第31話 大河は文明の母

 垂直農業をやるとはいったものの、まずはビルを建てなければ話にならない。魔物も多い過酷な異世界の土地であることを考えると、ビニールハウスでは流石に強度が足りないような気がする。だからこその鉄筋コンクリート構造のビルなのだ。


「ビルの造り方にはいくつか種類がある。一般的に有名なのがRC造、S造、SRC造だ」

「なんだっけ。確か、鉄骨があるか無いか……だっけ?」

「ああ。概ねその理解で正しい」


 柚希乃が「やった〜」と喜んでいる。可愛い。


「RC造は別名、鉄筋コンクリート造とも呼ばれていて、マンションなんかによく使われている方式だな。太い鉄骨じゃなくて、細い鉄筋を網のよう組んでコンクリートを流し込む方法だ。これだと建物内で音が伝わりにくかったり、地震の時に揺れにくかったりするメリットがある。……だが、今回はこのやり方は使わないつもりだ」

「なんで?」

「単純に強度が足りないんだよ」

「そっか。太い鉄骨じゃないから」

「ああ」


 地球の最新技術であれば、特殊なコンクリートを用いて高層建築にも充分耐えうる強度を持たせることもできるようだが、あいにくと俺は建築の専門家ではない。建築素材のSF理論を完璧に仕上げるまでのしばらくの間は、基礎基本に忠実になるとしよう。建物が崩れると命に関わるからな。


「だから今回は、S造――――通称、鉄骨造を採用したい。これなら構造体としての強度がかなりあるから、農業をやる上で望ましい広めの空間を取りやすいしな」


 S造だと音が響きやすいので騒音問題はあるだろうが、別に人が住むわけではないのだ。気にする必要はあるまい。


「そうと決まれば早速取り掛かっちゃおう!」

「ああ」


 柚希乃に急かされて、俺は農業ビルの鉄骨を脳内にイメージする。地震で崩れないよう、中層建築にとどめておこう。MPが足りなくなるといけないので、今日は鉄骨だけだ。外壁は明日以降だな。


「【SF】、発動!」


 地面がペカーと光り、小規模な物流倉庫くらいの構造物が眼前に現れる。骨組みしか作っていないので、さながら日本の駅前でよく見た工事現場のようだ。


「うわ、進次センパイすっご」

「いきなりビルの建築ですか?」


 百合世界から現実こちらに戻ってきた二人が、いつの間にか現れていた建設途中のビルを見て驚いている。


「今日はここまでだ。余った時間で周辺の土地の観測をして、それを基に都市計画を練ろう」

「了解だよ」

「はーい」

「わかりました」


 都市計画は大事だ。万が一洪水や地震が起こった時に、あらかじめそれを想定しているのといないのとでは被害がまったく異なってくるからな。命大事に。この方針は絶対に譲れない。


     ✳︎


「ドローンを飛ばしてみた結果だが……どうもこのあたりの土地は、大昔に巨大な河川が流れていたみたいなんだ」

「確かに、写真を見るとこの周辺だけが平野部になっていますね」


 大山脈から流れ込んだ大河川が、何万年もの時間を掛けて抉り、削り取った平野部が、今俺達がいるこの場所であるらしかった。


「そこでだ。もしかしたらの話なんだが……この旧河道と思しき場所を掘削すれば、伏流水に出会えるんじゃないか?」


 伏流水とは、簡単に言えば地下を流れる川のことだ。地上からは姿を消していたとしても、地中では未だに枯れていない川が残っている可能性がある。


「その可能性は充分あると思うな」


 そう言ってドローンから送られてきた航空写真の一部を指差す柚希乃。彼女が示した場所には、小さいながらも湖のようなものが確認できる。


「これ、何もないところにいきなり湖があるんだよね。不思議だと思わない?」

「確かに不思議だ。……しかも周辺の土地に比べて標高がかなり低い」

「旧河道ですね」


 旧河道――――かつて川が流れていた跡地。その部分の土地は、周辺よりも低いことが多い。そしてその低くなっている部分に、こうして湖ができている。

 これは、地下にまだ水脈が生き残っている可能性が高いことを示している。


「もし地下水脈が発見できれば、水資源の確保は問題なさそうですね」

「ああ、そうだな。希望が持てる話だ」


 かつて地球で四大文明が発祥した地には、いずれも雄大な大河が流れていた。人類は大河のほとりに集まって農耕を発明し、文明を発達させてきた。大河は文明を産んだ母なのだ。


「綾、アイシャ」

「はい」

「えっ、何?」


 難しい話にいまいちついてこれていなかったアイシャが弾かれたようにこちらを見る。お前、仮にも桜山高校の生徒だろうに……。曲がりなりにも進学校と呼ばれてるんだぞ。その頭でどうやって受かったんだよ!


「君らには、地下水脈の調査と、可能であれば水資源の確保をお願いしたい。必要な車両や設備は【SF】で用意するから、頼まれてくれるか?」

「もちろんだよ、進次センパイ」

「任せてください。絶対に見つけてみせます」

「助かる。水があるのとないのでは開拓の難易度が段違いだからな。よろしく頼むぞ」

「うん」

「はい」


 さあ、水の調達にはある程度の目星がついた。次は都市計画だな。





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