独立戦争編

第53話 越境

 俺達がこの沖田平野にやってきてから三ヶ月が過ぎようとしていた。こちらの世界に召喚された時には春だった季節はもうすっかり夏となり、ただでさえ気温が高く乾燥の激しかった沖田平野には、更なる熱気と乾燥が襲来していた。

 その結果ついにすべての施設にエアコンが導入されることとなり、おかげで快適に日々を過ごせている俺達である。核融合発電のおかげで電気代がほぼゼロなので(もちろん稼働に必要な経費分は皆から徴収しているが)、実質的に電気は使い放題だ。

 上下水道も、叶森台地の都市内に限定すれば普及率は一〇〇%に達している。街路樹や公園、一部で試験的に営業を開始した商業施設では、噴水や霧状に水を散布するミストシャワーなんかも導入していた。


 そんなある日のこと。今日もまたいつものように都市運営に関する事務作業をこなしつつ【SF】で新技術の研究に勤しんでいると、胸ポケットのスマホに着信が入った。通知画面には新堂綾の名前がある。


「もしもし、綾か?」

「『進次先輩、緊急事態です。今すぐ官邸まで来れますか?』」


 官邸とは、元老院議事堂に併設された政治機能の中枢のことだ。政策にまつわる会議は議事堂で行い、実際に行政を執り行う時は官邸にて行うのが俺達元老院メンバーの慣例となっていた。


「わかった。今行こう」


 俺達の住む家と官邸はかなり近い距離にあるので、今俺のいる研究所からでも徒歩で二分とかからない。電話を切った俺は、早歩きで官邸へと向かう。


「何があった?」


 官邸に入ると、そこには俺を呼んだ綾をはじめ、柚希乃、アイシャ、モーリス、リオン、セリアに、紗智子先生まで、元老院のメンバーの大部分が勢揃いしていた。

 どうやら俺が最後だったらしい。


「これを見てください」


 そう言って綾が官邸会議室のテレビ画面に表示したのは、平時から平野全体を俯瞰している偵察衛星の画像だった。


「これは……人か? 割と人数が多いな」


 画像に写っている場所は大山脈の麓。大陸諸国側ではなく、俺達の住む沖田平野側だ。そしてそこには馬に乗り、灰色の衣服を身に纏った数十人ほどの集団が写り込んでいる。


「解像度を上げますね」


 綾が画像を拡大して解像度を上げると、灰色の服だと思っていたのは銀色の鎧のようだった。フルプレートではないので、遠征用の装備だろう。

 ただ、注目したいのは全員が武装しているということ。そして掲げている旗の紋様がルシオン王国のものだということだ。


「何故ルシオン王国の兵がここに?」


 とは言ったものの、実際にこの叶森台地からはまだ数十キロは離れている。とはいえ騎兵部隊の進軍速度を考えれば早くて数時間、遅くとも一日でこの叶森台地に到達してしまうだろう。

 俺達にとって決して友好的とは言い難いルシオン王国だ。できればそれは避けたい。


「これ……どうしますか?」

「どうって……迷っている様子でもないし、何故ここに来たのか、目的を直接訊ねるしかないだろうな。まあ悪い予感しかしないが……」


 と、そこでこれまで黙っていた紗智子先生が声を上げる。


「あの、沖田君。一つ質問いいですか?」

「なんです?」


 先を促すと、紗智子先生は真剣な顔になって訊ねてきた。


「私達が今住んでいるこの沖田平野だけど……国際的にはどいう立ち位置になるのかしら?」

「それは……考えたことがなかったな」

「もしどこの国にも占有権を主張していないのなら、ひょっとして私達はどこかの国の領土を不法占拠していることになったりしませんか?」

「……なるかもしれないですね」


 今日を生き延び、明日を迎えるために必死だったのですっかり頭から抜け落ちていたが。

 もしかしたらここは、どこかの国に帰属する土地である可能性もあるのだ。まあこの世界の現地人によって入植がなされていたわけではないし、実際に開発を進めたのは俺達なので、そのあたりの問題が顕在化しにくい場所をあえて選んだからこそのこの辺境地域なのだが……まさかルシオン王国がここまで追ってくるとは考えてすらいなかった俺である。

 物の道理というものが通じないルシオン王国のことだ。難癖をつけてきそうな気配がプンプンとするな。


「とりあえず、早急に警告を行おう。大方、ここに来る道中の村々で聞き込みをして俺達の足取りを辿ったんだろうが……連中にこの場所がバレているのは間違いない。ならばこのまま奴らがここに来るのを待つより、こちらから出向いて進軍を阻止したほうが賢明だ」

「私も同意見だよ。あいつらは話が通じる相手じゃないからね」


 柚希乃が腕を組んで頷きながらそう言う。


「航空部隊はどーする?」


 真面目な顔をしてアイシャが確認してきた。


「航空支援が必要な人数じゃないからな。こちらの手の内を隠す意味でも、地上部隊だけで問題ないだろう」

「おっけー。じゃあ機甲部隊に待機命令出しとくね!」

「よろしく頼む」


 ちなみに航空部隊とは、この二、三ヶ月ほどの間に新しく編成した都市防衛軍の新部隊だ。航空部隊の隊長は乗り物の操縦に長けたアイシャ。主要メンバーは現代知識を持ち、『恩寵』という特殊能力を持った日本人生徒達だ。

 採用した機種は「バイパーゼロ」の二つ名を持つ、航空自衛隊が誇る傑作機「F-2支援戦闘機」だ。厳密にはそれをベースに【SF】で魔改造を施してあり細部がところどころ異なっているため、元の名にあやかって「ハイパーゼロ」と名付けることにした。

 対地攻撃から邀撃ようげき、制空戦闘まで幅広く任務をこなすマルチロール機である「ハイパーゼロ」は、少数で様々な敵を相手にしなければならない俺達にとっては実に都合が良かった。

 編成は全四機。アイシャを隊長に、男子生徒が二名、女子生徒が一名である。それぞれが航空機の操縦に適した『恩寵』を持っていたのは実に都合が良かった。

 訓練を担当した教官は案の定、紗智子先生だ。アイシャにしごかれて泣きながら空戦技術を叩き込まれていた光景は、涙なしには見れなかった。お疲れ様です、先生。


「機甲部隊が中心になるとして、交渉役には誰が行きますか?」


 越境に対して警告を行うという部分は決定事項として、綾が議論を促す。


「俺が行こう。あと万が一に備えて柚希乃も来てくれ」

「了解だよ。久々に対人戦の可能性があるわけだね。腕が鳴るよ」


 都市防衛軍の総隊長として、普段から先頭に立って訓練に勤しんでいる柚希乃の戦闘力は、今ではこの沖田平野で一番だ。最強のスナイパーが傍に控えていてくれるというのは、交渉において実に心強い。


「綾、俺がいない間の臨時リーダーは君に任せる。紗智子先生は綾を支えてやってください。モーリス達も頼んだぞ」

「「「了解」」」

「さあ、ルシオン兵がこれ以上近づいてくる前に早く現地に向かおう」

「うん。……初の防衛出動だね。なんだか緊張してきたよ」

「俺達なら大丈夫だ」

「そうだね!」


 俺と柚希乃はガシッと腕を組み合ってお互いを鼓舞する。


 さあ、出撃だ!





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る