自転車にのれた日までの5才の頑張り物
水花火
第1話
公園はすっかり秋の気配が色濃くなったいた。
三人の小さな女の子の手の中には、ピンク色のコスモスが握られた。
「すき、きらい、すき、きらい、」
歯切れのいい可愛い声が響き渡る。 手の中にあるコスモスの花びらは最後の一枚をむかえ、三人は目で合図をしあい、裸んぼうになったコスモスの茎を思いっきり宙に放り投げた。
「好きー」
ドキドキしながら花びらを摘んでいった花占いは、ずっと友達でいれる約束をしてくれたのだった。
「そろそろ、帰ろうよ」
「えー、まだ遊ぼうよ~」
「今日は、まるが車掌だから、まるが決める日でしょ」
茜が咲に注意した。電車ごっこと名付けた三人の自転車遊びは、きちんとルール化されている。
「米山まるみ、帰りをお知らせします。皆さんヘルメットをかぶってください」
「リンリンリンリン」
「出発進行ー」
自転車は、公園入り口の角の佐々木団子屋を曲がり、稲刈り真っ只中の農道に入っていった。
田んぼの中では、大きな機会がゴォーという音をたてながら、金色の稲穂をバサバサ刈り取っていた。
「ねぇ、まる、おばちゃん達がよんでるよ」
咲が後ろから声をかけた。
「電車は、途中停車しま~す」
「リンリンリンリン」
まる達は、おばちゃん達の方へ向かい自転車を止めて、田んぼの中へ入っていった。
「おいで、休んでけぇ」
おばちゃん達は、大きな円盤のような帽子を被り、その帽子の下から口だけをパクパク動かしていて誰だかわからなかった。
「あれ、あの人、佐々木屋のおばちゃんじゃない」
咲が小声で言うと、
「あら、見つかったね~座って団子食べてけ」
いつも公園で逢うおばちゃんだとわかると、喜んで田んぼの中に入り両足を伸ばした。
「美味しいね」
「うん、とっても、美味しい~」
咲は鼻先にタレを付けたまま両足をバタバタさせた。おばちゃん達は咲を見て大笑いし、昼寝をしていた野良猫も、その声に目を覚ました。見上げる空は、青く透み渡り、鳶山が皆を眺めるように悠々旋回していた。「ピーヒョロロー」
稲刈りの季節は、稲穂も人も動物も一緒になって、太陽の恵みに感謝し、賑わいをみせていた。
食べ終わると深々とお辞儀をし、自転車へ向かった
「気をつけて行くんだよ~」
孫を見つめるような目で見送るおばちゃん達の足元に、季節外れのタンポポも黄色い花を揺らしていた。
家へつくと、三人はいつもの白いベンチに座り、ママが手作りリンゴジュースを持ってきてくれた。
「ママ、さっき、佐々木屋のおばちゃんに団子もらったんだよ」
「どこで?」
「田んぼ~」
咲と茜が応えた。
「美味しかったでしょ~」
「美味しかったよ~」
咲がうっとりとした目をして顔を両手で包み込んだ。
そんな三人の様子を洗車をしながらパパは眺めていた。
「おばちゃんジュースありがとうございました。まる、また明日」
手を振るまるとママの間から、パパはとんでもない事に気付いた。
「あれ、補助輪がない」
パパは、目をこすり、もう一度よく見た。
「あっ、うっかりしてたなあ~」
パパは舌打ちし、まるが友達から出遅れた気がしてならなかった。
翌朝。。。
米山家は稲妻のような、まるの怒り声で大荒れだった。
「ママなんで補助輪とったのさ!」
洗濯を干していたママをまるは、睨みつけてきた。
「もう、咲と茜が来てるんだよ、まる行けないじゃん!」
ママは何の事か見当もつかず無理やり強い力で引っ張るまるに、連れられていった。
「あ、、、、」
ママは大きなため息をついた。
「パパ!」
パパは歯磨きしながら洗面台の鏡に写るママの顔を見て、ただ事ではないと思った。すぐさま口をゆすぎ、顔を洗い出しながら、少しばかり考えた。顔を上げると、もう一人もっと怒っている小顔が入り込んできた。
「パパ、なんで勝手に外したのさ!」
パパは、昨夜まるの為にと思って、補助輪を外してあげた優しい父親の気でいたのだ。まさかこれ程、反感をかい恨まれるとは信じられなかった。
「おぃおぃ、朝は、おはようの挨拶からだと幼稚園で習わなかったのか~」
ひきつった笑顔を向けたが、二人は睨んだままだった。
「なんで、勝手に、外したのさ!」
まるは一歩も引かない。
「パパはさ、土日しか休みがないだろう。友達を昨日見たら、補助輪がとれてたからさ、それに、、、誕生日に新しい自転車も買うんだしさ」
睨み続ける二人の目を見てると洗ったばかりの額に汗がでてきた。
「でも、パパ」
ママがわりこんできた。
「まるに一言も言わないで外すから、こうゆう事になるんんじゃないですか?まるにだって予定ってものがあるんだから」
ママは、ごもっともな発言で、論破した。ジリジリと嫌な空気に推され、
「よし!じゃあこうしよう。まる、今から、パパが一緒に自転車の練習をしてあげるから、外にいって待ってなさい」
パパはそう言い、さっさと外へ出ていった。
まるとママは、茫然とした。
三人は家の近くの広い空き地に集合した。
陽気なパパとは違い、ママは心配そうに、まるを見つめていた。
「よ~し、まる、いいか、最初っからできる人は誰一人いない。パパがしっかり自転車を押さえてるから安心しろ。まるは、ただ真っ直ぐ前を見て、いつも通りにペダルをこげばいいだけだからな」
まるは慎重に自転車に乗った。いつもの自転車なのに、全く違う乗り物のような気がしてならなかった。
「パパ、絶対に手を離さないでね!!」
「まかせろ」
自転車がゆっくり動きだす。途端にまるのバランスは崩れ、身体にぎゅっと力が入った。
「怖い。。」
パパは、そんなまるの気持ちなど察する事もなく
「よーし、その調子だ~。前を見て~ペダルをこいでるだけでいいんだぞ~」
まるは倒れそうになる自転車に、心臓がドキドキして、ハンドルを握る手から汗が出始め、足もバラバラな気さえしていた。
「無理だな。。」
その時パパが信じられない事を言った。
「まる~少しだけパパ手を離すぞ~ペダルを、そのままこいでみろ 」
「パパが手を離す??」
全く聞いていなかった話の内容に、まるは慌てて、
「やめて!離さないで!」
と叫んだ。しかし、その声も虚しく、後ろから押し出される自転車。咄嗟に出来る事の全てをしようと必死になるまる。しかし……
「あぁぁー」
自転車は、まるの悲鳴と共にバウンドしながら、田んぼに滑り落ちるように突っ込み横転していった。
「ドタッ」
「まる!大丈夫!!」
ママの声が町中に響き渡った。
はーはーという息と、田んぼの土を踏みつけるギュニュギュニュという音がまるの耳に入ってきた。
「まる、大丈夫、怪我はない、どこか痛くない」
まるは目を閉じ、ママの胸の中に顔をうずめた。
「温かい。。。」
「ママ……」
「そうだよね、怖かったよね。怖かった 」
まるは暫くママの胸のなかにいた。
パパが転がっている自転車を道へ出している。
まるは泥だらけの自転車に目を向けながらママの胸に顔を擦り付けた。
「ママ…まる…もう、自転車、やりたくない…」
まるの生活から自転車が封印され、咲と茜の後ろを走ってついて行くようになった。
公園はピンク色のコスモスを追いかけるように、オレンジ、ホワイトと満開で、秋風に気持ち良さそうに揺れていた。
「茜ね、今度自転車を、買ってもらうんだぁ」
コスモス摘みをしていた二人の手が止まった。
「えっ、いいなあ何色?」
茜は手の中にあるオレンジ色のコスモスを揺らした。
「いいなあ~」
咲が繰り返す。
「まるもね、パパが誕生日に買ってくれる約束をしてるんだ…」
遠慮深げに言うと
「すごいじゃん、二人ともいいなあ~」
まるは、あれからずっと封印していた自転車という言葉を発っし、少し戸惑った。それでも三人で新しい自転車の話をしていると、どんどん盛り上がり、まるも久しぶりに笑った。今一番楽しいのは、やはり自転車遊びなのだ。
「あれ、どうしたの茜、腕のとこ」
まるが聞くと、茜ではなく咲が半ズボンをまくりあげながら、
「まる、見て。咲にもあるんだよ。ここ。かさぶただよ」
「二人ともどうしたの」
「補助輪を外した時に何回も転んだんだよ、痛かったし血も出たよ~」
咲が思い出したように顔をしかめる。
まるは自分の膝や手に目をやった。
帰り道二人の自転車を追いかけながら、籠から見えるコスモスが耀いて見えた。まるに握られるコスモスは、しおれて可哀想に思えた。二人の背中は、とても楽しそうで、まるは羨ましかった。
「またさ~、まるが自転車できたら三人で電車ごっこしようね~」
茜と咲が振り替える。
「うん」
まるは乗れそうもない自転車を思い出した。
家に着くと足は自然と自転車の方へ向かい、じっと見つめた。二人の楽しそうな自転車をこぐ背中と、電車ごっこの話をした時の二人の笑顔が眩しい。
まるは握っていたコスモスを自転車の籠に入れ、ハンドルを握りしめ、倒れたままだった自転車を持ち上げた。
「まるも、咲と茜みたいに、自転車に乗れるようになりたい」
タイヤは、自然と前へ動き出していた。
久しぶりに、自転車と並びながら歩く足取りが弾む。
「痛てっ~」
どこからか兄ちゃんの声がして行ってみると、兄ちゃんは背中から転げ落ちていた。
「兄ちゃん、大丈夫!」
まるは叫んだが、聞こえていない。兄ちゃんは、立ち上がり一輪車をまたいだ。ドタッ、今度は腕から落ち、かなり痛そうだ。落ちた腕から、うっすらと血が出ているのが見えた。それでも兄ちゃんは深呼吸をし、又一輪車に乗る。ドタッ、ドタッ、何度やってもだめだった。そのうち兄ちゃんは、目をこすっていた。
「兄ちゃんが泣いてる、、、」
まるは驚き自転車を押しなら走った。
「ママ、ママ、大変なの。兄ちゃんが一輪車でケガして泣いてるの」
ママはまるを見つめ
「まる、泣いているのは痛いからじゃないのよ、兄ちゃん、一輪車に乗れなくて悔しいのよ。。まる、直哉君達知ってるでしょ。みんな一輪車出来てて、、兄ちゃんだけが乗れてないの。」
ママはため息をついた。
「なんでも、兄ちゃんが一輪車を出来たら遊ぶ内容があるらしくて、兄ちゃんは、直哉くん達を待たせているものだから、余計に焦るのね」
まるは黙ってママの話を聞いていた。
「あっ、電車ごっこ」
急に咲と茜との約束を思いだし、まるは兄ちゃんの元へいった。
ドタッ、ドタッ、辺りは暗くなり出している。
ドタッ、ドタッ、何度転んでも立ち上がる兄ちゃん。
まるは胸が熱くなってきた。
「がんばって」
「がんばって、兄ちゃん」
立ち尽くすまるの両手は強く握られ、沈みかける太陽に照らされる諦めない兄ちゃんの姿が、目に焼き付いていった。
翌日まるは自転車の練習をしようとヘルメットをかぶった。
「まる、練習するのか、兄ちゃん押さえてあげるよ。最初は一人では出来ないからさ」
まるは強いヒーローがやってきて、心強かった。
「まる、自転車っていうのはさ、慣れるまで、こうゆうふうに傾くものだから、自転車が動き出したら、出来るだけ前をみて、ペダルをこぎなよ。下を向くとグラグラするからな。」
まるは頷いた。
「じゃあ、やってみようか」
兄ちゃんの合図で、まるはペダルをこいでみる。自転車は、すぐにグラつきだし兄ちゃんは止めた。
「まる、大丈夫だよ、みんな最初は、そうだ。必ずできるようになるからな」
兄ちゃんはそう言って励ましてくれた。
「さあ、もう一回最初から」
まるは、兄ちゃんに言われたように、下を向かないで、ペダルをこいだ。自転車は、やはりグラグラしだし、兄ちゃんは止めた。
「もう、一回」
「うん」
「もう、一回」
「ううん」
「もう、一回」
「……」
そのうち、まるは、段々に自信がなくなり、あの日の怖さが甦ってきた。
「今日は、ここまでにしよう。毎日練習する事で、必ず出来るようになるから」
兄ちゃんはそう言い、一輪車の練習に行った。
翌日も、その次の日も兄ちゃんは自転車を押さえてくれた。
やればやる程、倒れた時の怖さばかり考えるようになり、思うように進まないまるに、笑顔がなくなっていった。
「大丈夫。心配しないで、必ず出来るようになるから」
まるは下を向いた。
「兄ちゃん、まる、、あの時の、怖かった事が……」
「そうだったのか、それなら、まる良いことを教えてあげる。怖くならないオマジナイだ。自転車に乗る前に、人という字を手のひらに書いて飲み込んでごらん。そうしたら怖さが減るんだよ」
まるの手のひらに人という字を書いてあげる。
「ほら、飲んでみて。そうすると、きっとうまくいくよ。兄ちゃんも一輪車やる時は必ずやるし、直哉達もやったんだよ。」
まるは、兄ちゃんや直哉君もやったオマジナイだと思うと顔がほころんだ。
「ほら、飲んでみて。次は、もう怖くはないぞ、オマジナイは絶対にきくんだよ。さあ、やってみよう」
飲み込んだまるの胸には、確かに怖さが消えていた。
ペダルを踏み出し、少しずつ進みだしていく。
「いいよ~まる、今迄で、一番上手だよ」
まるは、初めて兄ちゃんに誉められて、もしかしたら出来るんじゃないかとワクワクした。
「よし、じゃ、もう一回。今度は兄ちゃんが自転車から少し手を離すよ。」
まるは一瞬怖かったが頷いた。
「兄ちゃんが、ついててくれる」
人という字を飲み込み、自転車は進みだす。
「少し離すよ~」
兄ちゃんの声が聞こえた。
まるは、緊張しハンドルを握る手に力が入った。自転車を倒さないように腕や、お腹にも、力が入った。
「まる、できてるよ~」
まるは、真剣だった。少しでも前に、前に。前に。
「まる~いいぞ!その調子だ」
ドキドキしながら自転車は進む。
「できてる」
風が気持ちいい。怖さを乗り越えた瞬間だった。
「まる、できたな」
兄ちゃんは手を叩き、ヘルメットを撫でてくれた。
そんなある日の夜の事だった。
まると兄ちゃんがトイレに行く途中パパの声がした。
「まるの誕生日、自転車やめるか、まだ乗れてないだろ?」
「何を言ってるの!パパが約束したでしょ!毎日兄ちゃんと練習してるのよ!」
「約束はしたかもしれないが、今、乗れてないんだから意味ないだろう、もうすぐ雪も降ってくるんだし背丈も伸びてくるんだし、自転車は、春でいいじゃないか」
まるは身動きできずに固まってしまった。兄ちゃんは、かけてあげる言葉も見つからず、まるの手を引いて部屋へ戻り、毛布をかけてあげた。
「パパの嘘つき…パパの嘘つき…」
兄ちゃんは布団の中から聞こえるまるの泣き声に、一生懸命練習してきたまるを思いだし、自分も布団の中に潜ってしまった。
「約束だったのに、パパの嘘つき、パパなんか大嫌いだ……もう、自転車なんか、絶対に乗るもんか」
二人は暗い部屋の中で、絶望を噛み締めながら眠りに落ちていった。
「おはよう、まる、どうしたの、目が腫れてるじゃない。」
ママが心配そうに話しかけたが、まるは黙ったままだった。パパとチラッと目が合ったが急いで外へ出ていった。
まるは昨夜の出来事で、遠くに見える自転車も、もう、一ミリも持ち上げようという気持ちが無くなっていた。
咲と茜が迎えにきて、いつになく、しょぼくれているまるを気にしていると
「そっか~そんな事があったんだ…まる、可哀想だったね」
太陽の暖かな光と、満開のコスモスに囲まれて三人でいると、まるは少しづつ笑顔になっていた。
「元気だして、また、電車ごっこやろうよ」
茜が励ますと
「電車ごっこ。電話ごっこ」
と、咲は両手で電車の車輪の真似をしておどけた。
家に帰ってくると、兄ちゃんがいつものように一輪車の練習をしていた。兄ちゃんはまるを見つけると
「まる、自転車もう少しで、出来そうだったんだよ。元気だしてな」
そう言いながら走る兄ちゃんの一輪車は、明らかに上手くなっていた。
兄ちゃんの腕や膝は、前にも増して、傷や、かさぶたが増えていた。
「兄ちゃん、怪我だらけだね」
「一輪車、難しいからなあ」
「兄ちゃん、、、」
「どうした」
「何でもない……」
「そっか、大丈夫だよ。まるには、兄ちゃんがついてるんだから」
まるは目の奥が熱くなってきて、兄ちゃんの一輪車の練習を座りながらずっーと見ていた。
それから四、五日が過ぎたあたりママとテレビをみていると
「できたー!」
と、甲高い兄ちゃんの声がした。
まるは走って外へ見に行くと
「あっ、!」
踵を返してママを呼びに行った。
「ママ来て、早く、いいから、早くってば」
ママの手を、力一杯引っ張って外へ連れていった。
外へ出てきた二人に、兄ちゃんはガッツポーズをした。
「これで、やっと直哉達と遊べるよ!!」
何度も何度も叫んだ。
「兄ちゃん良かったね」
「きっと直哉君達も、喜んでくれるよ、ずっと待ってたから」
咲と茜の顔がうかぶ。
目の前では、何度も何度も転んでは立ち上がった兄ちゃんが、とうとう一輪車を自由自在に乗れるようになっているのだ。
まるは口元をぎゅっと閉じ、家の中へ駆け出した。
「兄ちゃんみたいに、頑張り続けたら、まるだって、やれる」
まるはヘルメットを被りベルトをしっかりしめた。
「やれる。兄ちゃんみたいに頑張り続けたら、怖いことなんか何もない。」
鏡に写る自分にそう言うと、まるは外へ飛び出した。
サドルにまたがり、ハンドルを握り、心は決心で燃えあがっていた。
ペダルに足をかけ、前屈みになり、五歳の全力が自転車を動かしていった。
「寒くなってきたね、そろそろ、帰ろうよ」
「えー、まだ遊ぼうよ~」
季節外れの綿毛が風に舞う。
「今日は、まるが車掌だから、まるが決める日だよ」
茜が咲を注意する。
「米山まるみ、帰りをお知らせします。皆さんヘルメットをかぶってください」
「リンリンリンリン」
「三人そろうと楽しいね」
「うん、楽しい」
「楽しい~」
まるが自転車に乗れるようになり、電車ごっこは、白鳥の飛来と共に進んでいく。
自転車は公園入り口の角の佐々木団子屋を曲がり、稲刈りのすっかり終わった農道に入っていった。
まるは刈り取られた田んぼを眺めながら、おばちゃん達に団子をもらって食べた辺りを通過した。 あの時昼寝をしていた野良猫はみえず、土竜の通った土山があちらこちらにあった。
ハンドルを握る七分丈のセーターから、かさぶたが顔を出した。
まるは、かさぶたを見るたびに、頑張った勲章のようで胸を張る。
電車ごっこは、赤や黄色や橙色の落ち葉の間を通り過ぎていく。
「ねぇ、落ち葉拾いしようよ~」
咲が後ろから声をかけた。
「電車は、途中停車しま~す」
「リンリンリンリン」
三人は沢山の色とりどりの落ち葉を拾った。
動き出す自転車の籠の中の落ち葉は、太陽に照らされ、まるで宝石のように輝いていた。
「またね~まる~」
「またね~」
片手でハンドルを運転し、手を振りあった。
まるは家につき、自転車を置きにいこうとした。すると自転車置き場に新しい自転車が見えた。
「あっ、あの自転車だ!」
まるの心は踊り急いでそばへいった。
新しい自転車のハンドルにヒラヒラと揺れるリボンがついついている。
「はじめての、ほじょりんのない、じてんしゃのりを、さいごまでがんばったね。おたんじょうび おめでとう。パパより」
まるは頑張ったことの願いが叶えられたようで嬉しさいっぱいになりサドルに頬ずりした。
そして、自転車にまたがり、ハンドルをにぎり、冷たい風の中へ走り出していった。
自転車にのれた日までの5才の頑張り物 水花火 @megitune3
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