第19話【前にもこんなことあったな】

 施設内のフードコート。

 お昼を過ぎても、水着を着た大勢の客で混んでいた。

 どうにか席を確保して昼食を食べ終えたあと、セレンさんはトイレに立った。

 背中に残るセレンさんの豊かな二つの感触に思いにふけて待つも、なかなか戻ってこない。

 このような場所の女性用トイレは混雑するのが定番ではあるが、心の中でざわざわと嫌な予感がめぐり、俺は席を立った。


 セレンさんはほんわかしていても芯ははっきりしている。

 出会った時はたまたましつこいナンパ野郎に捕まっていたにすぎなかったとしても、どうしてもあの時のことが頭をよぎってじっとしていられない。

 それにここは地元の駅前等と違って、どんなヤバイ奴らがいるかわかったもんじゃない。


 ......でもまぁ、ナイトプールみたいなよこしまな宴の場ではない、家族連れや人畜無害そうな中学生達も使うような場所にそんなのがいるわけないか。

 なんて考えを二転三転させてトイレ近くの入り口付近まで到着し、俺の予感が残念にも当たっていたことが証明されてしまった。


 端の方で大学生らしき男のグループに囲まれている、目立つ金髪ロングのスタイルの良い女性は、紛れもなくマイマザー・セレンさん。


 怯えた様子ではないが、困った様子でナンパ野郎達の口上を聞き流している。

 特に相手はガタイが大きいわけではないのだが、数の圧迫感とやらで躊躇ちゅうちょしてしまうもの。

 俺はぼっちではないが陰キャだと自覚している。

 それを考えれば、面識のない年上のお兄様方の愚行を怖くて見逃す、もしくは傍観して終わるのが極自然だろう。


「セレンさん、何してんの、なかなか戻ってこないから心配したよ」


 特別緊張することもなく、俺はセレンさんの前に立った。


「は、晴人はるとさん!?」


 安堵の中に戸惑いもあるような声を上げるセレンさん。 


 勿論、ナンパ野郎達からは不穏な空気と視線を向けられるわけだが、そんなのは全く動揺しない。


 幼少期に光一に引き取られ、一緒に生活をするようになって、俺は『身体がデカイ』『声が大きい』『顔に大きな傷があって威圧感が凄い』というパワー系属性の仕事仲間が家に出入りしていた都合上、そういった態勢には慣れている。 

 刃渡り約160cmの、剣というには大きすぎる鉄塊を振り回せない大学生なんて、恐れることはない。


 とはいえ、長居はせずに越したことはない。

 面倒ごとは避けるに限るのが上手く生きていく基本。


「ほら、まだ回ってない場所もあるんだから、早く行こう」


 俺はセレンさんの手を取る。

 普段なら恥ずかしくてそんなことできない。


「申し訳ございません、『彼氏』が来てしまったので私はこれで」


 妙に弾んだ声でセレンさんがナンパ野郎達に言い放った。

 確かに俺とセレンさんは親子には見えない。

 だからと言って『彼氏』の部分を強調していうのは、相手を挑発させるのでやめてほしいんだが、まぁでも、これでナンパ野郎達も諦めがつくはず。


 予想ではな......。

 

「そんなこと言わずにさぁ、彼氏も一緒に俺達と遊ぼうぜ~」


 面倒なことにバカなのか、空気を読めないのか、アホが一人混ざっていたようで、俺達の行く手を一人遮り、俺の肩に手を置こうとした――瞬間だった。


 フワっと、隣のセレンさんから風のようなものが吹き上がり、同時に正面の空気が読めないナンパ野郎の身体が軽く後方に吹き飛んだ。

 幸い周囲の人には被害はないが、突然の出来事に吹き飛んだ本人だけでなく、その一部始終を見ていた人達は皆驚き唖然とした反応をしている。


「......あら、こんな場所でつむじ風でしょうか? きっと家族の団欒だんらんの邪魔をする悪い子だからお仕置きされたのですね......フフッ」


 ......あ~、これはセレンさん、本気で怒ってらっしゃる。


 普段優しい人ほど怒った時は怖いというのは、人でもエルフでも何ら変わらない。

 能面のような笑顔で紫色の不気味なオーラを放ち、タイルの上に転がった哀れな相手を見下すセレンさんに、誰も声をかけられる奴がいるわけもなく、俺はセレンさんの手を引っ張りながら現場を立ち去った。

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