第26話 柚希乃の涙

 夕食を終えた後の時間。柚希乃がシャワーを浴びているので、俺は部屋の中で一人、腕を組んで考える。この世界はいったいどのような形をしているのだろうか。

 地球と同じく丸い星なのか? それとも物理法則の通じないファンタジーな平面世界なのか? 海は存在するのか? したとして、それはどのくらい広いのか? ……そして何より、俺達が求める新天地は存在するのか?

 答えは出ない。考えたところでわかるわけがない。ならば行動あるのみだ。実際に調べてみるしかないのだ。


 この世界に来てから、体重や物の重さに違和感を覚えたことは一度もない。つまりこの世界にも俺の知る物理法則がきちんと適用されるのであれば、ここは地球とほぼ同サイズの惑星であると考えるべきだ。

 もしここが地球と同じ大きさの惑星であるならば、だ。仮に富士山と同じ高さから見渡せば、二三〇キロと少し先までを見ることができる筈である。エベレストと同じ高さなら三五〇キロちょい、飛行機の飛ぶおおよその限界高度である上空一万メートルから見れば、実に四〇〇キロほどが見渡せるわけだ。

 高度一万メートルを飛行可能なドローンを作り、それを使って探索活動を続ければ、俺達が移住可能な新天地を見つけられる可能性はかなり高い。


「俺が作るべきは、高画質のカメラを積んだ、高高度で長時間探索活動の可能な最新鋭ドローンだ」


 ドローンであれば、複雑な科学理論の設定は必要ない。動力源には航空機によく使われる星型のレシプロエンジンを積んでやればいい。燃料はオクタン価の高いガソリンでいいだろう。高画質のカメラも、スマホに付いているデジカメと同じ理屈を適用してやれば大丈夫だ。強力な電波を発生させる無線装置を搭載して、撮れた写真をスマホに転送することができればなお良い。


「操縦はラジコンと同じ原理で、スマホを使って遠隔で行う。無線装置の子機をドローンに搭載して、親機を地上に据え置いておけば電力不足の問題も起こらないだろう……」


 ようは自分さえ納得させることができれば、それで【SF】は発動するのだ。ただし、荒唐無稽が過ぎては異能は発動しない。ただの妄想では駄目だ。俺の脳内宇宙を貫く物理法則が納得しなくてはならない。


「高度を上げた際に発生する機体凍結への対策や、電離層の反射による電波の送受信障害は――――エアポケットのような乱気流に遭遇した際の姿勢制御は――――自動制御AIを積むのは現実的ではない、スマホとの連携を基本原則とする方針でいこう――――」


 詳細に、綿密に科学設定を煮詰めていく俺。時間を忘れ、つい夢中になってしまう。


「――――よし、これならいける。消費MPは……ギリギリ足りるか? まあ今はもう夜だし、安全なコンテナハウスの中だ。MPが枯渇しても問題はないだろう」


 偵察ドローンの科学設定を紙に書き出してまとめ上げた俺は、床に広げた大量の紙束を凝視しながら具体的なイメージを脳内に展開する。

 サイズはこの部屋よりも若干小さいくらい。パーツ毎に分解して持ち運びしやすい状態にしよう。航続距離は約一〇〇〇キロだ。片道五〇〇キロ+観測限界の四〇〇キロで、合計九〇〇キロ先まで観測することができる。


「――――【SF】、発動!」


 次の瞬間、目を開けていられないほどの閃光が部屋に満ちる。と同時に猛烈な立ち眩みが俺を襲った。


「ぁ――――」


 立っていられなくなり、そのまま地面に倒れ込む。頭から崩れ落ちたので結構大きな衝撃を感じたが、眩暈めまいのせいで痛みはまったく感じない。勝手に瞼が閉じてゆく。


「――っ。――んじ――!」


 薄れゆく意識の中で、部屋の扉が空いて誰かが駆け込んでくるのが見えた。人影が俺のもとに近寄ってきて、何やら語り掛けてきている。


「…………」


 だが俺は何も言葉を返せないまま、意識を失ったのだった。


     ✳︎


「んじ――――進次っ。……進次!」

「ん……柚希乃?」

「進次!」


 気がつくと、目の前に柚希乃の顔があった。俺が返事をしたのを認めると、柚希乃はガバッと俺に覆い被さってきつく抱き締めてくる。


「……むぐ、ゆ、柚希乃? 苦しいからもう少し優しくだな」

「進次のバカ!」

「何?」


 俺を解放した柚希乃がいきなり俺を罵倒してくるので何かと思ったら、なんと彼女は泣いていた。


「柚希乃? 泣いてるのか」

「バカ、バカ。なんで気絶するくらい一人で無理しちゃうんだよ……っ。進次に何かあったらどうするのさ……!」

「無理なんて……っ」


 そう言いかけて、頭が少し痛いことに気づいた。軽く触れてみると、少し膨らんで熱を帯びている。どうやらさっき倒れた時にぶつけたところがたんこぶになっているみたいだ。


「私達は一人じゃないんだよ。誰かが無理しないでもいいように、仲間をやってるんだよ」

「……柚希乃」

「ゆっきーセンパイの言う通りだよ。確かに進次センパイは凄いと思う。でも、あたし思うんだ。なんでもできちゃうからこそ、一人で無理しちゃって最後は結局ダメになっちゃうのかもしれないって」

「わたし達は進次先輩の力になれるって思っています。この一週間、一緒に生活してきてそう言い切れる自信があります。だから先輩、そんなに柚希乃先輩を悲しませないであげてください」


 柚希乃だけでなく後輩達も部屋にいたようで、二人からお叱りの言葉を受ける。

 と、そこで柚希乃が何の服も着ていないことに気がついた。タオルすら巻いていない。完全なるヌード、素っ裸だ。


「ゆ、柚希乃!?」


 よく見たら髪や身体が濡れている。……そういえばさっきまでシャワーを浴びていたが……そうか。俺が倒れる音を聞いて、裸のまま、それもびしょ濡れの状態で駆けつけてきてくれたのか。


「あんまり心配させんなよ、バカ進次……」

「……悪い」

「次から無理は絶対にしないでよ。約束だからね」

「ああ。約束するよ」


 柚希乃との付き合いもかれこれ五年になるが、ここまで焦った様子の彼女を見るのはこれが初めてだ。そんなになるまで心配させてしまったことは、心の底からしっかりと反省しなければなるまい。


「あっ、あと私の裸を見た埋め合わせはいつかしてもらうからね!」

「あっ、す、すまん!」


 つい真剣な空気に呑まれて流してしまっていたが…………最後にふっと笑っていつもの雰囲気に戻った柚希乃の笑顔に安心したら、先ほどから視界を埋め尽くしていた肌色が急に意識に再浮上して、脳内をジャックしてきた。しかも今度は前回と違って至近距離での超高画質バージョンだ。


「進次センパイ……せっかく真剣モードだったのに……」

「女の子にここまでさせたんだから、責任取らなきゃ駄目ですよ。進次先輩」


 後輩達のなかなか手厳しい突っ込みが、グサグサと胸に刺さる俺であった。反省。




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