第4話「ミハエル・オーベルト、勇気を振り絞る」



――ミハエル・オーベルト視点――



「お待ちください!」


と叫び、僕は颯爽とレーア様の前に飛び出し、第一王子を睨みつけた。







…………今の表現には若干の嘘がある。


実際はへっぴり腰で、足をガクガクと震わせながら、レーア様の前に立ち、噛みまくりながら、

「まままままままま……まっ、待ってくだぢゃいっっ!」

と言うのがやっとだった。


目の前にいる第一王子は、眉間にしわを寄せ、突如目の前に現れた僕を睨んでいる。


第一王子はさらさらしたブラウンの髪、エメラルドグリーンの瞳、目鼻立ちが整った美しい顔をしていた。


第一王子が身につけているのは、オートクチュールで作られた仕立ての良い制服。


間近で見る第一王子は、王族としてのオーラに溢れていた。


対して僕は、瓶底眼鏡にそばかす顔、ボサボサの黒髪。


制服は既製品で、三年も着ているから裾は痛み、膝も出ている。


身長、顔、身分、オーラ……第一王子に勝てるものが何一つ見つからない。


見目の悪い貧乏男爵の僕では、第一王子に対抗できない。


僕の心臓が口から飛び出るのではないか、というくらい煩く音を立てる。


体全体から冷や汗がふきだしているのが分かる。


怖い……!


どうしようもなく怖い……!


でもここまで来たら引き返せない!


「誰だ貴様? 

クラスと名前と身分を言え」


「み、みみみ……ミハエル・オーベルト。

身分は男爵、く、くりゃすは……クラスは普通クラスれすっ」


声は裏返るし、何度も噛むし、散々な自己紹介となった。


「普通クラスの、しかも男爵風情が、俺の話を遮るな。

消えろ。

今すぐ消えるなら許してやる。

出なければ不敬罪で捉えるぞ」


第一王子が不機嫌そうに眉を釣り上げる。


それだけで寿命が一年縮まった気がする。


怒ってる絶対に怒ってる。


足に力が入らない。


できるなら今すぐ土下座して、第一王子に許しをこいたい。


でもだめだ!


レーア様の冤罪を晴らすと決めたんだ!


「おおおおお、おっ言葉でしゅが、おおおおおっ……王子殿下。

ここは学園、学園に通っている間は王子も男爵も関係なくいち生徒に過ぎません。

男爵の身分の僕でも貴方様に話しかけることは可能です。

レーア様を擁護することも」


最初はめちゃくちゃどもったが、話しているうちに普通に話せるようになった。


レーア様の冤罪を晴らそうと覚悟を決めたことで、迷いが吹っ切れ、普通に話せるようになれたらしい。


人間は死ぬ気になれば、なんでもできるものだ。


「なんだと?」


第一王子が眉間にしわを寄せる。


「第一王子がおっしゃっていた、カイテル公爵令嬢がシフ伯爵令嬢を人前で罵ったことについてですが。

僕も偶然その場に居合わせ二人の会話を聞きました。

僕の聞いた限りでは、カイテル公爵令嬢はシフ伯爵令嬢の服装や行いについて注意しただけで、罵ってるようには聞こえませんでした」


「嘘を言わないで! 

私レーア様に酷いことを言われて、とっても傷ついたんだから!」


シフ伯爵令嬢がキッと僕を睨み、言い逃れをした。


「僕が聞いたのは、

『シフ伯爵令嬢のスカートの丈が短い』

『ブラウスのボタンを二つ以上外すのははしたない』

『家族でも婚約者でもない者が、殿下のお名前を気安く呼んではいけない』

というものでした。

カイテル公爵令嬢の言っていることは正論だと思います。

シフ伯爵令嬢、反論はありますか? 

それともカイテル公爵令嬢に他にも何か言われたのですか?」


「た、確かに言われたのはその三つよ! 

でも全部私の悪口じゃない! 

ベルンハルト様の婚約者だからって偉そうにしちゃって、感じ悪い。

服装や話し方についてまで、とやかく言われたくないわ!」


「恐れながらシフ伯爵令嬢。

カイテル公爵令嬢は生徒会副会長として、学園の風紀を守るために言ったのだと思います」


「そ、それは……そうかもしれないけど」


シフ伯爵令嬢が言い淀む。


「ハンナに名前呼びを許可したのは俺だ! レーアにどうこう言われる筋合いはない!」


第一王子が反論した。


「そうでしょうか? 僕はそうは思いません」


「何だと?!」


「カイテル公爵令嬢がおっしゃったように、王族の方を身内でもない、婚約者でもない方が呼び捨てにするのが正しいことだとは思えません。

カイテル公爵令嬢がシフ伯爵令嬢に注意したことは間違っていないと思います」


「くっ……!」


第一王子は黙った。


第一王子は誰かと口論したことがないのかな?


正論を言われると言い返せないんだ。


「次に昨日の二時間目と三時間目の間の休み時間に、カイテル公爵令嬢がシフ伯爵令嬢を東校舎の階段から突き落とした件ですが」


「それは間違いないわ〜。

私のこの怪我と〜、レーア様の手の甲の傷が〜証拠よ〜」


シフ伯爵令嬢はいちいち語尾を伸ばさないと話ができないのだろうか?


シフ伯爵令嬢はさっき怒ったときは普通に話していた。


語尾を伸ばす話し方は、演義なのだろう。


「被害者のハンナがこう言っている。

レーアがハンナを階段から突き落とした犯人で間違いない」


「恐れながら殿下。

被害者の証言だけでは証拠とは言えません」


「証拠なら他にもある。

レーアの手の甲には、階段から落ちるときハンナがつけた引っかき傷がある。

それこそが動かぬ証拠だ」


「殿下、恐れながら申し上げます。

カイテル公爵令嬢はその時間東校舎に行っておりません」


「なんだと?」


「東校舎には普通科のクラスしかなく、特進クラスのカイテル公爵令嬢が行く理由がありません」


「だが、それだけでは……」


「ベルンハルト様の言うとおりよ! 

私に嫌がらせするために、レーア様は東校舎までやって来たのよ!」


シフ伯爵令嬢、やっぱり普通に話せるのか。


普通に話せるなら、語尾を伸ばすぶりっ子な演技止めればいいのに。


「僕は休み時間、カイテル公爵令嬢がどこにいたか存じております。

カイテル公爵令嬢の手の甲の怪我の原因についても存じております」


「えっ?」


シフ伯爵令嬢の顔には不味いと書いてあった。


「昨日の二時間目と三時間目の休み時間、カイテル公爵令嬢は裏庭にいました。

僕は教室の窓から、カイテル公爵令嬢が裏庭で猫と戯れているのを見ました」


「レーアが裏庭にいただと!?」


「レーア様が猫と遊んでいたすって!?」


「はい殿下。

カイテル公爵令嬢は学園に住み着いてる野良猫と戯れておりました。

カイテル公爵令嬢の手の甲の傷は、その時猫に引っかかれてできたものです」


「それは本当なのかレーア!」


第一王子がレーア様に問いかける。


「はい王子殿下。

私が裏庭にいたことは、理事長も知っていることです。

たまたま裏庭を通りかかった理事長は、私が猫に引っかかれる現場も目撃しております」


今気づいたけど、レーア様は第一王子のことを「王子殿下」と呼んでいるのだな。


婚約者でもないシフ伯爵令嬢が第一王子を名前で呼んでいるのに、婚約者のレーア様が第一王子を「王子殿下」と呼んでいることに違和感を覚える。


もしかしてレーア様は、これまでも第一王子に蔑ろにされていたのかも?


「くそっ……! 

ハンナが階段から突き落とされた件については、貴様を容疑所から外してやる! 

この件については改めて調べる! 

国外追放の件は撤回してやる! 

だが貴様との婚約の破棄は撤回しない! 

貴様がハンナをいじめた心の醜い女だと言うことは、分かっているからな! 

いずれぐうの音も出ない証拠を突きつけてやる! 

覚悟しておけよ!」


第一王子はレーア様の国外追放処分を取り消してくれた。


でも第一王子とレーア様の婚約破棄が取り消されることはなかった。


僕の力が及ばなくて申し訳ない。


「殿下との婚約破棄、謹んでお受けいたします」


レーア様は立ち上がり、優雅にカーテシーをした。


こんなときだが、レーア様の所作の美しさに思わず見惚れてしまう。


「ミハエル・オーベルト! 

貴様の名は忘れんからな!」


第一王子は僕を鬼のような形相で睨むと、とくるりと踵を返した。


「行くぞハンナ!」


「は〜い。

ベルンハルト様〜!」


シフ伯爵令嬢が、甘ったるい声で返事をし、第一王子の後をついていった。


第一王子が去ってからしばらく経っても、食堂は静まり返っていた。


僕は全エネルギーを使い果たし、その場に足から崩れ落ち……気を失った。




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