第77話 夢見た日。



「きずなー? ごはんよー?」


「はーい! 今行くー!」


 イベントが終わり、運営からの報酬も昨日全部届いた。


 下階から聞こえる母さんの声に返事をした私は、新しいVRマシンの設定を中断して『二匹』のペットを抱っこした。


「ヒイロ、ライカ、ご飯だって」


「わぅ!」


 運営からのリアル報酬。オーダーメイドのペットロイド。


 本来なら製作に一ヶ月はかかるはずのそれは、で私の元に届いた。どんだけ気合い入れてたんだろうな運営。有難いけどさ。


 薄桃色でイヤーカフを付けたネザーランドドワーフみたいな兎のペットロイドと、イヌ科の特徴を持った獅子みたい躯体でありながらも、兎の印象を持つ肉食獣のペットロイド。


 入賞したリアル報酬で一種類一個しか手に入らないはずのそれは、シークレットイベント報酬に隠されたもう一つのリアル報酬。


 今回のイベントは、シークレットイベントをクリアするとシークレットイベント毎に決まったリアル報酬が与えられる隠し仕様があったのだ。


 確かに、イベントページにはしっかりとシークレットイベントの報酬は【ビーストハート】以外にもボーナス報酬があると書かれていたのに、プレイヤーはみんな【ビーストハート】しか受け取って無かった。掲示板でもみんなが疑問に思ってた事。


 ……まさか、ゲーム内のボーナス報酬じゃなくてリアル報酬のボーナスだなんて、誰も思わなかった。


 最初に踏んだヒールラビットのシークレットではエルオンの限定クリアファイルとヒールラビットの群れが描かれた超絶可愛い神イラストのタペストリー。その他の兎系モンスターで踏んだシークレットもエルオンのキーホルダーとかだった。


 そして歴史に埋もれた王位の行方クリア者には全力お姫様バージョンのライカとワイルドハントバージョンのフィギュアセット。


 更に隠された簒奪の完全クリア者には、小さいワイルドハントのペットロイドが付いてきた。


 シリーハントの秘密を探し切れずに過程をすっ飛ばしたマコトはワイルドハントのペットロイドを手に入れられなかったけど、代わりにデフォルメされたワイルドハントの巨大ぬいぐるみが送られて来たらしい。


 何それ超欲しいと思ってマコトに交渉を持ち掛けた結果、既に奴の妹さんが気に入ってしまったので入手は困難だそうだ。ちくしょう。


 まぁお陰で、ヒイナと同じ理由でマコトの妹さんに嫌われ気味だった私は、ライカとヒイロを連れてぬいぐるみを見に行ったらヒーロー扱いでやっと気を許して貰えた。やったぜ。


 マコトの妹さんは歳が離れてて今は八歳。お兄ちゃん子で大好きなお兄ちゃんを奪って行く(事実無根)私が嫌いだったのだが、大好きになったワイルドハントのぬいぐるみと、まるで本物のように動くワイルドハントのライカを見て、ついでにゲームのPVを見せた結果、私は妹さんのヒーローになった。


 と言うか、イベントの完全クリアさえしていればマコトもワイルドハントのペットロイドが手に入ったのに、それが出来なかったマコトは好感度が著しく落ちて、代わりに私の好感度が上がったらしい。やったぜ。


 ……でもマコトがイベント完全クリア出来なかったの、私が勝手に進めたからなんだよな。黙っとこ。


 昨日の昼に届いた報酬からヒイロとライカの設定を最優先で行済ませて、ヒイロたちのAIをダウンロードした頃にマコトからぬいぐるみの話しを聞いた私は、その日の夕方にぬいぐるみを見にマコトの家へと行ったんだけど、ぬいぐるみを見て満足した私の帰り際、動くライカが羨ましくなっちゃった妹さんにグズられて、危うく帰れないところだった。


 ただでさえ勘違いされてるのに、泊まりなんてしたら完全に外堀が埋まり切ってしまう。


 今まで嫌ってたのはなんだったのかってレベルで兄との仲を引き合いに出して、うちに泊まってけと言う妹さんには苦笑を禁じえなかった。一応帰り際に連絡先を交換する事で我慢してもらった。可愛いライカの写真送るから許してね。


 ちなみに、うちの妹はその出来事を私からの聞いた昨夜、妹さんを口説き落として外堀を埋めやがってって感じで機嫌が悪くなった。


 外堀を埋めたくない私。外堀を埋めて欲しくない妹。


 おかしいよな。利害は一致してて、本当は仲良く出来る立場のはずなんだけどなぁ…………。


「母さんおはよー。朝ごはんなにー?」

 

「納豆よー。……あら、ヒイロちゃんとライカちゃんもおはよう」


「わぅうー!」


 階段を降りてキッチンへ行き、母さんに挨拶。


 元気よく鳴いて返事をするライカと、鳴けない代わりにお手々をシュピッと上げて挨拶を返すヒイロ。


「父さんは?」

 

「今日は早く出なくちゃ行けないとかで、食べずに行ったのよ。コンビニで買って食べながら行くんだって」


 もうやんなっちゃう! ってぷりぷり怒る母さんは、歳の割にやっぱ若いよなって思う。もう四十近いはずなんだけどなぁ。まだ皺とか無縁の若奥様である。


「ヒイナは?」

 

「父さんより早く出て部活の集まりですって。もうそろそろ帰ってくるわよ」

 

「……昨日あいつ、お下がりのVRマシン設定してて夜遅かったはずなんだけど」

 

「早寝早起きが習慣づいてると、寝てなくても起きれるものよ」

 

「…………そんなもんかな」


 母さんと家族のコミニュケーションを済ませた私はテーブルについて食事を始める。


 納豆は好き嫌いが分かれる日本食の筆頭だけど、私はかなり好きな方だ。美味いよなぁ。


 私の食べてるソレが気になったヒイロは、納豆が入った小鉢に近付いて匂いを嗅いだ後、「くちゃいっ!?」ってビックリしてる姿が愛らし過ぎて吐血しそう。もちろんセリフはイメージだ。


 先輩の珍しい姿を見て興味を示したライカも真似して「くちゃっ……!?」と驚く姿は以下同文。


 小鉢に近付ける事からわかる通り、私はヒイロ達をテーブルの上に乗せているが、母さんは何も言わない。


 ペットロイドは技術の粋を集めた最新鋭の機材で相当な軽量化が施されては居るけど、それでも私には結構重くてどっちも20キロほど。


 だけど私はなるべく触れ合っていたいのでほぼ常に抱っこして運ぶから足は綺麗だし、家の中も外も歩いた後は足を綺麗に拭いているので、テーブルに乗せても家族は何も言わない。


 と言うか母さんは既にヒイロとライカにメロメロなので、多分多少足が汚れてても文句は言わないと思う。


 昨日の夕方、マコトの家へと行く前に設定を全て終わらせて、ヒイロとライカの魂をエルオンのサーバーからペットロイドへとインプットした私は、すぐにヒイロとライカを家族に紹介した。


 母さんは即落ち、父さんも『家に居場所が無くて唯一の癒しであるペットにデレデレする系のサラリーマン』くらいにはヒイロたちに甘く、ヒイナもあれだけツンツンしてたくせにヒイロとライカにはデレデレしている。


 ツンデレはツンとデレを同じ相手に出してこそ成立するんだぞヒイナ。勉強してきなさい。つまり私にもデレなさい。ここテストに出るからね。


 ちなみに、父さんの例えはあくまで例えであり、うちの家庭は父さんがちゃんと尊敬されるタイプだ。


 アレルギー無視してケモ吸いしてはぶっ倒れる迷惑なクソガキわたしをちゃんと愛してくれる父さんが、家で疎まれる訳ないんだよなぁ。


 そんな訳で、ヒイロもライカも立派な愛川家の一員であり、現実に居る間は『愛川 ひいろ』と『愛川 らいか』である。


 まさかうちの苗字がここまで合うとは…………。胸がキュンキュンする。


 私の嫁が文字通りの名実ともに、愛川家に入って感無量だ。


「ただいまー」

 

「あ、帰って来たわね」

 

「おかえー!」

 

「うわ、お姉起きてるじゃん。サイアク」


 夏の陽火に晒されて汗ばむ妹は、私と母さんが居るダイニング兼用のリビングに入ってくると、思いっきり顔を顰めた後にヒイロたちを見て「ひーちゃんらいちゃんおはよぉ〜♡」ってデレデレになって私の嫁に手を伸ばす。


 私が汗を拭いてから触れって文句を言う前に、伸ばした手をヒイロ本人からペシッと叩かれ、ライカにもカプッと齧られた。流石に怪我はしないが結構痛い噛み方らしい。


「なんでよー!?」

 

「私を嫌うからでは?」

 

「お姉ばっかりずるい!」

 

「いや、確かにVRマシンとか買ってもらったのは申し訳ないけど、ヒイロたちは私がエルオンから連れて来たんだし、お古だけどVRマシンはあげたじゃん。ずるいって言われても……」

 

「でもみんなで手伝ったじゃん! 私だけひーちゃんたちに触れないのはずるい!」

 

「……いや、それを言われると私も弱いけど」


 そう、今回のイベントは家族全員で手伝ってくれたのだ。マコト達と決めたスケジュール通りに寝起きする私の為に母さんは作り置きの食事や、いつもの時間とズレて出される洗濯物などを文句一つ言わずにこなしてくれた。


 父さんは仕事の帰りにエナドリを買って来てくれたり、エルオンをやってる同僚の部下から情報を聞いたり、イベントを走るのにあったら嬉しい現実の便利アイテムなんかを聞き出しては用意してくれた。


 妹も、本来私と交代でやるべき家事の手伝いなんかを全部引き受けてくれて、お風呂の掃除や部屋の片付け、ご近所に町内会の回覧板を回しに行ったりなど細々とした面倒を全部文句を言いながらもやってくれた。


 それなのに、自分だけヒイロたちと触れ合えないのはずるいと言われれば、私は何も言い返せない。今回はマジで頭が上がらないのだ。


 困った私は眉の下がった顔でヒイロたちを見ると、二人はしょうがねぇなぁ〜って感じで、妹に「んっ」て頭を差し出した。


 するとヒイナはまたデレッと相好を崩し、今度こそもふもふに触ろうと手を伸ばして、今度は私にペシッと手を叩かれる。


「なにすんのさっ!?」

 

「……汗を拭け。汚れた手で私のヒイロとライカに触るとか、ヒイナに怒ったこと無い私でも本気でブチ切れるぞ」

 

「…………し、シャワー浴びてきます」


 それはそれとして、許せないことは許せない。私の頭が上がらなくても、妹に感謝してても、ダメな事はダメなのだ。ヒイロとライカに触る許可を得たなら、まず触るための礼儀を尽くせ。汗まみれで触るんじゃねぇ。


 怒る私を見たヒイナは、とても素直にバスルームに消えていった。


 ヒイナは私が嫌いだが、私はヒイナが好きである。大事な妹だ。物心ついてから今まで、私は妹に怒ったことが一度もない。


 冗談でプンプンすることはあっても、ガチ切れした事はマジで一切ない。


 そんな私が初めて見せるガチ切れの雰囲気に、いつもツンケンしてるヒイナも流石に大人しく言うことを聞いてくれた。


 いつもこうなら良いのにな。


 ヒイナに差し出した頭が空いてしまったヒイロたちを、私が代わりに撫でる。


 納豆食べてたから少し匂いのついた手に、二人とも「……くちゃ、くちゃい?」みたいな微妙な反応だった。後でファブろう。


 汚れた手で触ったらキレると言う私は、でも私の嫁だから私だけが汚していいのだ。いや私だって無駄に汚す気はサラサラないけどね? でも納豆の匂いは仕方ないと思うんだ。私は嫌いじゃないし、嫌な匂いだとは思わない。


 それはそれとして他の人が二人に納豆の匂いを付けたらキレるけど。


「戻ったー! 今度こそ!」


 私がしっかり二杯もお代わりした朝食を食べ終わる頃に、汗を流して髪を乾かして来た妹が戻って来た。早過ぎない?


 今度こそとゆるゆるの顔で伸ばす手に、ヒイロはやっぱりしょうがねぇなぁ〜って感じで頭を差し出して、ライカもヒイロの真似をした。


 信じられないほどにキメが細かい人工ラビットファーは簡単に妹のハートを撃ち抜き、撫でる度に妹の顔がドラゴンなクエストに出てくる形を維持出来なくなったスライムみたいになる。


 はぐれたメタルさんとポイズンさんのことな。


「…………ふあふあ、かぁいい」

 

「見てよ母さん、ヒイナが幼児交代しておる」

 

「あらあら……」


 撫でるだけじゃ飽き足らず、私に無許可でヒイロを抱き上げた妹はそのままリビングのソファーに嫁を拉致した。わたしの嫁やぞ!


 逃げ出そうと思えばいくらでも逃げ出せるヒイロだが、それでもやっぱりしょうがねぇなぁって顔で大人しくしてる。


 今更だけど、マジで今更だけど、ヒイロの表情豊かすぎない?


 ヒイロはデフォルメされた兎キャラでは無く、限りなくリアルのネザーランドドワーフに寄せたガチ兎なのに、その表情はとても分かりやすく私たちに感情を伝えるのだ。どうやってるのそれ?


 ほとんど動かない表情筋なのに、僅かな差でしっかりと感情を表現しきってる。


 対してライカはモデルが居るとは言ってもオリジナルのモンスターであり、表情などについては融通が効くのかコッチは素直に分かりやすい。


 ライカはシリーハントモードだと無表情系のクーデレなのに、ワイルドハントモードの時はめちゃくちゃ吼えるし感情豊かだ。


 ミニ・ライカはワイルドハントのリアル寄りのデフォルメなので、結構ワンパクな感じになっている。可愛い。


「ねぇお姉、ヒイロちゃんちょうだい?」

 

「ん? それはつまり、殺し合いがお望みか?」

 

「…………あ、これガチのやつだ」

 

「あたぼうよ。世の中に嫁を寄越せって言われてキレねぇ奴居んのかよ」

 

「じゃぁ、ライカちゃんは?」

 

「……シー・ヴィス・ベラム・パラ・ベラム汝、平和を欲さば、戦に備えよ。私はライカとの平和な未来のためなら、血縁者を手に掛ける覚悟がある。お分かりか?」

 

「………………え、うちのお姉ってこんな怖い人だったっけ?」


 そうだよ?


 私はお前が好きだから基本的に悪態つかれても優しく出来てただけで、その許容を超えたなら戦争が起きるのは当たり前だろ?


 まったく馬鹿だなぁと思いながら、リビングテーブルの椅子に座ったまま、うにゃうにゃするライカを抱っこして撫でる。


 そしてテレビ前のソファーに座る妹と小気味よいトーク(当社調べ)を交わしながら、ふと思う。


 優しい母さんが居て、頼りになる父さんは家族の為に働きへ出て、可愛い妹が私の愛らしい嫁兎を抱っこしてて…………。


 そして、私の腕の中にも可愛い獣の友が居る。


「…………ふふ、良いなぁ」

 

「どうしたのお姉?」

 

「んーん、なんでもない」


 私が夢想して届かなかった現実が、理想が、いまここにあった。


 ……頑張って、良かったなぁ。本気で臨んで良かったなぁ。


「さーて……! 今日もエルオンの世界に行こうかなー!」

 

「あ、じゃぁお姉色々教えてよ。私もゲーム始めてみるから」


 妹に返事をしながら立ち上がった私は、ライカを抱っこしたままリビングを出る。


「昼には戻って来るから、それまでにキャラクター作って用意しとけよー」

 

「あーい」


 それに合わせて妹の腕から飛び出したヒイロも回収して、一緒に自室へ、VRマシンの向こう側にあるロアの街へ。


 望みかなった幸せを胸に、嫁と友を抱えた私はまた空想の世界へと旅に出る。


 今度はゆっくり。嫁と友を連れてゆっくりと、あの世界を楽しむために。


『生体認証完了』


 さぁ行こう。仮想現実もう一つの世界へ。


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