新たなる仲間編

第44話 ルシオン王国・北部戦線

「クソッ、敵の火炎魔法だ! 誰か水属性の魔法士はいないのか!?」

「ぎゃあああっ、熱い、熱いぃいぃいっ」

「うおおっ、死ね、死ねッ、ヤー公めがッ!」


 ルシオン王国北方アルバ川流域、通称北部戦線。そこでは数万の大軍同士が泥沼の競り合いを繰り返していた。

 昨日取り返した土地が今日奪われる。つい先ほどまで話していた戦友が一瞬で物言わぬむくろとなる。

 そんな地獄絵図と形容しても何ら誤謬のない光景を前に、平和な日本生まれの桜山高校の生徒達はその多くが戦意を失い後方に下がることとなった。

 実戦において、戦えない兵士ほど足手まといなものはない。ルシオン王国の上層部は、精神を病んでしまってもなお戦略的には価値の高い生徒達を活用しようとあれこれ試みたが、現場の兵士達からの強い要望もあって、結果的に桜山高校の面々は争いごとと一定の距離を保つことに成功していた。


「皆、もう大丈夫だ! 怪我人は後ろに下がれ。戦える者はオレと一緒にもうひと踏ん張りだ!」

「怪我のある人はあたしが【癒しの巫女】で治してあげるよ!」

「「「うおおおおっ! 勇者様だぁああっ!!」」」


 ――――だが、中には生まれ持った素質と性格で、戦いの中に身を投じる者もあった。

 その筆頭が【剣の勇者】である中原光清。桜山高校二年A組の中心人物であった人間である。


「侵略者どもめ。仲間を傷つけたこと、決して許さないぞ! はぁああああっ――――『ブレイブソード』!」


 中原光清の構えた剣が神聖な光を纏い、振り下ろされるのと同時に凄まじい威力を持った斬撃がヤークト帝国の兵士達を一網打尽にする。


「うおおおっ、勇者様に続けぇええ!」

「「「ウォオオオオッッ」」」


 ヤークト帝国は大陸最強の軍事国家だ。だがルシオン王国側も、召喚した勇者達の力を借りて徐々に押し返している。戦況は膠着しつつあった。


     ✳︎


「勇者様、助かりました」

「いや、いいんだ。これもこの世界にばれた者の使命。困っている人達をオレは助けたいだけさ」

「勇者様……!」


 戦闘は小康状態となり、死の風が吹き荒れていた戦場にもほんのひと時の平穏が訪れる。そんな中、現場にいたルシオン王国軍の指揮官の一人が【剣の勇者】である中原光清に対して頭を下げていた。


「俺も皆を守ってやるぜ!」

「駿介殿! あなたの盾にも我々は大いに助けられております」


 中原の隣で盾を持ち上げ、サムズアップしてみせるのは岡崎駿介。中原の友人で、同じく桜山高校二年A組の一軍グループにいた人間だ。


「私は敵が入ってこれないように、いばらのバリケードを作っておいたよ!」

「緑殿! 流石は【緑の魔法士】ですな」

「あたしのほうも、怪我人の治療は終わったよ」

知友ちゆ殿、ありがとうございます」


 【剣の勇者】である中原光清、【盾使い】の岡崎駿介、【緑の魔法士】の小川緑、【癒しの巫女】の篠原知友。この四人がルシオン王国の切り札である「勇者パーティ」のメンバーであった。


「しっかしヤークト帝国の連中も懲りねえよな。これだけ痛い目見といて、いつまで攻め続けるんだ?」

「向こうの言い分は確か、偉大なる神聖ロムルス帝国のかつての領土を取り戻す……ってことだったかな?」

「ええ、その通りです。神聖ロムルス帝国が滅んでからもう二〇〇〇年近く経ちますが、継承国を自認するヤークト帝国の連中の頭にそんなことはないのでしょうな」


 辟易とした表情でそう語るルシオン王国軍の指揮官。彼の眉間には、度重なる戦闘による疲労と損耗の甚大さからくる苦悩によって深い皺が刻まれていた。


「伝令、伝令ーっ!」


 と、そこへ若く階級の低い兵士が飛び込んできた。彼は天幕の中であるにもかかわらず槍を持ったままだ。


「どうした?」


 指揮官はそれを咎めようか迷ったものの、とりあえず報告を聞くのが先だと自分を諫めてから兵士に先を促す。


「は。つい今しがた、ヤークト帝国が再度前進を開始したとの報告が上がりました!」

「何! もう準備が終わったのか!? まだ半刻も経っていないぞ!」

「し、しかし、現に奴らは茨のバリケードを越えてこちら側の陣地に侵入しております!」

「えっ! 茨のバリケードが!?」


 バリケードを設置した小川緑が「信じられない」といった表情で立ち上がって叫ぶ。


「全身を甲冑に包んでいたとしても、越えるのはかなり難しい筈だよ」

「そう思って我々も気を緩めておりましたが……奴ら、おそらく古代兵器と思しきものを使って攻めてきております!」

「古代兵器?」


 中原達は頭に疑問符を浮かべてそうオウム返しに訊ねるが、指揮官だけは違った。


「こ、古代兵器……だと……?」

「指揮官さん?」


 指揮官の額には玉のような汗がいくつも滲み出ており、彼の手はきつく握り締められている。心なしか、顔も青褪めているようだ。


「まさか……あれが現存しているなど……だが現に奴らは茨のバリケードを……くっ、とにかくマズイ! 勇者様!」

「なんだい」

「敵は古代兵器と呼ばれる、他の武器とは一線を画する兵器を使ってきております! あれを暴れさせたらかなりマズイことになる。……対処をお願いしてもよろしいでしょうか」

「ああ、任せてくれ。何せオレは勇者なんだからな!」

「俺もやるぜ!」

「おお、助かります! ……おい、貴様。勇者様方を古代兵器の下へと案内しろ!」

「えっ、は、はい!」


 伝令の兵士に連れられて、勇者中原と盾使い岡崎は悠々と戦場に向かっていく。残る女子生徒二名に向かって、指揮官は訊ねた。


「お二人はどうされるので?」

「わ、私はその古代兵器とやらには勝てそうもないから、陣地の構築作業に混ざろっかな……」

「じゃ、じゃあ、あたしは怪我人の様子を見てくるね」


 自分の作ったバリケードが功を奏さず破壊されたことで、少しだけ恐れをなしている小川緑が自信なさげにそう答える。篠原知友もまた、それにつられて慌てて野戦病院の巡回を申し出た。


「わかりました。お願いしますよ」


 そう言って指揮官は天幕を出る。残された二人は、お互いの顔を見合わせて不安そうに表情を曇らせたのだった。









――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 神聖ロムルス帝国の滅亡時期を二〇〇〇年前に修正しました。

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