【KAC20224】小山少年の無邪気な夢

ゆみねこ

小山少年の無邪気な夢

 僕──小山岳はあの日、あの時から『ある事』を夢見て生きてきた。

 いつか『ある事』をしてみたい。『ある事』が出来ればもっと大人になれるはず。『ある事』をすれば人間として偉くなれる──と、俺はその『ある事』を齢六歳の頃から憧れるあまり、神格化していた。


 その『ある事』とは──


──時そばだ。


 ある夜に蕎麦屋を訪れたある男が、一文銭を「一、二、三、四……八」と数えていき、今の時刻を聞く。店主から「九時」と答えられると矢継ぎ早に「十、十一……」と数えていき、一文ごまかした。

 それを真似した別の男は「一、二……八」と数えていき、今の時刻を聞く。店主から「四時」と答えられて、矢継ぎ早に「五、六……」と数えていき勘定を余計に取られてしまうという有名な話である。


 六歳の頃にその話を絵本で読んで、僕は成功した男の聡明さに小さいながらに引かれた。

 そして、絶対に僕も成功させて、聡明になるんだと思った。


 そこからの努力は大変なものであった。両親の手伝いを積極的に行い、日々五百円を稼いでいった。

 全ては時そばをするためだ。どんな苦労も惜しまなかった。


──そして溜まったのがこの六千円。全て五百円であるから十四枚である。


 成功すれば大儲け。それに加えて将来の名声が約束される。

 僕は新作のカー○ィを目指して、一人で電気屋に向かった。



SOBA SOBA SOBA SOBA



 片道二十分の散歩を終えて、僕は家電小売りチェーンに到着した。

 一人で来る電気屋は何だかとてもキラキラしていて、とっても素敵。今日の成功を約束してくれているかの様だ。


 僕は御目当てのカ○ビィを見つけて、すぐ様会計所に向かった。

 幼き頃からの夢。それが今叶うのかと心臓が早鐘を打ち、「早く早く」と急かす様に身体中の血液が巡りの速度を上げた。


「おねがいします」

「はい。あら、可愛い坊やだね。お母さんやお父さんは?」

「きょうはひとりです」

「あらそう。一人で来れて偉いねぇ」


 お父さんとお母さんは連れて来れるわけがない。何故なら二人は僕の成功をまるっきり信じていないからだ。

 そんな事やったって絶対に失敗する。二人はそう言い切ったんだ。


 そんな二人なんて、連れてきてやるものか。

 あーあ、歴史的瞬間に立ち会えなくて残念でした。


「はい、六千五百円です」


 六千五百円──僕の持っているお金では足りないが、大丈夫。僕には時そばがあるから!


「おばちゃん。僕、五百円しか持っていないから、ゆっくりになっちゃうけど数えながらでいい?」

「ああ、いいとも。今は並んでいる人もいないし、ゆっくりやりな」

「ありがとう!」


 ここまで計画通り。事前に会話のシュミレーションを繰り返して、考えてきたパターン通りだ。

 ここまできたら僕の物。待ってろよ、○ービィ!


「それじゃあ、いくよ──」


 口の中が乾く。どうやら身体は緊張している様だ。

 しかし、焦ってはならない。あくまで毅然とした振る舞いで遂行するんだ。


「一、二、三、四、五、六……」


 順調に数が積み重なっていく。今の時刻は十一時。

 ならば──


「十! おばちゃん、今何時?」

「今かい? えーっと、十一時だね」

「ありがとう。十二、十三……」


 関門突破。あとは消化試合だ!


「十五! これで全部だよ」

「はい、お疲れ様」


 そう言った店員のおばちゃんは十四枚の500円玉たちを『レジに突っ込んだ』。


「あれ? 六千円しかない様だけど?」

「えっ!?」


 失敗した……。そうじゃん、今は現代。

 レジに入れれば、お金の総数なんて一瞬で分かってしまうんだ。


──僕は聡明なあの人の様にはなれなかった。


「五百円くらい……だめ?」

「ごめんねぇ。流石に五百円ちょろまかしてやる事は出来ないんだ」


 残る手札は子供の可愛さを利用した、値切り。──と思ったが、呆気なく跳ね除けられてしまった。

 打つ手がなくなった僕は六千円を持って、すごすごと家に帰った。


──その後、小山岳はしっかりと親の手伝いをしてから五百円を貰い、カービ○を買いましたとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20224】小山少年の無邪気な夢 ゆみねこ @yuminyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ