笑われたい道化見習い

仲仁へび(旧:離久)

第1話





 隣国ではお笑いというものが流行っているらしい。

 俺はその話を聞いて、この近くにいるらしい人物……人々の間で噂されている道化に会いにいった。





 この国のお姫様は笑った事がない。

 仮面の様な無表情を固定、その顔をいつでも保っている。


 若くして国交の仕事に精を出し、両親の手助けをしているが、どんなに面白い話を聞いても、ぴくりとも表情を動かさない。

 それどころか、くすりと笑い声も口にしないらしい。


 それは日常でも同じだった。


 だからみんな不思議がっていた。


 どうして、お姫様は笑わないんだろうと。


 トラウマがあったり、悲しい過去が在ったりするわけでもないのに。






 笑わないお姫様に疑問を抱くのは、その姫様のお世話係をしている俺も同じだった。


 色々な世話をしているけれど、姫様が笑っているところは見た事がない。


 気になった俺は、ついつい聞いてしまったのだ。


 お姫様にどうして「笑わないんですか」と。


 冷静に考えたら、かなり危ない質問だったと思う。


 人には分からないトラウマなどがあったら、無神経だし。

 単純に不敬な気がする。


 よくお姫様に怒られなかったな、と思った。


 それで、肝心の答えだけど。


 お姫様は何も言ってはくれなかった。


 当然だろう、お姫様の家族や、他のお世話係も知らない事なのだから。


 ただのお世話係である自分に教えてくれるわけがない。


 俺は、気になっていたものの、それ以上理由を聞こうとは思わなかった。






 笑わない理由を疑問にすら思わなくなった頃、その理由は判明した。


 数年たって、仲良くなった頃だ。


 やんごとなき人。


 とくに人々のてっぺんに立つ存在は、みだりに心を動かしてはいけない。


 お姫様は、最初の仕事を行う日に、両親からそう言われていたらしい。


 だから、お姫様はそれを信じて、感情を表に出さないようにしてきた。


 他国と交渉する時、話し合いをする時に、自分の感情を表に出す事は相手に情報を一つ与える事。


 だから、常に仮面をつけて、過ごしていたらしい。


 けれど、お姫様は不器用だったから、他の人が苦も無く外せる仮面を外せなくなってしまったらしい。


 それで、日常で笑えなくなってしまったのだという。


 泣く事も、怒る事もできないけれど、お姫様はなにより笑えない事が辛いらしい。


 自分が楽しいと思っていることを伝えられないのが、嫌らしい。


 だから俺は、お姫様の仮面を外すために、その日から色々な事をした。


 楽しい話や、面白い話を仕入れては、お姫様に話しかけた。


 失礼かもしれないけど、時にはちょっとくすぐったりもした。


 けれど、お姫様は笑えない。


 ずっと、仮面をつけたまま。


 一生このままなのではないかとお姫様は不安になっていた。


 無表情なのに、ずっと一緒にいた俺には分かる。


 お姫様は悲しんでいる、嘆いているのだと。






 だから俺は、偶然国の近くに訪れた道化に弟子入りする事にした。


 その道化は、お笑いが流行している国の道化だ。


 だから、師事すればお姫様の力になれると思ったの。


 その日から、誰かを笑顔にする方法をたくさん学んで、いっぱい練習した。


 そして、免許皆伝になった頃に、お城に戻ってお姫様の前に立った。


 俺は緊張しながらたくさんの芸を行った。


 けれどそれでもお姫様が笑う事はなかった。


 滑稽すぎて笑えないと言われた。


 わざとらしすぎて、笑う事が出来ないと。


 おそらくへたなんだろう。


 俺はかなりへこんだ。





 お姫様を笑顔にしたい。

 

 その一心で、それからも道化の修行を頑張ったけれど、その努力はなかなか実らなかった。


 俺達が当たり前にできる事が、そんなにも誰かにとって難しい事だなんて思わなかった。



 



 けれど、転機はおとずれた。


 その時、お姫様が笑っているように見えたのだ。


 日常の何気ない動作。


 頭上から、俺の頭の上にただ鳩の分がおちてきただけだ。


 その時は、おろしたての新しい服を着ていたから、だいぶあわてまくってしまった。


 二人きりで、いて。


 周りに誰もいない時。


 その時、お姫様がかすかに笑ったような気がした。


 それを見て俺は思った。


 笑わせる方法が大切なんじゃない。


 お姫様が安心して、感情を表に出せる環境が大切なのだと。


 だから、俺は笑わせる事を学ぶのをやめて、お姫様に寄り添う事にした。


 お姫様が、心から安心してくれる場所を作るために。





 数年後。

 俺はお姫様の外交の仕事で、一緒に隣国へ向かった。


 仕事が終わった後に、二人でおしのびの外出にでる。

 

 変装しているから、だれもお姫様の身分は知らない。


 お笑い文化に溢れる国の中は、誰もが明るい笑顔をふりまいていた。


 その国のなかで、笑顔を見せる一人の女性。


 お姫様は笑う事ができるようになっていた。


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笑われたい道化見習い 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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