第32話 巨大ミミズ
「大昔に川が流れてたってことはさ。もし仮に異常気象とかでめちゃくちゃ雨が降ったら、このあたりは洪水になるってことなのかな?」
航空写真を見ながら、ふとそんなことを呟く柚希乃。……ふむ、着眼点が鋭いな。
「なるかもしれない」
今は乾燥しているからといって、これからも未来永劫乾燥したままとは限らない。もしかしたら雨季と乾季があって、たまたま今が乾季なだけかもしれないのだ。
「じゃあ住む場所は、ちょっと海抜が高めのところのほうがいいかもね」
「そうだな。標高が少し高めで、かつ平坦な土地……この辺りか?」
航空写真上の一点を指差す俺。そこには、そこそこ広めの台地が写り込んでいる。
「ここからちょっと離れてるね」
「三〜四キロくらいかな?」
写真を見ながらそういうアイシャと柚希乃。今俺達がいるのは、旧河道の付近だ。もし洪水が起これば、俺達は仲良く水の底である。
「移動するか」
「ビルはどうするの?」
「それはそのままでいいだろう。別に今すぐ洪水が起こるってわけじゃない。洪水が起こったとして、ビルの建っているところまで氾濫するとも限らない。万が一に備えて住む場所は高いところにあったほうがいいってだけだからな」
それに旧河道の近くであれば、農業用の水の確保も楽だろう。むしろ農業ビルの立地はこの場所が最適解だ。もっとも、地盤が軟弱だった場合に備えて地盤改良工事は施さないといけないだろうが。
「じゃあ、明日からは居住地の開発と農業ビルの建設で行ったり来たりだね」
「面倒だが、仕方ないな。まあバイクならそこまで遠い距離でもないし、そこまで負担にはならんだろ」
そうこう話している内に、もうすっかり昼である。だいぶお腹が減っていることに気が付いた。
「食事にしようか」
「そうだね」
皆、夢中になって都市計画について話し込んでいたが、頭を使えば当然腹も減る。優雅にランチタイムといこう。
✳︎
「ん……?」
食事を終え、食後のお茶で一服している時のことだった。机に置いたティーカップに波紋が現れたことで、俺達は僅かな地面の揺れを感知する。
「揺れてる?」
アイシャを除く三人は日本での生活経験が長いので「ああ、いつものことか」で済むが、アイシャだけはそうもいかないようだ。
「やば、世界の終わりじゃん!」
「そんな簡単に世界は終わらないんだよ、アイシャちゃん」
青褪めたアイシャを柚希乃が宥めている。綾が安心させるようにそっとアイシャの手を握っているのが見えた。ふーん、尊いじゃん?
「揺れが大きくなってきたな。何かが起こるかもしれない。警戒しておこう」
まだ揺れがそこまで大きくない今のうちに、早急に後片付けを済ませる俺達。異世界にはツイッターが無いので、呟く時間を片付けに充てられるわけだ。ツイ廃、ネット断ちに大成功である。
「かなり大きいぞ! いったい何なんだ?」
震度五弱はあるだろうか。オンボロの木造建築くらいなら崩れてもおかしくない揺れだ。アイシャが涙目で綾に抱き着いている。
「うわぁあああ、やばい、これ絶対やばいって! 委員長〜!」
「大丈夫ですよ、アイシャちゃん。わたしがついてますから」
「いいんぢょ〜!」
非常事態であるにもかかわらず、尊さが深い。おかげで妙に冷静になれた俺である。
「進次。わ、私もちょっと怖いかな〜、なんて……」
「手でも繋ぐか?」
柚希乃がそんなことを言ってきたのでそう提案すると、彼女は何故か慌ててから大きく何度も頷いた。
「あ、あわわ、う、うん!」
ぎゅっ、と握られる柚希乃の小さい手。別にあんまり震えてはいない。……柚希乃の奴、本当に怖がってるのか?
「うへへ」
「どうした。気でも触れたか?」
「なんでもないよぉ〜」
よくわからん柚希乃である。
「あっ、なんか来るかも」
「何?」
と、いきなり柚希乃がそんなことを言って手を離し、対物レールガンを構えた。【
俺も念のため拳銃と単分子ソードを装備する。
「綾、小銃を用意しろ。アイシャ、怖いだろうがバイクのエンジンをかけておけ」
「はい」
「う、うん」
俺も綾にバイクを出してもらって、柚希乃を後ろに乗せる。コンテナハウスを載せたトレーラーは、綾の【蔵屋敷】に仕舞ってもらった。しかし綾の【蔵屋敷】も随分と容量が増えたな。コンテナに加えてトレーラーまで入るとは。
「来るよ!」
柚希乃がそう叫んだ瞬間、前方数十メートルの地面から全長一〇メートルはありそうな巨大ミミズが飛び出してきた。
「げえっ、キモ!」
柚希乃が女の子にあるまじき汚い悲鳴を上げている。そのまま条件反射で対物レールガンをブッ放すと、巨大ミミズは紫色の汁を撒き散らして倒れていった。
「きゃああああっ!」
「委員長、こういうの苦手?」
「無理無理無理、絶対に無理ですぅううう!」
絶叫を上げて頭を振りまくる綾。逆にアイシャは平気なようだ。さっきとは立場が逆転したな。この世の終わりと思っていた揺れの原因があっさり倒されたから、安心したんだろうか?
「なんだよ、あれ」
「わかんない。異世界の魔物的な?」
魔物とな。そういえばここに来るまでに散々俺達を襲ってきた狼達も、よく思い返してみれば目が四つとかあったような気がする。確かに普通の動物とはかけ離れた容姿だ。あれも魔物だったのか……。
「しかし、参ったな」
「どしてよ」
「あいつら地面の中から出てきた。つまり、普通に家やビルを建てたんじゃ、床を突き破ってくる可能性が高い」
「うわー、マジか。寝てる時にあれに起こされるのだけは勘弁願いたいんだけど……」
「あれの対策も考えないといけないのか……」
どうやら、この新天地は想像以上に過酷な土地であったようである。まったく、どうなることやら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます