第67話 Sleeping Beauty

 作戦決行当日、一八時。

 百合先輩達を乗せた「オスプレイ改」がイザナ皇国を飛び立っていった。

 この「オスプレイ改」は米軍や自衛隊が運用している「V-二二・オスプレイ」を基に開発した新型航空機だ。回転翼機と固定翼機の合いの子のような外見をしている「オスプレイ改」は、ヘリコプターというよりかはむしろ垂直離着陸が可能な飛行機と言ったほうが良いかもしれない。

 長大な航続距離とそれなりの積載能力、そして回転翼機として見るならば他に類を見ないほどに速い巡航速度を誇るオスプレイだが、ティルトローター機に特有の姿勢制御システムが非常に複雑ということもあって【SF】による再現はかなり難しかった。だがアイシャや眞田の貢献もあって、こうして無事に実戦までに配備が間に合ったのだ。

 もっとも、チヌ丸とて汎用性という意味では決して負けてはいない。航続距離の問題も「擬似恩寵発生装置エクサンプラ」で綾の【蔵屋敷】が再現できるようになり、燃料を大量に積み込めるようになったことで既に解決している。

 速度を取るか、積載能力を取るか。任務の内容を鑑みてより相応しいほうを選ぶといった感じで、この二機種の使い分けを行っているわけだ。


「さてと、紗智子先生達も行ったことだし、そろそろ俺達も準備を行うとしようか」


 夜のうちに紗智子先生と百合先輩が協力して日本人勢に連絡を入れてくれる手筈になっている。

 俺達は出撃前の最後の準備を行った後に数時間の仮眠を取り、日の出の数時間前になったらこのイザナ皇国を出発するのだ。

 ちなみにチヌ丸で輸送任務を担当する航空部隊はもう少し早く、真夜中のうちに出発することになっている。あくまでただのヘリコプターにすぎないチヌ丸は、プラズマジェットエンジンを搭載した機甲騎士マシンリッターとは移動速度に大幅な差があるのだ。


「ついに実戦かぁ……。はちゃんと期待通りの働きをしてくれるかな?」


 艶消しの深緑が似合う、無骨ながらも機能美に溢れる機甲騎士マシンリッターの装甲を撫でながら、柚希乃がそう呟く。俺はそんな柚希乃に近付き、横に立って言った。


「それは俺達に懸かってるから何とも言えないな。……まあ、そのために何度も訓練を行ったんだ。絶対に作戦を成功させてみせよう」

「そだね。…………ね、進次。今日は一緒に寝よっか」

「別に構わんが、どうした。緊張してるのか?」


 そう訊ねると、柚希乃は「んー」と照れたような顔をしつつこう返す。


「やっぱり私達の原点って、そこにあると思うから」

「そういえばそうだったな」


 この世界に飛ばされてきた初日。俺と柚希乃は、一つの布団に二人でくるまって夜を過ごした。あそこで俺と柚希乃が力を合わせたからこそ、今の俺達があるのだ。

 そんな経緯もあって、俺達にとって「二人で寝る」という行為はある種の願掛けのような役割を持つようになっていた。

 いつの間にか、何か大きな決断や出来事の前には同衾するのが慣例となっていた俺達である。柚希乃に言われてみて、そのことに今気が付いた。


「悪戯はしちゃダメだよ〜」

「するわけあるか。そんなことしたらこの後の作戦に響く」

「その理屈に従えば、作戦終了後は悪戯し放題ということに……」

「なるだろうな」

「ふえっ!?」


 慌てる柚希乃を笑ってからかいつつ、俺は巨大な――――しかしSFメカにしては比較的小柄な機甲騎士マシンリッターを見上げる。


「よし、さっさと仮眠を取るとしよう。夜中の二時起きなんだ。もうあと数時間くらいしか眠れないぞ」

「うわ、ホントだ!」


 時計を見た俺達は、急いで格納庫を後にする。まだ全然眠くはないが、これも仕事だ。万全な状態で作戦を遂行するためには必要なことなのだ。


「うう、入試の前日みたいな気持ちになってきた……」

「随分と嫌な例を挙げるなぁ」


 具体例のチョイスが柚希乃らしくて、思わず苦笑してしまった俺である。



     ✳︎



 すー、すー……、と寝息を立てる柚希乃を抱きながら、俺は冴えた目で真っ暗な部屋の壁を見つめていた。

 既に寝床に就いてから一時間ほどが経過しているが、時刻が寝るには早いこともあってか、まったく眠れない俺であった。

 ちなみに柚希乃は横になってからものの数分で入眠に成功している。これまで何度も同じベッドで寝てきたから知っているが、柚希乃は寝入りがはちゃめちゃに良いのだ。

 少しでも会話が途切れようものなら、それはもう爆速で寝落ちする。某国民的アニメの主人公のように――――とまではいかないが、それに準ずるくらいには寝入るまでが早い柚希乃である。

 逆に俺は寝るまでにかなり時間がかかるタイプなので、そんな彼女が素直に羨ましかったりする。……今夜みたいな特殊な事情がある時は特に。


「…………らしくないな」


 冷静沈着。不動の精神の持ち主。そんなふうに元老院メンバーから言われることの多い俺ではあるが、どうも柄にもなく緊張しているらしい。

 ふと、視線を腕の中の柚希乃に移す。

 無意識に人肌の温もりを求めているのか、彼女は眠っているとよくこうして俺に抱き着いてくるのだ。

 そして俺もまたそれが嫌ではないので抱き返す。結果、夏だろうがお構いなしに密着して寝ることになるわけだ。


「すぴー……」


 眠れる叶森柚希乃。こうして間近で見ると、文句の付けようがないほどに美少女だ。


「ん〜……」


 俺を抱く柚希乃の腕に力が込められる。密着度合いが更に高まる。柑橘系の甘い香りが鼻腔を刺激して、俺の脳を揺さぶる。


「…………守るさ。絶対に」


 腕の中の小柄な、しかし確かな温もりを強く抱き締めて、俺は目を閉じた。







――――――――――――――――――――――――――

[あとがき……のようなクッソしょうもないネタ]


某ピエロ「『オスプレイ改』は回転翼機と固定翼機、両方の性質を併せ持つ♡」




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