第12話【ただ昼食を食べたいだけなのに】

 結局、紫音しおんは俺の隣の席に座ることとなった。

 これだけ席が空いている店内でわざわざ俺達の席にやってくるなんて、新手の嫌がらせか?

 横目でちらと確認した紫音は、セレンさんを凝視しながら黙々とオムライスを口の中に箱ぶ。


 当のセレンさんはそんな視線をお構いなしにナポリタンを堪能している。

 相変わらず食べる姿に品が見えるのは、セレンさんが教育のしっかりした裕福な家庭の出であることの証拠。

 美味しさのあまり長い耳をぴくぴくさせて小動物を連想させる。

 終始頬を緩めっ放しの姿が普段とギャップがあって可愛らしい。

 俺より遥かに年上のはずなのに、今は不思議と年下に見えて、無性に頭を撫でたくなってくる。


「......晴人はると、ずっとセレンさんばかり眺めててキモイ」

「うるさいよ」

「あまりじろじろ見ないでください」


 二人の視線に気づき、口元に付いたケチャップを紙ナプキンで拭う。


「......何ていうか、セレンさんって可愛いですね」

「そんな、保護者に向かって可愛いだなんて。お世辞でもありがとうございます」


 まんざら嬉しくないでもないようで犬の尻尾よろしく、長い耳が上下に勢いよく動いている。イヤリングの効果がかからない身内だけの特権というやつか。

 

「......ご年齢はおいくつなんですか?」


 眉を寄せてセレンさんの顔をまじまじと見て紫音は訊いた。 


「17歳です」


 ――あ~、やっぱり言っちゃったか。


「......えっと、ご年齢は」


 呆気に取られながらも紫音は再度年齢を確認するが、返ってくる答えは、そう。


「17歳です」

「あ............はい」


 リアル17歳JKはエルフ継母さんの笑顔の圧力の前に、敗北を屈っしたのだった。 

 どういうわけかセレンさんは実年齢を教えたがらない。

 家に来た初日に訊いた時も、今と全く同じの笑顔の圧力で『17歳です』と押し通された。

 ここまで来るとセレンさんはいにしえより噂に聞く『17歳教』というやつかもしれない。

 声優さん以外でも信者っているんだな.........。


「見た感じ外国の方みたいですけど、どちらの出身で?」

「パラスティア出身です」

「......聞いたことない国ですね」

「当然だと思います。パラスティアはこちらでいう『異世界』の、小さなエルフの国です」

「エルフ......セレンさんが......」


 そう言って紫音の視線の先が自身の耳にあることに気がつき、乳白色の綺麗な細指で左右のイヤリングを外した。

 隣の席の紫音から『あっ』と小さく驚きの声。


「信じていただけましたでしょうか?」


 ぽかんと口を開けたまま頷く紫音に言葉を続ける。


「このイヤリングには、光一様と晴人さん以外の方には人間の耳に見せるという便利な能力がございまして」


 テーブルに置かれたイヤリングを紫音はまじまじと見つめている。

 店内にいた客もセレンさんがエルフであることに気がついたようで、注目の視線を感じる。


「こちらの世界と交流が始まって15年が経過したとはいえ、まだまだ私達はこちらでは珍しい存在。残念ながら悪意を持って近寄ってくる方もいらっしゃいますので、そういった方達から少しでも自衛する為の手段をどうかお許しください」


 かげりのある表情で事情を語る姿は、この世界でセレンさんが向けられた悪意がどんなものだったのかを想像させるには十分だった。

 子供の俺でもわかるが、人間は得体の知れない存在が現れるとバイアスがかかったまでに敵視し、そして叩く。

 どれだけ文明が進化しようと、人間の根本は変わらないのだと歴史が証明してしまっている。


「――別にセレンさんが謝る必要なくない?」


 静かに聞いていた紫音が口を開いて否定した。


「悪いのはこっちの世界のゴミ共のせいで、セレンさんは一切悪くない。それを許してくださいだなんて――悲しくなるようなこと言わないで」


 感情的になって言葉が敬語ではなくなっているが、気持ちは隣にいる俺にも痛いほど伝わってくる。 


「少なくとも晴人は人の気持ちに鈍感で男のくせに細かくて意外とヘタレなところもあるアニオタだけど......いざという時には頼りになるからさ。その辺は私が保証する......だよね、息子君」

「アニオタ馬鹿にすんな。そりゃあ......な」

「晴人さん......紫音さん......」


 頬を朱に染め、瞳を潤ませながら俺達を見つめる姿に、顔に羞恥しゅうちがのぼるのがわかった。


「ごめんなさい、食事中にこんな話しちゃって。お詫びに何か食後のデザートおごりますね」

「そんな申し訳ないです」

「子供の友達に遠慮禁止」


 紫音はすっかり元のクールと不愛想の中間のテンションに戻り謝罪した。

 こうしていると二人が姉と妹の関係に見えてくる。

 ほんわかした姉に気の強い妹.........それに幼馴染の男の子がプラスされたら何か物語が始まるだろう。


「では......クリームソーダを」

「了解。晴人はコーラフロートね。もちろん自腹で」

「だから勝手に............そうだけど」

「フフッ。二人共本当に仲が良いのですね」


 険悪のムードで始まった昼食が、一転してほのぼのとした雰囲気に落ち着いた。


 ――しかし俺だけは、自分の皿の上の一向に量の減らない特製大盛りカレーを見てすぐに現実に戻された。

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