4, 終わる世界を目前に
ごくり、と固唾を呑む音が響く。
彼に続いて部屋に入ると、きーんと耳を突き刺す声がした。
「オルティスの馬鹿! どうして私を虐めるんだ!」
と。
前言撤回。緊張なんてない。とうの昔に消えたかのように思えた。雰囲気とは真逆の幼さが垣間見える。ずるり、と肩の重りがずれるような気がした。
声の主は此方を見る。三秒固まり、ぶわっと涙を溢れさせた。この人の涙腺、どうなってるの?
「あー! 颯一! オルティスが虐めるんだ!」
と叫びながら抱きつきにきた。飛んできた、の方が正しい。やろうと思えば世界をも包み込めそうな白い羽根を、ばさばさと動かしながら。対照的に颯一は淡々と返す。
「いつものことじゃねーか、離れろ餓鬼」
「はぁ?! お前の方ががきじゃん!」
「あーあー、すみませんねばばあ」
「あ?! 言っちゃったなぁ?!」
ぎゃいぎゃいわーわー。そんな擬音がお似合いの二人は、こほんと咳払いひとつで収められた。奥にいた、オルティスと呼ばれた彼女によって。
「お騒がしくてすみません。初めまして、ようこそ、長瀬百合さん。此方の世界へ」
ふふ、と笑う音がする。彼女のモノクルの奥は笑っていない。光の宿らない桜色が二つあるだけだった。
ぞわりと悪寒がする。どうやら緊張はこの数秒で戻ってきてしまったようだ。
彼女が
「ところで、颯一さん。貴方仕事してなさそうですけれど、大丈夫ですか?」
エミリーは問いかけた。颯一は目を逸らす。
「あんたがすると思ったから俺からする必要はねぇだろ」
「なるほど」
はぁ、と溜息が聞こえた。イヴは「颯一、ほんと学習しないよな!」とケラケラ笑っている。
私が瞬きを挟んだ直後、一人でに果物ナイフが颯一の喉に狙いを定めていた。
「いつからそんなに口答えできると錯覚しているんですか?」
そう言いつつも妖美な笑みを浮かべる彼女はまさしく悪魔だった。颯一は何も言わずに踵を返した。
「…書類残ってんだ。そっちをやる」
と残して。
エミリーは立ち上がり、宙に浮いたままの果物ナイフを手に取る。机の上の皿にカチャリ、と置いて、私の方に振り返る。
「百合さん。今から話すことはしっかり受け止めてくださいね」
以下、彼女の言葉をまとめる。
・エミリー及びイヴ、両名は現世では説明できない物体であるということ。
・彼女らの戦争により私の友人は巻き込まれてしまったこと
・悪魔側、天使側、そして中立の
・彼女らの願いの為に両陣営は殺し合いをし、思い通りになるまで世界をやり直していること
「なんとも馬鹿げた話に聞こえますが、今回もルールに則って明日世界は終わりますよ」
わたしにも人の心がありますので、非人道的なことをしているのは承知しています、などと続けているがその言葉耳を通り過ぎるだけで頭に止まる事はなかった。
「じゃあ……臎が死んだのは? 死体がなかったのは?」
「あぁ、彼女ですか。……良い駒でしたよ、
「……っ」
話の流れからして想像することは容易かった。だからこそ納得などできなかった。
「颯一さんが何を考えているかはさっぱりですけど、遅かれ早かれ、貴方はここに巻き込まれる予定でした。
「兄貴が……?」
瞬時に理解する。私は選択を強いられているわけでないのだ、と。このまま政府の職員になるのか、という話ではない。ならなくてはならないのだ。
となれば颯一が関係するのも納得できる。彼の妹、“さっちゃん”のことをこいつらは知っているはずだ。
「分かりました。じゃあ私は政府職員になって貴方達の理想を壊す。それでいいですか」
「……百合さん、もしかしたら貴方は素質があるかもですね、期待していますよ」
「ゆり! お前が足掻いてなせることは茨の道と同じだ! でもその姿勢は好きだぞ! 悪い子らしくてな!」
そこで私は部屋を後にした。何も返す気にはならなかった。今の段階では二人に勝てない。そう感じたからだ。
扉を閉じて、前に広がる通路を見る。その終点には、ご丁寧に私の名前の立札が立てられた部屋があった。躊躇うことなくそこに入り、主人を今か今かと待ち構えていたかのように見える椅子に腰掛ける。
そこで世界の終わりを待つことにした。今回は知りすぎた。頭がパンクするのも時間の問題だな、と一人苦笑する。誰も、見ていないところで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます