第21話 二人の『恩寵』と名前呼び騒動
「それで、今後についてなんだが……」
俺がそう切り出すと、大島さんと新堂さんは弾かれたようにバッと姿勢を正して物凄い形相でこちらを注視してきた。
「二人とも、仲間になるつもりはないか?」
「なる! なります!」
「わたし達も連れて行ってください!」
見事な反応の一致っぷりだ。まあ無理もない。つい今しがた命の危機を感じたばかりなのだ。狼共を難なく倒した俺達についていきたいと考えるのは、生存戦略を考える上では悩む余地もない話だろう。
「そもそも俺達が君らを助けたのは、仲間にする意思があったからだ。即戦力になるとは
もちろん永久にただ飯ぐらいでは困るが。仮にまったく使い道のない雑魚『恩寵』だったとしても、徐々にSF製武器の扱いに慣れてくれればそれなりに戦力にはなるだろう。よっぽど性格に難があるか、足を引っ張るかしない限りは連れていかない理由はない。
「あ、ありがと! えっと……」
「進次でいい」
「進次センパイとゆっきーセンパイは命の恩人だよ!」
「進次先輩、柚希乃先輩。ありがとうございます……! 本当、なんて感謝したら良いか……」
「ねえ進次! 私ゆっきーだって! なんか可愛いかも」
相好を崩して喜ぶ叶森。お前が一番可愛い、とは言わないでおく。
「叶森。二人とも恩を仇で返すような人ではなさそうだし、とりあえず連れていくってことでいいよな?」
「もちのろんだよ。それにここで見捨てたら、なんか自分が嫌いになっちゃいそう」
そう言って笑う叶森。俺はそんな彼女の肩をポンと軽く叩くと、今後の方針を決めるために後輩二人に向かって質問を開始した。
「二人の『恩寵』について訊ねたい。君らは追放されているという事実からもわかるように、ルシオン王国ではあまり一般的ではない『恩寵』を持っているんだろう。だが俺達の『恩寵』は使い道によっては相当化ける可能性を秘めていた。二人はどうだ? 何の『恩寵』を持っている?」
「これは事実を確認したいだけだから、気にしないで教えてね。もしあまり使い勝手が良いものじゃなくても、見捨てたりはしないから」
緊張した面持ちの二人ではあったが、叶森の補足があったことでぽつぽつと語り出してくれた。
「あたしは【操縦】って『恩寵』……。どんな効果があるのかは、王国の記録にはなかったって」
「わたしは……【蔵屋敷】です」
なるほどな。名前だけしか教えてくれないポンコツ鑑定マシンなら、その二つは確かに無能判定されても仕方がないだろう。
「二人とも気付いているとは思うが、この『恩寵』とやらは、本人の性格や資質なんかに深く関わりのあるものが発現するみたいなんだ。そこからだいたいの効果の予想は立てられると思う。何か心当たりはないか?」
「あの、あたし実家がトラックの運送業者やってて。家によく海外のでっかいコンテナを積んだトラックとかが来てたんだけどさ。小さい頃からたまに運転席に乗せてもらったりしてたんだよね。もちろん運転まではしてないんだけど……もしかして、そういうことなのかな?」
「わたしは実家が古くから続く蔵屋敷なんです。今は物置小屋になってますけど、小さい頃はよく蔵で遊んでいました」
そう答える二人。やはり俺の仮説は正しかったようだ。
「効果の検証は?」
「あたしはまだしてないよ」
そりゃそうだろう。操縦する乗り物がなければ、検証のしようもあるまい。
「わたしは少しだけですけど、試してみました」
「どんな効果が?」
「名前からも予想できるように、収納系の能力でした。まだ中にどれだけの物が入るかはわからないんですけど、少なくとも金貨五枚で買える分の食料はすべて入りました」
なんと、二人は既に金貨を食料に交換済みだったらしい。
「どこで食料を?」
「わたし達を追放した兵士さんが少し良い人で、多少はぼったくられたような気もするんですけど、金貨五枚と引き換えに当面の保存食を融通してもらったんです」
そう言って地面に保存食の山を異空間から取り出して見せてくれる新堂さん。なるほど、確かに相当な量だな。軽トラの荷台いっぱいに積み込めるくらいはあるかもしれない。
「こんなに買って、腐らないか?」
「どうも【蔵屋敷】の中だと食料限定ですけど劣化の進行が著しく低下するみたいで。食品を扱っていた江戸時代の名残りでしょうか……?」
なるほど。つまり効果範囲に制限はあるが、時間停止に限りなく近い効果があるわけだな。
「金貨の価値がだいたいわかったな」
「そうだね。これだけあれば、二人なら数ヶ月はもつんじゃない?」
女の子だけとはいえ、二人の人間が数ヶ月間は生きていけるだけの食料を手に入れられるだけの金額か。となると、相当足下を見られていたと仮定しても、金貨一枚にはだいたい一〇万円くらいの価値があると見てよいのか?
「三〇万で追放とは、また随分とケチな国だな」
「さっさとこの国から出るって決めて正解だったね」
こちらの意思を完全に無視して拉致した挙句に三〇万で追放か……。うーん、これだけで将来的に強くなったら攻め滅ぼすには充分過ぎる理由なような……。
「まあ、先のことはまた今度考えればいいか」
もしこの先考えが変わって、ルシオン王国を滅ぼす気になれば滅ぼせばいい。「無視する」という現状の方針は、別に絶対のものではないのだ。
「しかし新堂さんの……」
「綾でいいですよ」
「あ、あたしもアイシャでいいよ」
「そうか。ではそう呼ばせてもらうとしよう。……綾の【蔵屋敷】は相当に使える『恩寵』だな。俺の【SF】とも相性が良い」
「進次先輩の『恩寵』は【SF】っていうんですか?」
「ちょっと待て進次ィー!」
「なんだよ、叶森」
そこで黙って話を聞いていた叶森が突っ掛かってくる。今割と真面目な話をしているんだが……何か重要なことに気が付いたのか?
「今、綾ちゃんのこと綾って名前で呼んだ!」
「呼んだな」
だって、名前で呼んでいいと言われたから……。
「私、この五年間ずっと苗字呼びなんだけど⁉︎」
「……最初に苗字で呼んでたからな」
俺達が中学一年生の頃は、男女関係なく苗字で呼び捨てするのが普通だった。世代や学校によって名前呼びだったり苗字呼びだったり、常識が異なるのが面白いよな。
「私達、自分で言うのもあれだけど結構仲良いよね⁉︎」
「ああ」
面と向かって言うのは恥ずかしいので言わないが、俺が人生を通して一番親しくしているのが、この叶森柚希乃という女だ。
……というか他に友人と呼べる人間なんてほぼいない。いても学年の変わり目にクラスが離れると、そのまま自然と疎遠になっていくような奴ばかりだ。なんか言ってて悲しくなってきたな……。
「そろそろ私も名前で呼んでほしいなって思うんだけどな〜!!」
「うっ、しかしだな、叶「柚・希・乃!」…………わかったよ。……柚希乃。これでいいか?」
「うん。…………えへ、なんかこれ、思ったより結構恥ずかしいね」
「だから言ったじゃないか」
大事な話をしていたのに、叶――――柚希乃のせいですっかり話が逸れてしまった。
「悪いな。うちの柚希乃が」
「あ、いえ」
「別にあたし達は全然いいんだけど……」
妙に含みを持たせる後輩達。やがて綾がおずおずと訊ねてくる。
「お二人は、その……」
次いで、アイシャがその発言を引き継いだ。
「付き合ってんの?」
「「ぶほっ!!」」
げっほげほ、がほっ。空気が喉に詰まって思わずむせてしまった。
「つつつつ、付き合ってはいない! いや、まあ確かに付き合い自体は長いわけだが」
「そ、そう! まだ付き合ってないから! ね⁉︎ 進次」
「あ、ああ……そうだな。まだ付き合って……」
……まだ?
「ふ〜ん……」
「なるほど、よくわかりました」
なんか、よくわかられてしまった俺達である。二人の意味深な笑みが実に憎たらしい。
「…………」
柚希乃のほうをチラリと見てみれば、同じくこちらをチラ見してきていた彼女と目が合った。
「!」
慌てて他所を向く柚希乃。なんだか耳が赤い。
「照れてんのか? 耳が陽電子ビームみたいな色になってるぞ」
「あほ! このSFオタク!」
お前もじゃないか、とは言わないでおく。なにしろSFオタク度合いは、間違いなく俺のほうが重度だろうからな。
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