楽しいゲームの時間デス

SOLA

第1話『××しないと出られない部屋』VS『××すると出られる部屋』

『××しないと出られない部屋』に閉じ込められたことあるヤツ、手ェあげて!?

(ただしカノジョといたヤツ、テメーはダメだ)


 ちなみにおれは、ある!

 ま、オレくらいになると一緒に拉致られたのはキレイなお姉さんじゃなくて、ヤロー(しかも兄弟)なんですけどね!?



第1話『××しないと出られない部屋』VS『××すると出られる部屋』


 オレたちは布団で眠ったはずだった。眠る前の汽車に乗ったわけでもなかったし、夢の中で汽車に乗ったまま銀河を渡ってトンネルを通ったわけでもない。トンネルをぬけたら雪景色だった、なんて世界的に価値ある文学作品とも違う。

 真っ白で無機質な空間は生命色を持ち合わせておらず、どこか温かみのある春の準備中の雪景色とは違う。天井と床の区別もつかぬほど押し迫る白色に呑み込まれないよう、踏ん張るので精一杯だ。


 紅緒(べにお)が天井を睨んでいる横で、海斗(かいと)は立ち上がり部屋の壁をノックしながら歩き出した。トントントン、と軽めにノックする。音が鈍い。発泡スチロール?コンクリート?なにか詰まっているような音。トントントン、トントントン、繰り返す音は同じ。無機質。無テンポ。無味無臭。例えようのないその耳障りに何度か首を傾げるが、答えは出ない。


 いちめんの白 いちめんの白 いちめんの白


 母が好きだった詩のように心が浮かれないのはどうしてだろう。

 トントントン、トントントン、と壁をノックしながらあっという間に十畳ほどの部屋を一周してしまった。

 

「そうか」

「ん?」

「この部屋は窓や扉がないんだ」

「本当だな」

 弟に言われるまで部屋があまりに明るくて気がつかなかった。

 窓がない、電気もない、テーブルも椅子も、おそらくWi-Fiもない。自分達以外、なにもない!

「どうやって入ったんだ?」

「それよりどうやって出ていくかが問題じゃないの?」

 海斗は手のひらや指先を壁につけて、もう一度部屋を一周してきた。が、やはり壁紙のつなぎ目やヒビひとつも見当たらない。首を振り振り、紅緒の横に座るとハァ、とあぐらの隙間の床を眺めている。樹(いつき)はまだ眠っている弟たちを守るよう片膝立ちのまま、天井をぐるりと眺めていた。

 見ているだけで答えが出るわけなんてない。頭ではわかっている。だが、何か考えていないと気が狂いそうだった。どこが壁でどこが天井で、どこからが自分なのかもわからなくないこの空間。気がついたら白い壁に吸い込まれてしまいそう。それだけは嫌だと本能がアラートを鳴らす。

 それは幼い頃、真っ白な雪景色を眺めているうちに意識が呑まれた経験を思い出させ、それとよく似た恐怖が背後からにじりよじってくるのがわかった。

 樹は目を閉じ、あぐらをかいて呼吸を整えだす。ハァ、と息を吐くいては吸ってを繰り返しているうちに次男の紅緒と三男の海斗も真似し出した。

 

 焦っている自覚があるうちは大丈夫だ。

 まだ弟二人は眠っている。それまでに落ち着いてみせろ。正常であれ。

 

 長兄たるもの、弟たちの前では兄らしく居たかった。冷静でありたかった。いまどき古臭いと言われようが、なんだろうが知るか。これが男で年上の役割だと信じて生きてきたのだ。その役割のおかげで生きてこられたのだ。

 だから自分は十歳以上も年の離れた弟たちの前で不安をみせてはならない。

 年下を護ることこそ年長者の使命なのだから。

 樹は口にはしないが、その使命感は紅緒も海斗も同じようだ。


 この恐れはどこから湧くのだろう?

 妖怪もお化けもいないのに?ただ白い部屋にいるだけなのに?

 どうして汗が出る?どうして呼吸が浅くなる?

 昔読んだ小説は主人公が神病棟の真っ白な部屋で目を覚めすシーンから始まったが。この恐怖はきっと「あれ」に近い。


「んー……」

 ゆっくり、ゆっくりと水色の髪が、指先が動く。四男の青空(そら)が目を覚ました。しばらく天井を眺めているが、兄たちは声をかけない。

「……」

 まるで旅館に泊まった朝のような。「どこだここ」「そういえば」「あっそうか」の脳内一秒のやりとりの後で「どったの」と呑気な声を漏らす。ただ、その弟の様が三人の心に安寧をもたらせた。いつもそうだ。立場をわかっているのかいないのか。四男は周囲が抱えていた負の感情なんて消してしまう。青空も部屋をぐるりと見渡してここが自分の部屋でないことを確信したようだった。

「……なに?ここ?」

「わからない」

「オレたちも今さっき起きたんだ」

 海斗と紅緒が首を振るが、すでに青空の関心の先は兄たちの応えではなさそうだ。

「つーか!なんだよ!それ!」

「「「?」」」

「イツ兄はともかく!カイトは真っ青だし、ベニオは真っ赤だし!ギンだって真っ白じゃん!みんななにやってんの!?コスプレ大会でもあんの!?やべぇオタクに拉致られた?」

「うーん。わかりやすい説明描写♪」

「アホだが国語力は表彰に値する」

「あのね?ソラもすんげぇことになってるからね?髪の毛も瞳(め)も服も水色だから♪」

 紅緒がにっこりと自分の真っ赤な瞳を、その中に映る弟を指さした。

「であああああ!?」

 ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回すが、確認しようにも鏡がない!

 だがカッコが違う!おれは昨日パジャマで寝たはずだ!なのになんだって今、Tシャツとチノパン状態?誰?おれを剝いたの!綺麗なお姉さん!?なら許すけども!!

 つーかなんでこの三人は落ち着いてんだよ!?いや立派だけども!!

「なんで冷静なんだよ!おめーらはっ!!!」

「この部屋でどう動けば良いのかを考えれば我々の髪の色など大したことではない。死ぬわけであるまいし」

「時間が惜しいだけだ」

「未来のこと考える方が重要デショ?♪」

 長男の樹のセリフに、んだんだと青色と赤色の髪が揺れる。ゲームキャラのような鮮やかで作り物の色。すでに社会で働いている三人には有り得ない色だ。樹の茶色の髪色はリアルにはアリだけど、長男で親を自負する兄が明るい茶髪なんて有り得ないし、紅緒はチャラいが女ウケする髪色だったし、堅物なカイトが青色だなんて狂ってる!

 だけど……だから!!兄たちの表情が真面目であるほど、この空間は現実(ホンモノ)なのだと突きつけられた。

 青空が天井をぐるりと見渡すと、確かになんにもない。家具や家電だけじゃない。なにもないのだ。生活用品、生活臭そのものが。なんだろう。こんな空間、どこかで見たことあるような、ないようなーー。

「出口もない?入口もない?どうやってここにいたのかもわからない?うーん?困ったねぇ★♪」

「まぁ当面は食べ物の心配だな」

「それより水の確保が先だろう」

「いやいやそれよりもっときちぃことあんじゃん……」

「「「?」」」

 今のところ、喉は乾いていない。どうしてかよくわからないが部屋の温度は快適。だが、時間が経てばおそらく最大の問題。

「トイレだよ!この部屋ペットボトルもないだろ!どーすんだ!」

「おお」

「なるほど」

「あー、ねぇ?ヤバいねぇ♪」

「だろ!やべーんだよ!おい、ギン!起きろ!」

 足元で寝ている末男を肩で揺らす。高校受験まで髪を切らないと肩まで伸ばした髪が銀色になるとゲームキャラのようだ。が!今はそんなことどーでもいい!いちいちツッコんでいる暇はない!。

「うう……」

よかった!ホンモノの弟だ!

「起きたか?」

「……」

 ものっそい睨んでくるじゃん?

 起こされたことを怒っている。ことを青空もわかっている。が!そんなもの無視!

「ちょい頭(のーみそ)貸せ!ギンが必要なんだ」

「なんなんです。人の部屋に勝手に入ってくるなり」

「それな。でもここ、オメーの部屋でもないんだわ」

「はあ?」

 銀司は目の前に兄たちがそろっていること、ベッドで寝たはずなのに床で寝ていることを把握した後、真っ白の部屋がどう考えても自分の部屋ではないことを秒で理解した。

「オレらもさっき起きたんだけどさ?この部屋にいるとヤバくね?ってなって。よく知らんけど、とりあえずなんかしよーぜってなってさ?」

「壁の裏に空洞はありませんでしたか?」

「なかった」

「海斗が二周して確認したよ♪壁を叩いてもそれらしいもんはないって。逆にみっちりしてるって」

「壁の裏は電子回路だらけなのかもしれませんね。ならばパスコードを打つボタンがどこかにあるかもしれません」

 末弟も立ち上がり部屋じゅうを探索しだしたが、そんなモノはどこにもなさそうだ。

「鍵穴どころか壁の継ぎ目もない。そもそも設計自体がおかしいんだ。この部屋は」

 しっかり者の三男が二度も部屋を見たのなら信じたい。が、自分たちがこれだけ会話しても苦しくならないのなら酸素が供給されているはず。なにか仕掛けがある筈だ。

(落ち着け、考えろ。おちつけ。おちつけーー)

 弟が天井や壁を睨んでいると言うのに。

「これさぁ?『××しないと出られない部屋』だったらヤバくね?」

「ぶ」

「やめろよwヤローだらけなのにwww」

「「?」」

 青空のつぶやきに紅緒がげらげらと笑う。他の三人は置いてけぼりだ。

「なんだその『××しないと出られない部屋』と言うのは。海斗は知ってるか?」

「俺は知らない。なんだ?新手の謎解き脱出系ゲームか?」

「いや、ちが……」

 真面目な樹と海斗に訊かれ、汗がダラダラの青空が紅緒と銀司に瞳で助けを求めるが二人とも知らん顔。14歳の銀司はともかく!アラサーの紅緒は助けろよ!!思春期の弟になに言わせんだ!

 困っている青空の様子を見て意地悪げに笑っていたが、気が済んだのか紅緒が口を開いた。

「ちょっと思春期男子がドキドキするお題をクリアしなきゃいけないお色気系な脱出ゲームだよね?」

「そーそー!ちょーーっと頭と体を使うんだよな!」

「なるほど。ツイスターゲームにおける破廉恥や幸運助平のようなものか?」

「う、うーん?」

 真面目組にサブカルの説明を真面目にしなきゃいけない拷問。この地獄を140字以内で説明してもらえます?四字熟語とか、ある?

「つまりその部屋は条件をクリアした人間自体が鍵というわけだな」

「成程。面白い発想だ」

「まぁ……」

「そう……かな?」

 スケベ男子の夢を美化していただきましてありがとうございます。

「それです!この部屋は謎解きゲームかもしれませんよ!」

「「「「はぁ?」」」」

「ソラ!そうかもしれませんよ!この部屋は『××しないと出られない部屋』かもしれません!」

「いやいや。ヤローで兄弟でセクロスとか……」

「いやー、兄弟ホモで乱交の需要は一定のオンナノコにはあるだろうけどさ?確実に売れるだろうけどさ?これ『イケメンコンテスト』よ?銀●伝かベ●セルクレベルもってこいって言われてんのにホモおくりつけんの?天下のKADOKAWAに?」

「「「……?」」」

 次男のメタ発言は何を示しているかわからない。末弟は無視して天井や床、壁をぐるりと指さした。

「たとえばこの部屋がからくり細工とか。あくまで例ですが、箱根細工のように壁がスライドできるかもしれませんよね?」

「箱根細工って外からガチャガチャってやるやつでしょ?♪中から壁をパズルしろって?」

「あくまで可能性の話です。ただ、デジタル機器がなさそうなら逆にアナログで解決できる可能性も視野に入れていいと思ったのです」

「すげぇな!ギンは!」

「確かに思いつかなかった」

「ソラがヒントをくれたからですよ」

 善は急げと青空が一番にガチャガチャと部屋の壁を斜め上に押したり横に動かそうと押しては引いてを繰り返しだした。ーーが!

「かってぇ!!」

 動かない。上も下も左右も斜めも。スライドできる気がしない。

「そーゆー時は間違ってるんだ。落ち着け」

「でもよぉ」

「箱根細工ってのはカラクリだ♪絶対的法則と順番がある。むやみやたらにやったってーーぐぎぎ」

 青空よりも10センチ以上も身長が高い紅緒が高いところを無理矢理押している。手の甲の血管がくっきりだが、がんとして壁は動かない。壁の継ぎ目がないことは海斗が何度も確認した。樹もしゃがんではそれらしきヒントがないかと壁を押しては触る。だが、そんなヒントもなさそうだ。


 何の気なしに言ったカラクリ箱という発言はあながち間違ってはいない気がする。だが兄たちが壁をどれだけ触っても開かない。やはり違ったか?引き返すなら早くしなければ。代替案は?どうして壁が動かない?

『お題をクリアしなければでられない部屋』『人間自体がカギ』

 兄弟たちの言葉が浮かんでは流れてゆき――――ああ!そうか!


「この部屋自体がカラクリだとしたら!」

「「「「は?」」」」

「ナニ言ってんの?」

「わかりやすく!」

「カラクリ箱といえばいわゆる民芸品のようなものが有名です。が、それ以外にもあるんですよ。幾度も回転させる、磁石の性質を利用する、揃える。『カラクリ箱』とはただ側面をスライドさせるだけではありません!」

「だから?」

「この壁を動かすことが脱出の鍵とは限らないんです!例えば僕らが同時にジャンプをする。あるいは、同時に四隅の壁を触ると言ったように。スイッチらしき何かがあるとしたら!」

「なるほど」

「で、どうやって?」

「それはまだーー」

 樹がうつむく銀司の頭を撫でて『大丈夫』と言ってみせる。

「考えよう。試すしかない」

 

 壁がパズルになっていた方がよっぽど簡単だった気がする。

 出口のピースを見つけるのは砂の中のダイアモンドを探すようなものなのだろうか。それを希望と呼ぶにはあまりに絶望が多すぎる。


「あー、炭酸のみてぇ」

「なにを言って……」

「いや、オレも飲みたいよ。願望大事♪モチベにつながる♪」

 青空の逃避を海斗が嗜めようとしたが、紅緒が頷いたので四男はニコニコだ。

「だろ?さすが紅緒パイセン!話がわかるゥ!」

「それはもう、紅緒様だからな♪ここはやっぱーー」

「コ●コー●だろ★」

「ペプ●でしょ♪」

「「……はぁ?」」

「コーラ一択だろ!」

「はぁ?沸いてんのか!?●プシに決まってんだろ!♪!」

 同盟は秒で結束され、解体した。海斗としてはビールよりはジンジャーエール(辛口)が希望だったのだが、口にした方がいいのだろうか?二人が仲直りするきっかけになればいいがーー。もっとくだらない汗が出そうだ。

「ちょっと待ってください!!」

「?」

「これ……」

 いつの間にか部屋の中央に二本の炭酸飲料が立っていた。たった今、睨み合いの材料にもなった銘柄のペットボトルが二本。まるでたった今、生えたように。

「こんなもの……さっきまでなかったのに」

「は?なんで?」

「飲みたいって言ったから?」

「え?うそぉ?」

 兄弟たちが怪訝な表情を浮かべる中、銀司がペットボトルをしげしげと眺めている。

「もしかして……」

「「「「?」」」」

「喉が渇いた!今すぐ五人分の水が欲しい!」

 銀司が天井に向かって吠えるように呼びかけた瞬間!冷たい無機質の床の上に、五本の水が現れた。

「え!?」

「はぁ!?」

 物理の法則どこ行った?アインシュタインに許可をもらってるのか?

 疑問は言葉にならなくて、みなが黙っているが、銀司だけがふむふむと納得している。

「やはり。この部屋は寄せ木細工でもなんでもありません!ただ唱えるだけでいいんです!」

「は?」

「なにを?」

「僕たち五人は家に戻りたい!この部屋から脱出したい!そのための出口が欲しい!」

 銀司が声を張り上げたが、部屋はシィンとした黙ったまま。が、青空がピンときたようだ。

「ついでにトイレも欲しいぞぉ!」

 ゴト!ゴトゴトゴト!!! 

「な!?なんだ!???」

「うわああああ!」

 パズルのように部屋の壁がスライドしては動く!白い壁と天井はネットで見たルービックキューブを揃える動画、細工箱を開けるように左へ、右へ、上へ、下へ!

 左右上下左右上下左右上下左右上下左左上上下下右右

 カシャカシャカシャカシャカシャグルグルグルグルグルグルグルグル


 床に足がついているはずなのにぐるぐると全てが攪拌されているよう。昔、遊園地で遊んだびっくりハウスのような。まともに見ていると気が狂いそうだ!

 青空と銀司の背後には樹がいて、いつでも二人を護れるようかばうように立っているが、空間に酔わないよう目を閉じるだけで精一杯のようだ。他の兄たちも青空と銀司を護るように目を閉じて立っている。青空は本能で丸く身をかがめた。

 これはきっと砂漠の砂嵐のようなものだ。

 目を閉じろ。飲み込まれないように。落ち着け。

 

 カシャカシャカシャカシャ

 カシャカシャカシャカシャ

 カシャカシャカシャカシャ

 カシャカシャカシャカシャーーーー


 壁の動くカシャカシャ音が止み、再び静寂が訪れる。

 「「「「「?」」」」」

 目を開ければそれまでの明るさとは絶対に違う明るさが差し込んでいた。

「出口!?」

「出られたのか!?」

 四人が立ち上がり灯りへ脚を動かすと。

「なんだ……?これ?」

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