第15話【エルフは風魔法が得意と相場は決まっている】

 有無を言わせず、俺は冷たくて固い廊下の上に正座をさせられている。

 正面には呆れた表情で腕組をしているセレンさん、そして隣にはまだ顔の赤い紫音。

 涙目で俯く姿に惑わされそうになるが、こいつはどちらかと言えばこの件の被害者ではなく加害者だ。

 

「......惹かれ合う男女が本能的に子孫繁栄を望むのは、一種の自然現象ですのでそれ自体は否定しません。ですがそのような行為に及ぶのでしたら、事前に連絡をいたたければ私、どこかで適当に時間を潰して参りましたのに」


 盛大な誤解をしている上に着眼点もおかしい我が家の新米継母さんの価値観は、エルフという長寿の種族が故か、それとも一個人としての賜物たまものかは知る由もなく。


「確かに、こうなった原因は晴人はるとのせい。中学の頃の晴人ならこうはならなかった」

 

 全ては肩車してほしいとほざいたお前が元凶だろうが!


 俺の顔にヒップアタックしてしまったはずかしめの仕返しに、紫音しおんは全ての罪を俺だけに被せようとしている魂胆が丸見えだった。

 ていうか体力全盛期の中学の頃の俺、どんだけ紫音に神格化されてるんだよ。


「セレンさん、こんなクーデレ小悪魔になんか騙されないで」


 俺は必死に事の経緯と自身の潔白を涙ながら(もちろん涙は嘘)に、裁判官に訴えた。

 

「なるほど、そういうことでしたか......それならそうと早くおっしゃっていただければ良かったのに」


 我が家の裁判官が意外とチョロくて助かった。

 ひょっとして俺、演技の才能とかあったりして? ......なんて、冗談だ。

 きっとこれ以上の裁判ごっこは時間の無駄だと判断したのだろう。


「この蛍光灯を上の物と交換すれば良いのですね」


 そう言ってセレンさんは拾った蛍光灯を持って頭上を見上げた。


「え、セレンさん蛍光灯交換できるの?」

「馬鹿にしないでください。一度経験済みなので問題ありません」

「でもどうやってあの高さまで。私を肩車できない晴人じゃとてもセレンさんは」

「紫音、いい加減お前は少し黙ろうか」


 じゃれ合う二人をよそに、セレンさんの周囲に優しい風が舞い踊るように吹き、足元が床からふわりと浮き始めた。

 そしてそのまま身体はゆっくりと上昇していき、照明の手前でピタリと止まる。

 セレンさんの言葉に二言はなく、手こずる様子もほとんど感じられずに蛍光灯を取り換え終え、風に包まれながら降臨した。


「――ひょっとして魔法?」


 以前、属性は炎だったが光一が使っているのを見たことがあるのでピンときた。


「はい。風の精霊の力を少々お借りしました」

「......私、魔法って初めて見たかも」


 呆気にとられていた紫音がようやく口を開いた。


「こちらの世界では魔法力はかなり制限されてしまうのですが、このくらいの高さを浮遊するだけでしたら造作もありません」


 得意げな顔をしているところ申し訳ないんだけど、所作が美しいだけでやっていることはただ蛍光灯を取り換えているだけなんて、可哀そうで言えない。にしても。

 

「制限されてこれか......一応確認だけど、外で魔法使ったことは?」

「もちろんございません。光一様に固く禁じられていますので」


 当然だ。

 異世界の住人、特にエルフは魔力が高い者が多いらしく、こちらの世界に入る際は魔力制御用の指輪の装着を義務付けられている。


 セレンさんも例外ではない。

 左手の中指にそれがはめられていて、美しく輝く小さな紫色の石は制御チップのような役割りを果たしているのだろう。

 それでもあれだけの魔力を発揮できるのだから、むやみやたらに外で使用するのはかえって災いを呼びかねない。


「少しはおうちのお役に立てましたでしょうか?」

「......まぁね。でもこれからは家で魔法を使う時は必ず一言言うように」

「はい。気をつけます」


 多少魔法の免疫があっても、家の中で断りも無しに積極的に使われるのは驚くので勘弁してほしい。

 

「晴人、そこは素直にありがとうを言えないのはどうかと思うよ」

「外野は家族の問題に口を挟まないでもらえる?」

「ん」


 言い方が気にいらなかったのか、黒パンツの紫音は俺のふらはぎに何度もカーフキックを叩き込んできた。 

 威力は無くても箇所が箇所なので地味に痛いんだが。

 

「――家族............」

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