笑わせないと死ぬ世界【KAC20224】
予感
ようこそ、お笑いの世界へ
そこは天井も壁もない、真っ白な空間だった。中央には、高さ三メートルはありそうな巨大な〈顔〉――モアイ像にそっくりな石像が鎮座しており、その前に、低い簡易ステージのような円形スペースがある。周りには老若男女たくさんの人々が呆然と立ちつくしていた。
ここは『お笑いの国』であり、『笑わせないと死ぬ世界』だった。顔面石像――〈顔〉がそう言った。人々にはここへ来た前後の記憶はなく、全員の首には金属製の首輪が
人々は悟った。ここが『お笑いの国』であり『笑わせないと死ぬ世界』なのは本当で、〈顔〉がこの世界の神なのだと。ここには法律も人権も納得できる理由も何もなく、〈顔〉を笑わせないと殺されるという事実しかないのだ。
〈顔〉が目を見開くと、石の瞳がルーレットのように回る。人々はそれぞれ手の甲に数字が刻まれており、ルーレットで選ばれた人間は、〈顔〉の前にあるステージに立って笑わせなければならない。
『1689番』
〈顔〉が番号を告げると、「ヒィ」と甲高い女の悲鳴が響いた。泣きながらステージに立った若い女は、「許してください、許してください、私、人を笑わせるなんてしたことがないんです、無理です、ごめんなさい、許してください」と泣き落としをした。〈顔〉はカウントを始める。
『3、2、1、0』
若い女の首輪は容赦なく爆発し、ステージ上に血しぶきが飛び散った。ギャラリー達は悲鳴も上げず、凍りついたように惨状を見つめている。
〈顔〉は何ごともなかったように、次の番号を読み上げる。呼ばれた小学生ぐらいの男子は、足をガクガクと震わせて血濡れたステージに立ち、泣きながら「○んこチンチン!」と下ネタを叫んで首輪を爆発させた。
次に呼ばれた老人は覚悟を決めたようにステージに立つと、老成した声で「え~、まいど馬鹿馬鹿しいお笑いを一席」と落語を始めたが、さわりの三十秒でカウントダウンが始まり、首輪が爆発した。
逃げるのはだめ、泣き落としも下ネタもだめ、時間制限も三十秒程度である。人々はこの世界のルールを少しずつ学習していくが、余計に絶望感が広がっていく。
次に呼ばれた太った中年男は、「誰か、誰かマジックか口紅を貸してもらえませんか!」と叫んだ。一人の女性が口紅を手渡すと、太った男は「ありがとう、ありがとう」と泣きながら上半身裸になり、でっぷりと太った腹に、口紅でこっけいな顔を描いた。
ステージに立ち、「アホレ! アホレ!」と泣きながら踊った。太った腹を膨らませたり引っ込めたりして、腹に描いた顔をくねくねと動かす。
すると、今までむっすりとしていた〈顔〉が、「フハ……フハハ……ワハハハハハ!!」とけたたましい笑い声を上げた。
人々は「笑った」「〈顔〉が笑ったぞ」と驚き、ざわめいた。
信じられないと言った表情で呆然としていた腹踊りの男は、天から射してきた金色の光に導かれ、吸い上げられるように消えていった。男の首から外れた首輪が、カラン、と落ちてきた。
「これで笑うのか!」と誰かが呟き、「よし、裸になって踊れ!」と違う誰かが叫んだ。男が残した口紅に人々は飛びつき、裸になって腹に顔を描いた。一斉に十人の男女がステージに上がり、「アホレ! アホレ!」と裸踊りを始める。恐怖でこわばった顔に無理矢理笑顔を作り、「アホレ! アホレ!」と腹を揺らして踊り続けた。
しかし〈顔〉は真顔に戻り、十人の首輪が一斉に爆発した。血の噴水がわき上がり、十個の首が吹っ飛んだ。
「二番煎じはだめなのか……」
ギャラリーからまたも悲痛な声が上がった。
次に呼ばれた気弱そうな痩身の青年は、ステージに立つ前から号泣していた。なんとかステージに上がったが、号泣しながら取り乱し、「ボッボグワァァァァン! ムリッムッムリダガラァァァァハハハン!」と絶叫し始めた。
「人を笑わせるなんてェェェェハハハハァン!! デギッデギマセッエエエエエエンンンハァァァァン!!」と錯乱状態で叫び続ける。
「ママッ、ママたすけてっエエエエエエオウッオウッオッオッウウウウン!!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、男は叫び続けた。ギャラリーはあまりのみっともなさにドン引きして、汚いものでも眺めるように事態を見守った。
しかし、『グフ……グフフフ……ガハハハハハ!! ガッハッハッハッハ!!』とまたもや〈顔〉が笑った、今度は大爆笑をしたのだ。
「笑った!」「笑ったぞ!」「爆笑してる!」
人々はまたどよめき、絶叫していた青年は、「ハヘッフアアアアン? ヒィ!? ハエエアアアンフッフンホエアアアアンペ!?」と情緒不安定な叫び声を上げながら、金色の光に吸い込まれていった。
「いったい何がツボにはいるのかわからない!」
「希望を捨てずに、挑戦するんだ!」
ステージに寝転がり、「赤ちゃんの真似~バブバブぅ」とやった老婆は爆発し、転がった頭部を集めて頭の上に重ね、「トーテムポールー」と叫んだ女子高生は天に召された。
人々は混乱し、泣き叫び、裸で踊り、自虐し、つっこみ、絶望し、挑戦した。
ここは『お笑いの国』、またの名を黄泉の入り口という。人間界にポジティブな交流が減り、笑顔が失われた事を嘆いた神が、地上に笑顔を取り戻そうとして作ったと言われている。
ここで人々は必死に笑いと向き合い、相手を笑顔にすることに挑戦した。破れた者達は死の世界をさまよい、天に導かれた者達は再び人間の赤ん坊として生まれ変わり、世界を笑顔で満たしたのだという。
ー終ー
笑わせないと死ぬ世界【KAC20224】 予感 @Icegray
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます