第33話【初めてアニオタの特殊スキルが役に立った瞬間】

 鶴の恩返しの鶴は正体がバレてしまうと、自分の羽を織り込んだ服をその場に残し、外へ飛び立ってしまう。


 我が家の継母はというと、慌てて椅子から立ち上がって、パソコンを背にバタバタと両手を左右に振りテンパっている。


「セレンさん、何して――」

晴人はるとさん! これは違うんです! 昔からラジオ番組に憧れていて、そのマネをしたくて......」


 俺の言葉を遮って喋り出すセレンさんは顔を真っ赤にし、目に涙を溜めながら苦しい言い訳を始めた。


「そう、だから所謂いわゆる一つのごっこ遊びです! 決して私がフィーネさんというわけではございませんので!」


 まくし立てて一生懸命正体を否定するも、状況とパソコンデスクの上に置かれた台本等の物的証拠が真実を物語っている。

 ごっご遊びでストップウォッチなんて使ってたら、それはもはやごっご遊びの領域を超えた練習。限りなく本番に等しい行為。


「それに晴人さん、私5時より前に帰ってきては絶対にいけませんと言いましたよね?」

「もうとっくに5時過ぎてるんだけど」

「え、嘘!?」


 パソコン画面の時刻を覗き、セレンさんは膝からガックリと崩れ落ちる。


「......やっぱり、セレンさんがフィーネさんの正体だったんだね」

「ですから私はごっご遊びをしていただけで、そのような空想上の人物とは何も――やっぱり?」

「実は少し前から、フィーネさんの中の人ってひょっとしてセレンさんかな?って思ってたんだ」

「ふぇっ!?」


 長い耳を真上にピン! とさせ、セレンさんは可愛らしい驚きの声を上げる。

  

「......私、何か晴人さんに感づかれるようなミスを犯したつもりは」

「ミスって」


 この世の終わりみたいな愕然とした表情をするセレンさんに、俺は思わず鼻を鳴らしてしまった。


「だって俺とセレンさん、もう三ヶ月近くも一緒に住んでるんだよ? いい加減セレンさんの喋り方の癖にも気付くし、ちょっとくらい地声より低い声じゃ、俺の耳は誤魔化せないよ?」

「晴人さん――あなたは一体何者ですか?」

「ただの陰キャなアニオタ男子高校生」


 俺はキャラクターの声を聴いただけで、その声を演じている声優さんが誰かを高確率で当てられる、アニオタ特有の超能力を隠し持っている。

 ただし推しの女性声優さんやベテラン声優さん限定。


 何で隠しているのかって?


 それはアニオタ以外の人に言うと大抵ドン引かれるからに決まってんだろ。

 だから紫音しおんの奴もこの秘密のことは知らない。


「最初は全然気づかなった。スマホから聴こえる音声と間近で聴こえるものとでは、どうしても若干の違いがあるし」

「では私だと思った決めてになったものというは?」

「語尾の音の抜け方かな。セレンさん自覚してないだろうけど、時折フィーネさんを演じている時に、僅かだけどその音の抜け方の癖が出るんだ」

 

 同じ屋根の下で暮らす家族だからこそ気づく、そんな細かい喋りの癖。

 キャラを演じながら30分、ラジオ番組をしなければいけないという独特な構成ゆえに、どうしても起こりえてしまう一種の自然現象だ。


「......驚きました。ミキサーさんにも以前、同じようなことを言われました」

「まぁ、声や喋り方にも指紋みたいなものがあるっていうから、強いて言えばそれが決めてかな」

「だとしても普通は気づかないと思います。凄いです!」


 目を輝かせて感激されても、正直この能力は自己満足以外に何の役にも立たないので、呻くしか反応できない。


「......私もまだまだ修行が足りませんね」


 セレンさんは立ち上がって一度深呼吸した後、覚悟を決めた目を俺に向け。


「晴人さんの言う通り、フィーネ・ロゼリアンネの声を演じているのは私――セレン・ヘスティアーナです」

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