コメディエンヌの告白
白鷺雨月
第1話 コメディエンヌの告白
一仕事終えた私は行きつけのバーにいた。
そこで私はオレンジベースのカクテルを飲むのが何よりの楽しみだった。
「お疲れさまですジェシーさん」
静かにマスターは私の前に可愛らしい花がそえられたカクテルを置く。
「ありがとう」
そう言い、私は一口飲んだ。甘酸っぱくて飲みやすいがけっこうアルコール度数が高いので気をつけなくてはいけない。
「ジェシー・モンローさんですよね」
そう言い、私の横に座るのは若い男性であった。
「そうよ」
私は短く答える。
「どうも、僕は新聞記者のジョージといいます」
まだあどけなさの残るその記者は言った。
「そう、その新聞記者さんが私になんのようかしら」
私は言う。
「ちょっとお尋ねしたいことがありましてね。お時間よろしいですか」
記者は訊く。
「ええいいわよ」
新聞記者のインタビューなんていつぶりかしら。
「ジェシー・モンローさん。おもに舞台を中心に活躍するコメディエンヌ。得意な芸はものまね。とくにあのセックスシンボルともいわれる女優ジェシカ・モンローとうりふたつ」
記者は丁寧に私のことを語る。
どうやら事前に私のことを調べてきたようだ。
そう、私の職業はコメディエンヌ。あのジェシカ・モンローの形態模写を得意としている。
私とあの女優の違いといえば胸の大きさぐらい。さすがセックスシンボルといわれるだけあってあの女優はHカップあるといわれる。私はがんばってDカップぐらい。ショーのときはつめものなんかでかなりもってごまかしている。
「ところで、ジェシーさんはジェシカ・モンローの最新映画ベネチアの夕日をごらんになられましたか」
「ええ、もちろんよ」
ものまねをする以上、あの女優の作品はくまなくチェックしている。
「あの映画、かなりヒットしているようですね。セクシーだけがとりえのジェシカ・モンローが今回演技力と歌唱力を評価され、オスカー間違いなしとの話がでてますね」
記者は言う。
「ええ、そのようね」
一口カクテルを飲み、私は言う。
「僕はね、あることに気づいたのですよ」
記者が言った。
「ご注文は?」
マスターが割ってはいる。バーに来てなにも頼まないのはマナー違反にもほどがある。
記者のジョージはビールを注文した。
「さて、何に気づいたのかしら?」
私は訊く。
「これを見てください。これはあの映画でジェシカが海辺で歌うシーンなんですが……」
そう言い、ジョージは私の前に一枚の写真を取り出す。
「これ、ここを見てください」
ジョージは写真のある部分を指差す。
そこはジェシカの豊満な胸の谷間であった。
「それがどうしたのかしら」
あの女優が豊かな胸をしているのは周知の事実だ。
彼女はその抜群のスタイルでのしあがったのだから。
「ここですよ、ここ。この右の胸にほくろがあるんですけどね、実物のジェシカ・モンローの胸にはほくろはないのですよ。それでさきほどあなたのショーを見てきたのですが、あなたの右胸にはほくろがありますよね」
一息でジョージは言い、ビールを一気に飲み干した。
「これのことかしら」
私はドレスの胸元を少しさげ、彼に胸を見せる。
そこには彼の指摘通りほくろがあった。
彼はアルコールのせいか私の胸をみたせいかわからないが、耳の先端まで赤くしていた。
「単当直中にいいます。あなたはジェシカ・モンローにかわり、あの映画にでたのではありませんか。急病で出演できなくなった彼女にかわって」
ジョージは言う。
そう、彼のいう通りだ。私はあの女優のかわりにベネチアの夕日に出演した。病気の彼女にかわって。私なにりがんばったつもりよ。ただその頑張りが本物の演技力と歌唱力を越えてしまったというだけの話。
「ええ、そうよ。あの映画に代役としてでたのは私よ」
カクテルを飲み干し、私は言う。
「やったぞ、やったぞ、これは特ダネだ……」
そう言ったあとジョージはテーブルに顔をふせて、眠ってしまった。
幸せそうに寝息をたてている。
「ありがとうマスター」
私はマスターに礼を言う。
「いえいえ、おやすいご用です」
マスターは答えた。
私はバーをあとにした。
このバーに来るのも今日で最後かしら。
病気になったジェシカ・モンローの復帰は絶望的だというあの女優のマネージャーの話であった。
これからこの先、私はあの女優として生きていく。
私が実力でつかむ栄光は私本人のものにはならない。
とんだ茶番で、笑える話だと私は思う。
賞をそうなめにしたら、あの記者さんとまたのもうかしらね。
コメディエンヌの告白 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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