第79話 チョコレートに添える想い。



 あの後運転手は、女の子との約束を守ってちゃんと私を病院まで連れていき、眠ってるのか昏睡してるのか分からない私を病院にまで担いで行ってくれたらしい。


 後で聞いた話しだが、私が盛られた薬は安全とは言えない量だったみたいで、アルコールとの併用も影響して大変危険な状態にまで陥ったそうだ。


 あんな場面で使うような薬は睡眠薬か何かと思ってたけど、実際は筋弛緩剤の類で、危うく私は心臓の筋肉すら止まるところだった。


 もしあの女の子が助けてくれなかったら、今頃は尊厳を散らされたうえに心停止で死亡という、悪夢みたいな事件になっていただろう。


「…………ちょこ、れーと」


 病室で、私は医者に許可をとってチョコを食べた。


 恩人がくれた一枚の板チョコ。何の変哲もない、どこのコンビニでも売ってる有名なもの。


「……おい、ひぃ」


 事情を聞いて病院まで慌てて来た両親に泣かれ、私はやっと、自分が死んでいたかもしれない事実を自覚して一緒に泣いた。


 それから、名前も知らない女の子を両親と一緒に探し回ったけど、その影すら触れることは出来なかった。


 私をざわざわ担いでまで病院に運んでくれたもう一人の恩人、タクシーの運転手にも連絡を取った。


 お礼を兼ねて、運転手も見たあの女の子について聞いてみたけど、やっぱり行方は分からなかった。


 それからだ。私が歌うことに力を入れ始めたのは。


 もともと私は、アニメ声ってコンプレックスを抱えていた。


 幼い頃は虐められたし、自分の声を恨みもした。


 歳を重ねて大学生になる頃には、私は自分を苛むこの声を逆に利用する術を手に入れて、同人ボーカルとしての活動を始めたのだ。


 理由は簡単だった。ちやほやされたかったんだ。


 声を理由に苛めを受け、ならばこの声を使って、人からちやほやされたかった。


 そんな理由で始めた同人活動だけど、正直人気も無かった私は、引退を考える程度には同人活動が楽しく無くなっていた。


「…………良かったねって、言ってくれた」


 今までは本気じゃなかった。楽しかったし、この声にコアなファンがつく現実に昏い喜びを覚えもした。


 だけど、あの女の子が守ってくれた私の尊厳と、心配してくれたこの声は、本当にこの程度のものなのか。私は自問した。


 今までは、本気じゃなかった。


 ただ自分の欲を満たすツールとして使って来たこの声で、そこそこの活動をするだけで数多の「可愛い」を投げてくれるファンに喜び、その数が伸びない事に不満を待っていた。


 そんな私は、こんな私の声は、歌は、あの素敵な女の子に心配される程の価値があるのだろうか? 助けてもらうに足る価値が本当にあるのだろうか?


 自問し、自答する。


「そんなわけ、ないっ……!」


 ならば私は、あの女の子の尊い行為に見合うだけの価値を、この声と歌に与えなければならない。


 あの素敵な女の子が、その行動が、無価値なものに使われた現実なんて、私自身が否定しなくてはならない。


 だから私は、その日から本気で歌った。本気で活動した。


 まず、元々使っていた「姫乃ねこ」なんて可愛さ優先の、ちやほやされる為だけにイメージで決めた想い入れの無い活動名を変更した。


 名前はもう決まってた。あの女の子の為に歌いたい。あの憧れと私を繋ぐチョコレートが、私の血潮を燃やす原動力だ。


 あわよくば、名前を知らないあの子に、この声だけは知ってるあの子に、この歌が届きますように。


 あわよくば、この歌が届いて、もう一度あの子に会えますようにと願いを込めて。


 そして会えたなら、今度こそお礼を言おう。今度こそ名前を聞こう。


 だから私は、チョコは、世界の全てと言わずとも、日本のどこかにきっと居るあの子へ、届くように、祈るように、コンプレックスから誇りへと変わったこの声を、あの子へ届けと張り上げる。


 今度は歌を楽しんで、今度はファンの数なんて気にしない。


 誰に可愛いと言われたとて、届けたい人は別に居るから。


 だから私は、今日も歌う。きっとあたなに届くから。


「みんなー☆ チョコだぉ〜☆」


 だって、


 意図した形じゃ無かったけど、ただの偶然が願いに届いただけだけど。


「今日は〜☆ チョコのトークライブに来てくれてありがとぉ〜☆」


 その声には覚えがあった。その動きに覚えがあった。


 巨樹の化け物を屠り、なんて事ないと笑うその立ち振る舞いは、まるであの時の再現だった。


「いつも応援うれしいぉ〜☆」


 気付いて貰えないのは残念だけど、代わりに歌を褒められたから。


「今日はなんとスペジャルゲストがいるんだぉ〜☆ みんな誰か分かるかぉ〜?☆」


 正直、なんで自分が今はこんなキャラ付けをして活動してるのか分からないんだけど、コレごとあの子は褒めてくれたから。


「じゃぁ登場してもらうぉ〜☆ 兎姫のキズナちゃんだぉー☆」


「……やぁやぁ、どうもどうも。……圧がすごい」


 私の憧れ。私の誇り。私の恩人。


 プレイヤーネーム・キズナのそばに今、チョコはいる


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