第65話 最後の会議

 ――――ドドドド……ッ


 透き通るような夏の青空の下、俺は柚希乃を後ろに乗せて二輪車を勢いよく走らせていた。


「大丈夫か?」

「えーっ、何がーっ?」


 風の音にかき消されないよう、身を乗り出して大声で訊き返してくる柚希乃。走行中にそんな体勢になるのは危ないような気もするが、彼女の両腕はガッツリと俺の腰をホールドしているので離れる心配はない。

 密着体勢に思いっきり平常心をかき乱されつつ、努めて平静を装いながら俺は話を続ける。


「さっきの戦闘だよ。いくら覚悟は決まってたとはいえ、あれだけ多くの敵を殺したんだ。多少なりとも精神的にキツい部分はあるんじゃないのか?」

「それを言うなら、進次こそ大丈夫なの? 今回の戦争は皆、進次の指示で動いてるんだよ」

「俺はまあ平気だ。気にならないかと言われたら嘘になるが……引きずるほどじゃないさ」

「私も同じだよ。もし私が敵兵に情けをかけた結果、この国を、皆を、……進次を失うなんてことになったら、それこそ立ち直れないよ。だから大丈夫。進次が一緒にいてくれれば平気だから」

「そうか」

「うん」


 腰に回された手に、ぎゅっと力が込められる。


 ――――ああ、クソ。可愛い反応だなぁ……。


「……帰るか。そろそろアイシャ達が帰投する頃だ」

「次の仕事もあるしね。あー、大忙しだよ!」

「全部終わってひと段落ついたら、ゆっくり休みを取るとしようか。……そうだな、温泉なんてどうだ? この国にはまだ娯楽が少ないからな。スパリゾートを建設したりするのもありだろ」

「混浴かな?」

「そうするか」

「え、ちょっ、……えっ!?」

「冗談だ」

「………………」


 遠くのほうに飛行機雲が見えた。白い筋は全部で四本。アイシャ達だ。


「進次さぁ。最近、冗談がうまくなったよね」

「そうか?」

「色んな人に囲まれて情緒が育ったのかな?」

「人を限界コミュ障みたいに言うものではないぞ」

「割と的を射てると思うんだけどな〜」

「……このカースト上位層め!」


 本当、なんで俺なんかとつるんでいるのかよくわからない柚希乃ではあるが。間違いなく俺にとって一番の相棒だし、彼女にとってもそれはそうなんだろうと確信を持って言えることが俺には嬉しかった。



     ✳︎



 アイシャ達ハイパーゼロ部隊の帰還を元老院メンバー総出で迎え入れた俺達は、そのまま休憩を挟むことなく議事堂へと直行して会議を行う。

 お疲れのところアイシャには申し訳ないが、これも元老院メンバーとしての責務なのでもう少し頑張ってもらいたい。


「アイシャちゃん、お疲れ様です」

「あやちゃ〜ん! ただいま!」


 いつの間にか綾の呼び方が「いいんちょ」から「あやちゃん」に変わっていたアイシャである。何か心境の変化でもあったのだろうか。


「カッコよかったですよ」

「でしょ!? うふふ、あやちゃんもナイス管制だったよ!」

「ふふ」


 ほう……。尊いじゃないか。


「進次?」

「おほん。……さて、会議を始めようか」


 敵を撃退したからハイおしまい、とはいかない。放っておけばルシオン王国は懲りずにまた攻めてくるに違いないし、未だ王国内に留め置かれている七百余名の同胞の安否も気になる。

 万が一、次回以降の侵攻に日本人が混じっていたら、今回のような一方的な蹂躙は不可能になるだろう。

 だからそうなる前に手を打たなくてはならない。


「さて、皆。今回はよくやってくれた。特に柚希乃とハイパーゼロ部隊の諸君には、感謝してもしきれない」

「元帥の義務ですから!」

「そーだよ、進次センパイ!」


 二人がサムズアップしてそう返してくれる。俺は良い仲間を持ったな。


「……だが、残念なことにこれで終わりじゃない。まだルシオン王国には数多くの日本人達が囚われたままだ」


 議事堂に少しだけ重たい空気が流れる。皆、少なくない友人があちら側に残っているのだ。ルシオン王国に追放されたとはいっても、それはルシオン王国の勝手な都合によるもの。俺達にとっては何の関係もない話である。


「そこでだ。戦略兵器や航空輸送の手段も揃っていることだし、かねてより練っていた日本人救出作戦――――通称、『ノアの方舟計画』を実行に移したいと思う」


 ルシオン兵が俺達の強さを知ってしまった以上、あの計画を実行に移すなら今このタイミングしかない。侵攻してきた部隊が本国に戻り、王国の中枢が危機感を抱く前になんとしてでも日本人を救出するのだ。


「作戦は既に練ってあったプランAでいこうと思っている。……まずはアイシャ。航空部隊を率いてチヌ丸全四機編成による最大効率での輸送態勢を整えてくれ」

「りょーかい!」

「次にリオン。兵士達を束ねて、極秘の潜入任務を頼みたい。ルシオン王国にバレないよう人数は最小限でいく。メンバーの選定と出動準備を頼む」

「了解した」

「そして百合先輩。先輩も、リオン達に同行して現地に潜入してもらいたい。……この『ノアの方舟計画』の成功は百合先輩にかかっていると言っても過言ではない。頼めるか?」

「僕の【転送】を使った例の作戦だね。……うん、頑張るよ」

「ありがとう。最後に、潜入部隊のパイロット兼、日本人との連絡役兼、潜入部隊の総隊長を紗智子先生に頼みたい。お願いできますか?」

「もちろんです。大人の私が行けば、校長先生達もきっと動いてくれるでしょう」


 いくら俺達がここまで強くなれたとはいっても、まだ年齢的には未成年の学生にすぎないのだ。他の生徒達やルシオン兵相手ならそれでも構わないが、校長をはじめとした教師陣を動かすには少し説得力が足りない。

 そこで紗智子先生の出番だ。新任の若手教師とはいえ、人望の厚い紗智子先生ならきっと教師陣を説得できると信じている。


 俺は皆を見回してから、『ノアの方舟作戦』の開始を宣言する。


「――――では計画の実行は明日の一八時だ。夜のうちにルシオン王国近郊へ到着、潜入し、根回しを進めてほしい。これは時間との戦いだ。仮に根回しが完了しなくとも、夜明けと同時に作戦を第二フェーズに移行する。……頼んだぞ」

「「「「了解!」」」」


 さあ、ここから俺も出陣することになる。気を引き締めていこう。



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