第34話【なんだか最終回みたいな内容だな】

 我が家のリビングの雰囲気が、心なしか真剣な空気を醸し出している。


 パソコンの電源を落とし、話しの妨げになるような状態の物が何一つない無音のリビングで、机を挟んで向かい合う俺とセレンさん。


「フィーネさんを演じているってことは、セレンさんの職業はやっぱり声優さん?」


 何をどう話していいか迷っているセレンさんに、まずは俺から口を開いてみた。

 こういう時は会話の内容を変に相手に任せるより、こちらから気になった質問をぶつけていった方がいいだろう。


「はい。芸名は幸村ゆきむらの性は使わずに、旧姓の方を使わせていただいております」

「そっか」


 結婚している女性声優さんで旧姓のまま活動されている人は多いので、特に珍しい話ではない。


「まだ声優のお仕事をさせていただいて4ヶ月程度ですが、ご縁があってフィーネさんの声優兼ラジオのパーソナリティに選ばれました」 

「デビューして4ヶ月でオーディションに合格? それってかなり凄いんじゃ」

「みたいですね。あまり実感は湧かないのですが」


 アニメ雑誌に載っていた話では、新人がオーデションに受かる確率は想像の範囲を超えるくらいの倍率の高さらしく、一度もオーディションに受からずに廃業していく新人も多いという。


 その熾烈しれつな争いの中をデビューして半年にも満たないド新人のセレンさんが勝ち取るなんて、業界に詳しくない俺でも凄さが理解できる。


「今日はこの部屋のパソコンを使って『フィーネの純愛』のリモート収録をおこなっていました」

「なるほどね。だから『夕方5時より前には帰ってこないでください』か。しっかしセレンさんの俺を見た時のあの顔――ぷっ!」

「笑わないでください! あの時は本当に口から心臓が飛び出そうになって、全てが終わったかと......」


 顔を真っ赤にし、目に涙をためたセレンさんは抗議した。


「でもいつかは俺に話すつもりだったんでしょ?」

「そうですが、あんな不意打ちでバレるなんて聞いてません」

「なら用心のために魔法で家の玄関をロックしておけば良かったじゃん」

「......その手がありましたか」


 あ、そういう魔法使えるのね。


 口元に手を当てて『なるほど』みたいな顔をするんじゃない。


 これはもしもの時用に、光一の倉庫にある結界破りのこけしもどき、通称『ジャス○ウェイ』でも持ち歩くかな。


「フィーネさん以外のお仕事だと、他に何があるの?」

「まだほとんどさせていただいてはいないのですが、来年放送予定の地上波のアニメに少々。もちろんモブの役ですよ?」


 よし、そのアニメは録画だけでなく円盤の方も必ず買おう。


 もしかしたら円盤の売り上げが良ければ続編決定、からの、第ー期ではモブ役で出演されていた女性声優が名前のある役で出演するチャンスだってある。 


 幸村家は全力で声優セレン・ヘスティアーナさんを応援します!


「今は週に一回ペースでオーディションを受けて、フィーネの純愛のお仕事の他は、主に事務所のスタジオでレッスンを」

「レッスンか。具体的にはどんなことするの?」

「そうですね......基本のボイストレーニングや柔軟は当然、あとは演技の勉強にダンスの練習、それから――」

「......声優さんって大変なんだね」


 あまりのレッスンの種類を聞いて、俺はついうめいてしまった。


 毎日のようにテレビで顔出しの仕事をしている人気声優さんを見かけるようになった近年、昔に比べて圧倒的に求められている技術は増えていると思う。

 それらに対応するため、ある意味高校の授業なんかよりもハードそうなレッスンをこなし、しかも帰ってきたら家事も手伝ってくれるのだから。本当、セレンさんには頭が下がる。


「最初は声優の仕事について何の知識も無く、現場に行く度に怒られ、何度も悔しい思いをしました。今でも新しい現場に行く時はとてもドキドキします」

「セレンさんでもそんなに」

「それは思いますよ。私を何だと思っているのですか?」


 自称17歳のアニオタエルフにして俺の継母でしょ。

 なんて言える雰囲気ではないので、心の中でのみつぶやいてみた。


「フィーネさんを通じて、ファンの方たちやスタッフさんたちの暖かさに触れることができて、改めて私は演じることが好きなんだなぁと再確認できました。ありがとうございます」


 セレンさんの姿にフィーネさんの姿が一瞬ダブって見えた気がして、俺は恥ずかしさのあまり視線を横にづらし、鼻の頭を掻いた。


 フィーネさんの中の人が目の前にいる。


 予想はしていたけど、いざそれが証明されるとなんとも言えない不思議な感覚だな。


「最後に晴人はるとさん、夢を壊してしまって申し訳ございません」

「へ? いきなり何の話?」

「晴人さんの大好きなフィーネさんの演者が母親の私で」

「なんだ、そんなことか」


 感謝の次は突然の謝罪の言葉を述べるセレンさんに、俺は嘆息し、ありのままの気持ちを伝える。


「安心して。俺はキャラと中の人とは別人だって認識はちゃんと持ってるから。むしろセレンさんには感謝したいくらいだよ」

「感謝?」

「だってセレンさんが演じるフィーネさんじゃなかったら多分俺、フィーネさんのファンになってなかったと思う。俺の方こそ、フィーネさん役を演じてくれて本当にありがとう」


 セレンさんの演じたフィーネさんでなければあの日の夜、俺はラジオを聴いてもフィーネさんのファンになっていなかったと断言できるし、セレンさんとの距離もここまで近づけるのにもっと時間がかかったと思う。


 セレンさんへの感謝の気持ちは、同時に繋がってくれたフィーネさんへの感謝の気持ちでもあった。 


「......ダメですね。歳を取ると涙もろくなってしまって」


 先程とは違う意味で瞳を潤ませて、セレンさんは優しく微笑む。


「あれ? セレンさんは永遠の17歳設定じゃ?」

「もう......母親をからかうんじゃありません。お夕飯抜きにしますよ?」


 湿った空気が嫌でわざと茶化すように問いかければ、いつものように俺のからかいを見事に返してみせた。


 この程度で、俺とセレンさんの今までの関係は変わりはしない。



          ◇


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