告白は春風にのせて

天猫 鳴

告白ゲーム

 学校の中庭に川上かわかみれん(男子)は立っていた。均整のとれた体つきの男子と向い合わせで。


「川上恋くん、俺と付き合ってください」

「・・・・・・え、っと」


 右手をスッと出してれんを見つめる彼は柔道部の先輩だった。


 身長180センチの高身長男子を前に、174センチの恋は小さく見える。離れたところで話す女子の囁き声が耳に届いていた。


「恋くん可愛い」

「先輩は胸板厚いし恋くん細いし」

「きゃあ」


 先輩を見上げる身長差に女子の姿を重ねて萌えているらしい。

 名前のせいでこれまでも色々面倒なちょっかいは出されてきたけれど、恋は特にどうということはない男子だ。


(なんだっけ。確か女子に人気の何とか先輩・・・・・・)


 中庭を囲む校舎の窓から生徒が鈴なりで見ている。恋の返事を待って皆楽しそうだ。


「あぁ・・・・・・あの」


 言えばいい、断ればそれで終わりだ。

 これまで何人も断ってきたんだから、これまで通りさっさと断ってしまえばいい。そう思って恋は気合いをいれる。・・・・・・が、先輩の気迫に飲まれて声が出なかった。


(すんごいマジ顔、まさか本気だったりしないよな?)


 これは単なるゲームだ。

 そう、発端は面白く盛り上がる告白ゲーム。最初は隠れて付き合ってる友達を生徒公認にするイベント的なものだった。


「・・・・・・ご」

「一生愛してやるから、付き合ってくださいッ!」


 恋が口を開いたとたん先輩が学ランの胸元をガッチリとつかんだ。


「ええッ!?」

「きゃぁーーー! 與那城よなしろ先輩ッ!」


 黄色い悲鳴が上がる。

 外国の血を感じさせる端正な先輩の顔が恋の目の前にあった。


「ただのゲームとは言え、大勢の前で断られるのは恥ずかしい」


 恋の耳元でそう言った與那城の耳が赤い。

 ふたりの顔の近さに女子が沸き立つ。


「でも・・・・・・」


 これはひとつのお笑いネタだ。印籠を出して「控え控え!」と盛り上がる時代劇みたいに、恋が「ごめんなさい」とふったところでチャンチャンと落ちて幕引きとなる。

 目を丸くする恋の襟首にすかさず與那城が手を回しつかんだ。コロシアムにいるみたいに悲鳴とどよめきが低く高くふたりを包む。


「與那城ッ! 反則!」

「しまった、首の後ろを捕まえてしまった」


 残念そうな悔しい顔を作った與那城がにこっと笑った。ほんの少し恥ずかしそうな気配が混じる表情に女子がまた盛り上がる。

 ふたりの間に柔道部の部員が割って入って與那城を撤収していった。それは彼の筋書きだったのかもしれない。断られずにふられるための。


「ああ残念、俺の負けだ。恋、今日は会ってくれてありがとう。またね」


 猫のような笑顔で手を振った與那城は、後輩を引き連れて去っていった。


(なんて・・・・・・爽やかでキュートなんだ)


 恋はきょとんと彼の後ろ姿を見送った。中庭に立ち尽くす恋を残して野次馬はあっという間にはけていく。


(いや、見惚れている場合じゃない)


 昼休みはもうすぐ終わる。






 学生公認の告白ゲームは2ヶ月ほど前から始まった。

 そのうちにゲームを隠れみのとした告白になった。もし断られてもゲームだからと笑い話にすり替えられる。


(ここ数日ゲームがなくて皆もう飽きたかと思ってたのに)


 一通り告白が終わると罰ゲームに早変わり。恋愛対象関係なく告白の台詞を大勢の前で言う軽く笑える罰。

 たまたま告られた時の恋が面白かったらしく「恋くんを落とせゲーム」へとスライドしていった。


(表情が可笑しかったのか、仕草が可笑しかったのか)


 何が面白くてこんなゲームの主人公にされているのか恋にはわからない。とにかく困ったものだ。


(いまので44回目?)


 だいたいそれくらいだ。途中から数えるのも馬鹿馬鹿しくなってやめた。


(なんで男子に告られなきゃいけないんだよぉ・・・・・・。女子にも告られたことないのに)


 そう言った恋はそっと唇を噛んだ。

 告白されたことがない・・・・・・というのは、嘘だ。


 いや、あれが本気か冗談だったのか確認するタイミングを失ってそのまま。


「恋くん、好きだよ」


 遅くなった帰り道。

 最近、恋が告白ゲームのターゲットにされている。その事を小池こいけ花蓮かれんと冗談交じりに話しているときに、彼女の口からその言葉を聞いた。


「ごめんなさい」


 連日、日に4・5回の告白を断りまくって癖になっていたのか、反射的に口が断っていた。


「・・・・・・あっ」

「あはは、早いなぁ。イントロクイズ並みに早かったね」


 すぐに気づいて訂正しようとした恋の目は、笑う一瞬前の彼女の顔を見ていた。心を砕かれたような表情だった。コンマ何秒かだとしても忘れられない。


(後悔先に立たず)


 心でぽつりと呟いた。


 このゲームの主役にされて1番残念で後悔し続けていること。それが小池花蓮とのあの会話だ。もう1ヶ月近く前のこと。

 彼女に気を遣ってしまった。

 いや、自分が見た彼女の気持ちが見間違いだったらと怖かった。


 告白ではなかったということにして、お笑いのネタにしてしまえば気まずさから逃げられる。そう思って逃げたのは失敗だった。


「恋くん」

(・・・・・・!)


 話をすれば影というけれど。

 彼女のことを考えていた恋に声をかけたのは花蓮だった。


「今日もお疲れさま」

「あぁ、うん」

「終わったかと思ってたのに、また始まっちゃったみたいね」

「そうだね」


 こんな風に会話が出きるのもあの時訂正しないで彼女の気持ちを確認しないままにしていたからだ。そう思いながら、心がざわつく。


「そう言えば・・・・・・恋くんって名前、男子に付けなさそうだけどどういう意味があるの?」


 風が吹いて桜が舞って、彼女の髪に花びらが落ちる。


「恋するみたいに、どきどきわくわく人生を生きて欲しいって」

「へぇ、素敵」


 春風のような笑顔。彼女の声が高く短く恋の耳をくすぐる。


(どきどきわくわく・・・・・・か)


「・・・・・・でも」

「ん?」

「恋って、どきどきわくわくだけじゃないよね」


 彼女の横顔が、空を見上げるその瞳が切なく感じる。


「空は繋がってるのに、すぐ近くが遠く感じる」


 その声は青空に消えそうなほど静かで儚げで・・・・・・。


「僕も好きだよ」

「え?」


 ひときわ強く風が吹いて枝がざわめいて花びらが舞い上がった。


「いま、なんて?」

「あっ・・・・・・。袖のボタン取れかかってるよ」

「え? そんなことないよ」

「取れかかってるよ、僕が止め直してあげる」

「糸も針も持ってないでしょ」

「もってるんだなぁ、それが」


 花蓮の腕を取って中庭のベンチにふたりで座る。


「脱ぐ?」

「脱がなくていいよ、寒いでしょ」

「ふふふ」

「なに?」

「男女逆転だね」

「こんなの男も女も関係ないよ」

「・・・・・・そっか、そうだね」


 彼女の視線にどきどきして自分の指を刺してしまいそう。


「服飾の専門学校に行くんだって?」

「そう、遠回りになっちゃったけど。作るの好きだから」

「そっか・・・・・・」


 静かな時間が流れて花びらがふたりに舞い降りる。

 いったん外したボタンが縫い止められて、終わりが見えてきた。


(このまま桜の花びらに埋もれるくらいこうしていたいな)


「桜の花びらに埋もれたいね」

「えッ!?」


 心を読んだような花蓮の言葉にぎょっとした。


「同じ大学に行きたかった」


 恋に顔を向けて笑う彼女の目に光るものがあった。




 もうこれはコメディーにもっていけない。

 笑い話に変えられない。



「通うのは別だけど近くだよ」

「・・・・・・え?」

「小池さんの通う大学」

「小池さんって、急に」


「花蓮と通う先は別でも、同じ所に住んじゃえば一緒にいられるよ」

「うそ・・・・・・」

「あっ! いや、そのッ」


 自分で言って慌てる。


(好きも付き合ってもすっ飛ばしで同棲申し込みって俺はッ!)


 真っ赤になって立ち上がった恋に花蓮が飛び付いた。


「うわッ」

「嘘みたい、嬉しい!」


 このネタの落としどころはどこだろう。

 嬉しくて恥ずかしくて頭が回らない。


 空はどこまでも青くて、桜は舞い立って。


 風立ちぬ。




 僕らの人生は突然の豪速球をぶちこまれたり、あらぬ方向からボールが飛んできたり。風に足をすくわれそうになったりするけれど。

 前を向いていこう。


 コメディーみたいに面白おかしく笑いあって。




□□ おわり □□




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