ありがとうございます。

母が育てた薔薇です」


薔薇の苗は母が嫁ぐときに持ってきたものだ。


薔薇の手入れだけは、父が亡くなってからも続けている。


「薔薇といえば、オーベルト男爵は三年前に私が渡した薔薇の刺繍のあるハンカチを、ずっと持っていてくださったとか」


飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。


「えっ、なっ……! 

へっ?? 

どどどどど……どうしてそれを……?!」


「先ほど玄関ホールで、オーベルト男爵を待っているとき、オーベルト男爵のお母様が教えてくださいましたの」


母さん、余計なことを……!


「あの……いつか、お返ししたかったのですが……レーア様に……カイテル公爵令嬢にお会いする機会がなくて……。

あのときは、助けてくださりありがとうございました」


うっかり心の中で呼んでいるように「レーア様」と呼んでしまった。


失礼なやつだと思われたよな。


それよりも、三年もハンカチを持っているとか気持ち悪いと思われたよな。


絶望だ……。


「レーアでよろしいですわ。私もオーベルト男爵のことを、ミハエル様とお呼びしてもよろしいかしら?」


「はい、えっ、あっ……どうぞ!

僕の名前なんて、呼び捨てにしてしまって、くだちゃい」


なんかテンパって、変なことを言ってしまったぞ。


えっ? 待って……?


レーア様が名前で呼ぶことを許可してくれた?

 

レーア様も僕を名前で呼ぶ?


いったい何がどうなっているんだ。


「ミハエル様」


「ひゃい! あっ、ちが……はい。

なんでしょうか?」


レーア様の美しい唇が僕の名を呼ぶ、それだけで僕は夢見心地だった。


多分、椅子から三センチくらい浮いていたと思う。


「私、ミハエル様へのお礼とお見舞いの他に、もう一つ用事があってこちらにお邪魔しましたの」


「用事ですか?」


レーア様の用事ってなんだろう?


「昨日の告白の返事をしに参りました」


「こ、告白?! ですか……? 

だ、誰が? 誰に?」


「お忘れですか?

寂しいです。

昨日ミハイル様が私に言ったのですよ『好きだ』と」


「え? えええええええええ……!?」


昨日僕がレーア様に告白した?!


昨日の夢を思い出してみる。


レーア様によく似た天使に好きな人がいるって、伝えた気がする……。


も、もしかして……あれは、夢じゃなくて現……実!


ということは、昨日僕に優しくほほ笑んでくださったのは、本物のレーア様!!


どどどどどど……どうしよう!!


王族と婚約している高位貴族の令嬢に告白をしてしまった!


不敬罪で訴えられる!!




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