第56話 イザナ皇国

「俺達の国の名前は――――『イザナ』だ」

「イザナ? 何でしょうか……聞いたことがありません」


 俺の発言を聞いたセリアが首を傾げている。まあそりゃあ聞いたことがあるわけもないよな。何せ――――


「ねえ沖田君。それって日本神話のイザナギとイザナミから取ったのかしら?」

「はい。よくわかりましたね、紗智子先生」

「これでも歴史の教師ですからね。担当は世界史ですけど……」


 流石は紗智子先生だ。まさか一瞬で答えに辿り着くとはな。……もっとも、神話と歴史には相当な差異があるわけだが。

 まあ、イザナギとイザナミの名前くらいは日本人なら誰でも知っているだろうし、我ながらナイスなネーミングだと思う。


「でも、国名が『イザナ』だけだと締まんないね。なんちゃら共和国〜とかホニャララ王国〜みたいに、名前の後ろになんか欲しくない!?」


 アイシャが独特の天然っぷりを発揮してそんなことをのたまっている。

 が、その気持ちは俺も非常によくわかる。カッコイイよな。大日本帝国とか大英帝国とかアメリカ合衆国とか、そういう感じの響きってさ。


「沖田君。これは真面目な話なんですけど」

「なんです?」


 アイシャのおかげ(せい?)で砕けた雰囲気を正すように、紗智子先生が真剣なトーンで話し掛けてくる。


「沖田君はこの国を日本みたいな民主主義国家にしたいですか? それとも専制君主になりたいですか?」

「最終的には民主主義が相応しいと思います。俺個人の能力に限界があるのと同じように、独裁にも限界がある。……ですが、一〇〇%国民主権というのも少し違う気がするんです」


 そもそも俺と柚希乃が建国しようと思ったのは何故かといえば、それはこの世界に俺達の居場所を作りたかったからだ。絶対に追放されることのない、誰にも邪魔できない、帰るべき場所を作りたかったからだ。

 絶対に無いとは思うが。万が一。億が一。国民主権にした結果、俺と柚希乃が追放されるようなことがあったとしたら。

 俺達は何のために建国したのかわからなくなってしまう。


 ……だから、普段は議会に政治を丸投げするにしても、本当の本当に大事な決め事に関する最終的な決定権だけは俺達が握っていたい。

 これを言葉で表すなら――――立憲君主制ならぬ「君主制民主主義」だろうか。政治学的な用語で近いものを挙げるとすれば、外見的立憲主義が一番ニュアンスとしては近いだろう。


「じゃ、王様になっちゃえば?」


 あっけらかんと言ってのけるアイシャ。確かにそれが一番手っ取り早くて確実なんだが……。


「皆が納得するか?」

「沖田氏、少し口を挟んでよいですかな?」

「眞田か。何だ?」


 眼鏡をクイと持ち上げて眞田が手を挙げたので、続きを促す。


「そもそもですが、拙者達は全員沖田氏に助けられているからこそ、こうして今も生きていられるのです。我々もこの沖田平野の発展に幾分かは寄与しているとはいえ、根幹の部分にはやはり沖田氏の存在が不可欠なのですぞ。————そのことを考えたら、この国が沖田氏のものであるということはもはや自明ではないですかな?」

「わたしもそう思います。もちろんわたし達の寄与分に相当する自由や決定権くらいは、民主国家に生まれた者として主張したいですけど……進次先輩が作ったこの国なのに進次先輩が好きに物事を決められないってのはおかしいと思います」

「綾……」

「仕えるべき祖国を失ったワシらだが、沖田殿が王であればワシらも納得できる」

「沖田殿。この国はもはや私達にとって第二の祖国のようなものだ。そこの君主が沖田殿であるというのなら、私は喜んでお仕えいたそう」

「モーリス、リオン……」

「進次さん。あなたはご自分で思われているよりも、ずっと尊敬されているし、敬愛されているんですよ。もっと自信を持ってください」

「セリア」


 皆がそう後押ししてくれる。アイシャの突飛な発言から始まった一つの案だったが、かなり現実味を帯びてきたな。


「でもルシオンの奴らが王国なのに、進次様があんなのと同格というのはなんだか納得がいきませんでしてよ」


 と、そこで姫乃が微妙にズレた発言をぶっ込む。


「あ、それは私も思ってました」

「紗智子先生まで!?」

「ふふふ、私達をあんな目に遭わせた国と同格だなんて……笑っちゃいますよね」


 世界史教師ということもあって国家間の序列にもある程度詳しい紗智子先生だ。どうやら俺の知らない先生の黒い部分がまだまだあるらしい……。


「皇帝になってしまえばよろしいのですわ!」


 名案を思いついた! とばかりに満面の笑みで意気揚々と主張する姫乃。こ、皇帝か……。


「いーんじゃない? ってか日本の君主も『天皇エンペラー』だしね」

「日本人らしくていいと思いますよ」

「じゃあこの国の名前は『イザナ皇国』ですわね!」

「進次さん。早速戴冠式の準備に取り掛かりましょうか」

「お、おう……」


 こうしてなし崩し的に俺が皇帝に即位することが決まってしまった。後で一応、柚希乃にも確認を取っておくとしよう。事が事だけに、柚希乃の意見を聞いておきたいしな。


「『イザナ皇国』か……。悪くない響きだ」


 ルシオン王国にも、ヤークト帝国にも、他のどの国にも手出しできない俺達の国だ。





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