第171話 食堂車でのサプライズ
俺と柚希乃は今、イザナ皇国を反時計回りに半周する形で敷設されたイザナ縦断鉄道、その客車の中で揺られていた。
視察と銘打った、事実上の観光慰安旅行である。純粋に視察だけが目的なら
ガタンガタン……と揺れる列車の車窓から見える景色は、赤茶の一色だ。たまにちらほらと背の高い木が点在しているのが唯一の彩りだろうか。
ある意味で殺風景なその光景は、しかし無限に広がる地平線にあまり馴染みのない日本人的にはなかなか物珍しくて楽しいものだった。
「いやぁ、どこまででも続くね〜」
「なんだかアメリカの内陸部に来たみたいで、不思議な気分だな」
実際、イザナ皇国が領有を宣言している範囲は、アラスカを除いたアメリカ本土くらいの広さがある。そんな広大な土地に、確認されている限りでは僅か一〇〇〇人ほどしか人間が住んでいないというのだから、かつて日本の住宅密集地で暮らした俺達にしてみれば信じられないくらいの人口密度の低さだろう。
「これだけ広ければ、国民を養えるキャパシティも相当大きいだろうな」
「一〇〇年後、二〇〇年後が楽しみだね。まあその時は私達も死んじゃってるんだろうけど」
かつてピューリタン達が北米大陸に入植した時も、現地には先住民を除けば限りなく少ない人間しかいなかったという。しかし今ではアメリカ合衆国という国は世界に冠たる超大国へと成長しているわけで。
――――なるほど。広大な国土というものは大国の条件には欠かせないものなんだろう。
「……ただ、いい加減に腰が痛くなってきたな」
「寝台車に移動しちゃう?」
「うーん、せっかくだし食堂車にしよう。腹も減ってきたしな」
「賛成!」
いくら座席が新幹線のグリーン席顔負けのフカフカシートだとはいっても、流石に四時間も五時間も座りっぱなしでは腰も痛くなろうというものだ。
既に数百キロは移動している筈だが、一向に車窓からの眺望に変化の兆しがないのは、なんというかこの国の国土の広がりに否が応でも思いを馳せざるをえないな。
景色が珍しくて興味深いにしても、そろそろ飽きが回ってきた頃だ。食事を挟んで気分転換でもするとしよう。
✳︎
「こちらが本日のメニューの、特上鰻重でございます」
「「鰻重!」」
食堂車に移動した俺達を待ち構えていたのは、皇室御付きのシェフである羽生さんだった。食堂車に足を踏み入れた俺達を視認するや否や満面の笑みでこちらへと近づいてきた彼女は、そのまま流れるように俺達を一番眺望の良い席へと案内。あれよあれよという間に席について食前茶を啜っていた俺達である。
そうして豪華な食堂車の内装について柚希乃とあれこれ談笑することしばし。そろそろ何かを口に入れたいなと思ったまさにそのタイミングで羽生さんが持ってきたのが、この特上鰻重なのであった。
「鰻か……。ついに養殖に成功したのか?」
「はい。先日、美食研究所の生物先端科学班が在来淡水魚の品種改良に成功しまして。食感、味わい、栄養成分ともに限りなく日本産のウナギに近いものがお出しできるようになりました」
「やるじゃないか! これは国民栄誉賞に値する功績だな」
科学に魔法に『
しかもご丁寧に、鰻の蒲焼きの上には山椒がパラパラとかけられている。わかってるじゃないか。これだ。これだよ!
この世界に召喚されてからついぞ食べていなかった、実にほとんど一年ぶりの鰻重だ。
「こ、こんなに豪勢な……本当にいいの? 食糧事情を圧迫してたりしない?」
内政に関しては門外漢の柚希乃が、不安そうな顔で羽生さんを見上げて言う。
皇帝として国内外の事情については粗方把握している俺は知っているが、今のイザナ皇国はかなり――――それこそ召喚直前の日本以上には物質的・経済的に豊かだ。
国民の大多数が若年層で、国全体に活気が満ち溢れているというのも大いにあるが、何より事実上無限のエネルギーである「Sドライブ」の存在が大きい。
稼働し続ける限りにおいて、ほとんどタダみたいなコストで莫大なエネルギーを無尽蔵に生み出し続ける人工の太陽。その輝きは、農業から軽・重工業、果ては日常生活に至るまで、ありとあらゆる面を温かく照らしていた。
例えば街中を走る車。ボーキサイトの採掘からアルミニウムの精錬といった製造にかかる各工程でどうしても電力が必要になってくる。だがその際に必要なエネルギーはすべて「Sドライブ」で賄えるのだ。
当然、完成した車が街中を走っている時に消費している電気すらも超低価格である。
家に帰れば当たり前のように空調が効いているが、それにかかる電気代も破格の値段。
農業だって、水を汲み上げるポンプや成長を管理するコンピュータ、農業ビル内の空調、電照設備に至るまで、そのすべてがローコストである。
結果として、イザナ皇国では実際に得られる収入に対して支出が大幅に下回る状況が建国以来ずっと続いていたのだった。
働けば働くほど自分が、国が豊かになる。そんな好循環を半年も繰り返した結果、現在のイザナ皇国は人口の数百〜数千倍近い生産力を誇るようになっていた。
長くなったが、何を言いたいのかというと、ようは「ウナギの養殖」などという不要不急の娯楽に近い経済活動にすら全力を挙げて取り組めるようになるくらいには、この国は豊かなのだ。
そのことを皇室の台所を預かる専属シェフとして知悉している羽生さんは笑顔で頷いて言う。
「この鰻重はイザナ皇国の豊かさの象徴なんです。だからこそ建国の父母であるお二人に、是非これを味わっていただきたいと思いまして……僭越ながらこうしてご用意させていただいた次第です」
そう言って恥ずかしそうにする羽生さんだが、俺はそんな彼女の気遣いに心から感動していた。
「羽生さん」
「はい、なんでしょうか。陛下」
「最高に嬉しいサプライズだったよ。これからも美味しい食事をよろしく頼むぞ」
「……っ! は、はい! こちらこそよろしくお願いしますっ!」
生粋の料理人たる羽生さん。料理を褒められるというのは、彼女にとって最高の名誉であるに違いなかった。
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