第43話 地上の太陽

「進次が今作ってる核融合炉なんだけどさ。具体的にはどこで躓いてるの?」


 真っ暗な部屋の中。同じ布団に包まる柚希乃が、隣から訊ねてくる。顔はまったく見えないが、耳元で声がするという事実になんだかソワソワしちゃう思春期男子の俺である。


「ああ、実は核融合炉に必要な電磁石の強度がどうしても足りなくてな。無理矢理ゴリ押そうとすると、どうしてもMPが足りなくなってくるんだよ。……他にも、核融合反応の制御に必要不可欠なコンピュータも開発の目処が立たないし、色々と行き詰まってるんだよな」


 目下の悩みは技術的な限界だ。俺は一介の高校生、ただのSF好きが高じたオタクにすぎないのであって、理研やら国際研究機関に所属するような天才研究者ではないのだ。

 自分の限界にぶち当たり、ふんづまってしまったことで、いつしか感じていた万能感も鳴りを潜めて久しい。


「強度……。ねえ、進次。もし仮にこの世界にだけ存在するファンタジー金属があるとしたら、なんとかなるんじゃないかな」

「ファンタジー金属?」

「うん。たとえばオリハルコンとかミスリルとか……あるいはアダマンタイトとか」

「ほう」


 言われてみれば、その発想はなかったな。そうか。ファンタジー金属なら地球にはない特性を備えているかもしれないのか。


「それに、無いなら作っちゃえばいいんだよ」

「作る……そうだよな。【SF】は科学設定さえしっかりしていれば不可能なことも可能に変えられるんだよな」


 柚希乃の助言を受けて少しだけ前向きになれた気がしてきた俺は、早速脳内でファンタジー金属の設定について考え始める。この世界にだけ存在する魔素の概念を組み込めば、既知の金属の同位体をファンタジー金属として扱えるようになるかもしれない。


「柚希乃、ありがとな」

「いいんだよ、全然。私だってSFは好きだからね!」

「そっか」


 暗闇に目が慣れてきて、柚希乃の表情がぼんやりと見えるようになってくる。真横から至近距離で俺のことを見つめている柚希乃は、とても嬉しそうな顔をしていた。


 ……明日からも、もうちょい踏ん張ってみるか。


 柚希乃の笑顔を見て、そんなことを内心で決意する俺なのであった。


     ✳︎


「で、で……できたぁああああ!」

「進次っ、どうしたのっ!?」

「進次先輩!?」


 次の日。研究室に篭っていた俺が急にそんな叫び声を上げたことで、仕事をしていた柚希乃と綾が血相を変えて室内に飛び込んできた。ちなみにアイシャは今、防衛軍の車輌操縦訓練に参加中なのでここにはいない。


「できた! ついにできたんだ!」

「できたって……まさか核融合炉が!? 本当にできちゃったの!?」

「ああ、そうだ!」


 柚希乃が目をまん丸にして訊ねてくるので、珍しく俺もハイテンションで答える。

 そう、ついに完成したのだ。人類の、俺達の悲願であった核融合炉の開発に成功したのだ。


「昨日の柚希乃のアドバイスが決め手になってな。科学力不足に由来する諸々の問題が粗方片付いたよ」

「ええ……あんな助言とも言えないようなので……? やっぱり進次ってちょっと普通じゃないよね……」

「普通じゃないとは失礼な。俺は普通の男子高校生だ」

「進次先輩、普通の男子高校生は核融合炉の開発に成功したりしないと思います」


 至って冷静にそう突っ込む綾。確かに言われてみれば、普通の男子高校生は核融合炉を作りはしないな。うむ、俺は普通ではないようだ。


「電磁石だけじゃない。エネルギー変換システムも画期的な新技術を採用したぞ」

「画期的な新技術ですか?」


 綾が首を傾げながらそう言うので、俺は一つ問題を投げかけてみる。


「二人に問題だ。地球には数多くの発電手段が存在しているが、火力と地熱、原子力の発電所に共通して必ず存在する行程があるんだ。なんだか知ってるか?」

「なんだろ、タービンとか?」

「正解だ。火力だろうが原子力だろうが、結局は水を沸かすことで発生した水蒸気を使ってタービンをブン回す。熱源にこそ違いはあれど、発電方法自体はほとんどの発電所で変わらないんだ」


 なんだったら核融合発電であっても水を沸かしてタービンを回すという行程自体に変わりはないだろう。熱エネルギーを電気エネルギーに変換するというのは、それだけ難しいことなのだ。


「だが、今回開発した『ダイレクト・コンバータ』を使えば、核融合によって発生した熱エネルギーの九九.九%を電気エネルギーに直接変換することが可能なんだ! これは一般的な発電所における水のような媒介物質を用いることなく、超高エネルギー状態にある中性子ビームやプラズマジェットをガスタービンエンジンのように直接タービン翼にぶつけることで熱核エネルギーの奔流を回転運動エネルギーに変換しているんだが、それには理論上どのような環境下でも相転移しない剛体を――――」

「し、進次先輩! とりあえず凄いのはわかったので、落ち着いてください」

「こんなにテンションの高い進次を見たの、数年ぶりかもしれないよ」


 いかんいかん、つい気持ちが昂って饒舌になってしまったな……。だが、これでエネルギー不足問題には完全に決着がついた。都市防衛用巨大レールカノンや、機甲車輌のレールカノンへの換装作業も問題なく進められようというものだ。


「そうだ。核融合炉ができたんだから、これまで太陽光発電に使っていた土地を他の用途に転用できるな」

「結構広いよね。これから新しく住人が増える可能性に備えて、マンションとか建てといたら?」

「それもそうだな。いずれは桜山高校の全生徒を収容したいし」


 いつまでも同胞を沈みゆく泥舟に乗せたままにしておくつもりは俺にはない。もちろん残るという者がいるならあえてそれを止めはしないが……助けを求める仲間がいるなら俺は助けてやりたい。


「さあ、早速改修に取り掛かろう! まずはかねてより柚希乃が希望していた都市防衛用巨大レールカノンからだ!」

「いよっしゃぁああああ! 進次大好き!」

「おっ!? お、おおお、おう!」


 突然の柚希乃の告白に驚いてついテンパってしまった俺だが、当の柚希乃本人も半ば無意識だったらしく、急に我に帰ったと思ったら自分から抱き着いてきたくせにバババッと離れて赤面し出す。


「あっ、いや、その、あれだよ。友達として! そう、友達……」

「わざわざ宣言するまでもなく普通に仲良いだろ、俺達」

「うん……」


 自分で言っておきながら「友達」のあたりで落ち込む柚希乃。喜んだり慌てたり落ち込んだり、忙しい奴だな。


「いよいよカプ成立まで秒読みですかね」

「綾?」


 眼鏡をキラッと反射させて何やら呟いている綾。柚希乃はそんな綾に対して「あわわわ、ちょっ、綾ちゃん!」と何やら諫めている様子だ。そんな二人を見て、俺はふと自分の口角が上がっていることに気が付いた。

 ……なんというか、やっといつもの自分に戻れたような気がするな。ここ最近は全然笑えていなかったが、こうして心に余裕ができて再び笑えるようになったのは間違いなく柚希乃のおかげだ。


「柚希乃」

「な、なんでしょ」


 未だに若干赤い柚希乃が俺を振り返って答える。


「ありがとうな」

「……う、うんっ」


 そう照れたように頷く柚希乃のはにかんだ笑顔は、人工太陽を生み出したこの俺をして、まるで地上の太陽と錯覚するほどに眩しく綺麗なのだった。




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