木刀高校生ではない

@candy13on

木刀高校生ではない

『序章的な』

 当時、こんな感じで……ございました。


「ちょっと! あんた! イケメンでしょっ! だったら何とかしなさいよっ!」


「イケメンのくせに、そんなこともできないの? ありえないっ!」


「イケメンなのに、どうしてその程度なの?」


「イケメンでも、そういう例外は許されないの。別に、あんたに『死ねばいい』なんてことは言わないわ。でも、そのツラノカワ、はぎとって捨ててくれないかしら?」


「そうよ! イケメンなら何でもオッケ~♪ ギャップもオッケ~♪ って限度ってものがあるの。ゲ・ン・ド、ねぇ? あたしの言ってる日本語、わかる? わかってる?」


「あんたさぁ、『残念なイケメン』って言葉に甘えてんじゃないわよ。自惚れと甘えは違うのよ? 勘違いも甚だしいったら、ありゃしない!」


「いいわよねぇ、あなた、イケメンで。ちやほやされちゃってさぁ。ちやほやされてんだから、ちやほやのホヤくらい、世の中に還元しなさいよっ! それができない、やりたくないっていうなら、この国から……いや、この世界から出てってよ! 転生でも何でもさせてあげるから、あたしらの前から消滅してくんない?」


「イケメンでしょ? だったら、正解も不正解もないの。何とかするんじゃないの、何とかなるものでしょ? だって、イケメンなんだから! 何とかなるに決まってるじゃない? え? 何? どうにもならないの? それ可笑しいわ、間違ってるわ。お前さんはイケメンだよ? とっとと、さっさと、ちゃっちゃと、何とかしてください!」


まぁ、なんていいますか。そーゆーふーな閉ざされた世界でのお話なんでござます。えぇ、えぇ、狭い世界でのお話なんでして。

申し遅れました。ワタクシ、黒い球体と申します。

えぇと、特に名前というか、固有名詞がないものでして。形状といいますか、どんな物体であるか、その点からの自己紹介のような、なんていうか、その、アレなんですけれども。

あー、そうですね。クロちゃんとかタマちゃんとか呼ばれる場合もあったりしちゃったりするんですけどね。

 近頃は、あまり呼ばれない。といいますか、呼ばれるような機会が無いんでございます。

 無かったんですねぇー、ほんと。かれこれ、二十年くらい、呼ばれもしなかった。

 まぁ、そんな話はいぃんです。前置が長くなりなした、そろそろ本題? 本編? その、アレですね、えぇ、アレですとも。

 木刀高校生、京介くんの話なんでございます。

 文字通り、京介くんの学生時代の話なんでして。

通っておりました学校なんですが。吉祥寺だったか、国分寺だったか、そっち方角の私立。やけに男子生徒が多い学園だったとか。

 京介くんが登校しておりました学舎よりも、やはり気になるところは。えぇ、えぇ、左様で……木刀高校生、木刀でございますね。

 いや、実際、木刀を持ち歩いてたわけじゃありません。むしろ、木刀じゃなかったんですな。京介くんは『狗尾草』だったのでございます。エノコログサといえば、そうなんでござます。猫じゃらし。

 それが、何をどうして、どうなったのか、木刀となりまして。木刀高校生というジャンルにまで発展してしまった、奇想天外な物語。いやぁ、果たして奇想天外かどうか、あたしゃわかりません。

 実際、しょうもない話と個人的には感じておる次第ではありますが。って、人外なんて個オバケ的に感じておる次第でございます。

 さて……神田明神のあたりから湯島天神へ向かいます路線筋、乗換ルート検索する手間ってのは、いつの時代も変わらないんでございます。

 いやいや、神田明神も湯島天神も、この話とは関係ないんでございます。

 今はどうかわかりゃしませんが、京介くんが学生時代の頃といいますと、出たんでございます。局地的で、日時も限定されておりますが……出たんでござます。

 妖怪が『なんかようかい?』という具合に。

 いやいやいや、失礼しました。いくらくだらないとはいえ、言っておかなければならないのが、こちらの都合でございまして。あいすいません。ご容赦くだされ。

 えぇーと、その、妖怪。

 スマホなんぞで乗換ルート関連、しゃっ、しゅっ、しょぉ! と画面をタップしますと、あとは皆様御存じ御承知の通り、リザルト表示でございます。

 大変、便利なものでございます。

 大変っ! 便利なものでございますから。多くの方々が御利用になられる。あれば便利、無ければ不便。

 あんなカマボコの板っきれサイズで、いろいろなニーズを満たしてしまうんでございます。

 そういった便利なものでございます。誰もが使いたがる、欲しがる。当然でございます。

 誰もが……そうなんでございます。

 お馴染みの方々も。御多分に漏れず漏れなく、ご興味をお持ちになったんでございます。



『妖怪』

 おぅ、おぅ、みんな集まってんのかい?

 あー、もうちょっと、こっちに寄りな。寄りな。

って、おい、寄り目にする必要はないんだよ。

 なんだい、目が三つあるから、寄り目にしたつもりはありません。これはフォーカスです、だと?

 何わけわかんねぇこと言ってんだ。

 なぁ? もうすぐ御月さまもいい感じになるよ?

ここらでひとつ、百鬼夜行と行こうじゃねぇか。

なぁ!?

 だから、こうして集まってもらったって寸法よ。

ここんとこ、すったもんだのすっとことどっこいのすもももももももものうちってわけだったろ?

 こりゃ、ここいらで一発、どーんとかましてやろうじゃねぇか?

 って、おいおいおいっ! なんで帰ろうとしてんだ、お前らっ! お、お前ら、それでも妖怪か! オバケかっ!?

 ったく、情けねぇなぁ。

 いいか、よく聞け。

 出る場所なんか、いくらでもあるんだよ。あとはお前らのやる気、っていうか妖気次第だ。

 陽気じゃねぇよ。容器も違わぁっ。

 スマホの世の中だ。

 画面の向こう側へ行くんだよ。

 某シネマの某女優がやってんだ、こちとら、不可能ってわけでもねぇだろ?

 それにな、世の中、リサイクルだ。

 それは、つまり……そうだ! 数多の近代機械文明系付喪神がレアメタルとともにスマホに組み込まれ、その日を夢を観ながら待ち至りってわけだよ。

どうでぇ! グーグ〇のお姉も出ねぇだろ?

 何? それを言うなら『グウノネ』だと?

 いいんだよ、そんな細けぇこたぁっ!

 なぁ、お前ら。数年前はちょっとしたハヤリでもって、妖怪様が注目されてたじゃねぇか。なのに、これといってとくに何もできなかっただろ!

 確かに、あっちこっちの廃墟は取り壊されちゃったり、進入禁止になったりしたよ。リフォームで古い家も新品ピカピカになっちまったよ。

 寺社ブームとか城ブームとかあったけど、観光地どっかんどっかん、オモムキもワビサビもありゃしねぇ。中国人や南蛮人ばっかりで、日本語が通じねぇから、やりようがなかったなぁ!

 夜道も明るくなっちまったし、あちこちコンビニあるし、おまけに都市伝説? なんなの、平成末期の昭和復古のつもりなのかい? 赤いマント着てりゃいいってもんじゃないよ、鏡が紫だからって、何がどうだってんだ? あと、トイレの、あの小娘。雪隠だろうがっ! しかも夜の学校って、どういうことだよっ! 真夜中、何しに行くんだよっ!

 赤いちゃんちゃんこ、着せてやろうかぁっ!

 あぁ、いや、すまんすまん。つい熱くなっちまったよ。総大将がヌラリヒョンだなんて、誰が決めたんだぃ?

 あんなもん、痴呆症の老人がどっかの店の軒先に来て茶をすすってただけだっての! それが元ネタだろうが!

 なぁっ!?

 ここらでひとつ、我々の本気ってのを、停滞しきった世の中にぶちかましてやろうじゃねぇか?

 え?

 どうしてそんなにイキイキしてるんですかって?

 そりゃ当然だ。いいか、人間様が狂ったように毎日いじり続けてるスマホ、その先の世界、そう、ネットだ。

 そこは『言霊』にあふれてる。圧倒的に、妬み、恨み、悩み、負の感情がたっぷり、どっぷり、がっぷりだ。

 そいつが、動力源だ。

 尽きることも果てることも無くなることもない。無尽蔵の燃料だ。

 例えば!

 実際に、アカナメさん具現化してバスルームでぺろぺろする必要はないんだよ。ちょいと、人間様を驚かしてやりゃいいだけなんだ。

 そして、思い知らせてやるんだ。

 妖怪ってのが何なのか。

 この平成が終わる前にっ!


 というわけでして。いやはや物騒な企画があったもんでございます。わたくしども黒い球体といたしまして、こういった事柄は傍観するしかないんですな。

 報告の義務はございます。一応、監視業務ですから。然るべき部署へ報告するんでございます。お役所仕事と揶揄される立場でありますが、なかなか一筋縄ではいかないんでございます。

 たいていは、その、アレですな。あたくしのような者の報告書なんてものは、山のような書類に紛れ込みまして、まぁ無視されてしまう……いやはや、もっと厳しい案件も発生するんでございます。後回しにされても仕方ない。

 そういうもんでございます。

 正直、これくらいの騒ぎでしたら、ほっといても大事に至らないんでございます。

 もっとも、万が一という懸念といいますか、杞憂といいますか、何といいますか。この件ばかりは妙な胸騒ぎがいたしましてね。

 緊急を要する場合、現場に一任、なんて例外もございます。独自判断の権限も幾許かございます。たいしたこと、できませんが。

 まぁ、初めてってわけでもないんでございます。

 何十年かぶりに、わたくしも、ちょっと遊んでみたくなってしまったんでございます。ここだけの話です、他言は無用で、ひとつ、お願いいたします。

 そんなわけで。

 最後に現世へと具現化いたしましたのは、京介くんの御爺様が御健在の頃。昭和の五十年代だったか、その頃でございます。

 とはいったものの、その頃は京介くんは存在しておりません。

 初対面、いやはや緊張いたしました--。



『京介』

 ?

 なんで、こんなところにボーリングの球があるんだ? あからさまに怪しいだろ、これ。いいや、無視しよう。今日も無視しよう。

 確かに、ガキの頃から、人には見えないものが見えたり、気配を感じたりしたよ。そういったものに関わるとロクなことがない。

 こないだっから、この黒い球、あるんだよな。

 リビングで見たよ、学校でも見たよ。さわりたくもないし、近寄りたくもない。こ

 無視だ、無視しよう。危害を加えてきたら、対応しよう。

 でもなぁ。せめて何か自己主張しろよな。

 怪異や物怪の類だったらさ、何かやれよ。

 うちの猫だけじゃねぇか、俺と同じ、じーっと見てたりすんの。

 ほら、パスカル、やめとけ。このパカ!

 やめろっつってんだろ!

 パカちゃん、やめなさいって。臭いをかがないのっ、近寄らないの。自分は黒猫じゃないからって、黒い部分が無駄に広い白黒ブチだからって。黒いものに興味持つんじゃないよ。

 もう困った猫だな。パスカルって名前がいけねぇのかな。だっこしてやるよ、仕方ねぇな、ほんと。

「にゃあ」

 って、なんだよ、パスカル。

 変な鳴き声だな。

「うーん」

 って、なんだよ、パスカル。

 変な唸り声だな。

「埒が明かないから、このままいくしかないか」

 って、なんだよ、パスカル。

 いきなり日本語しゃべって。

 あっ、痛ぇっ!

 急に飛んでくなよ。

 って、何を驚いてんだ、この猫。

「お、驚くのはあんたのほうでしょぉ?」

 猫がしゃべったくらいで俺は驚かないよ。

「えぇっ!? 平成のイケメンって、そういうものなの? 聞いてたのとぜんぜん違う!」

 どこで何を聞いてきたんだ、この猫。

 いいから、いいから、もう外へ行って、遊んでこいよ。

「って、ちょっと、ちょっと待って! せめて、あたくしの話を聞いておくんなさいよ!」

 やだね。

「そんな殺生な……」

 この家に置いて、飯は食わせてやる。だが、金輪際、しゃべるな。

「いや、ちょっと、この界隈の危機が迫ってるんですよっ! 町内どころか、駅前が危ないんですってば!」

 スケールが小さい話だな。

 爺さんのときは、もっと派手にやらかしてたって聞いたぞ。親父も、爺さんほどじゃないけど、ドンパチやってたらしいけどな。

 この界隈? 町内? 駅前?

 じゃあ、他をあたってくれよ。俺、来週の追試とかあってさぁ……。

「いやいやいや、そんなことおっしゃらず! 京介くん、君だけが頼り、頼みのツナ缶なんだ」

 ツナ缶?

「つ、つな! ロープ、ロープ!」

 お前、面白いな。

 これ、嫌いじゃないよ。

 これでお笑い、イケるかなぁ。

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんですよ、ホント、マジデヤヴァーィ」

 弱いな。イマイチ、ウケないよ、それ。

「ウケ狙ってるわけじゃなーぃっ!」

 あー、ちょっと待って。

 メッセ、来たわ。

 なんだ、スパムか。最近多いわ、御友達登録せまってくるガイジン。どっから情報が漏れてんだろか。迷惑だな。

 そう思わないか、パスカル?

「……奴等だ」

 業者だよ、こんなの。釣りだよ。詐欺だよ。

「いいや、違います。違うんです。それは妖怪の仕業なんですっ!」

 お前、もう出てけ。

 強制的に出すことに決めた。

 って、意外と俊敏だな! 避妊手術してブクブク太っちまったくせに、猫みてぇに軽やかだなっ!

「猫ですからっ!」


 とまぁ、そのときでした。えぇ、現世へ具現化し、猫に憑依したわたくしの意識と京介くんの生まれ持った才覚のオーバーナントカ現象によって、エナジーを得たのでしょう。

 京介くんのスマホから、実体化したんでございます。妖怪が。



『人間以上:妖怪未満』

 ひゃっはー!

 いや、マジで出てきちゃったよ、オレ。

 うわ、すげぇ、やべぇ、マジパネェべ、これ。

 エグッ、マジエグッ、っつーか、ヤバクね?

 うわぁ、ちょっと。ここらに鏡ないすか?

 洗面所、どっちすか?

「誰だ、お前?」

 あー、よくぞ聞いてくださいました!

 この度、スマホから具現化に成功いたしました、現世デビュー新人妖怪でございます。

「だからさぁ、誰?」

 誰って……その、見たことあるでしょ?

 ほら、石燕先生とか、すごくイケメンに描いていただいて。こういうのは、自分から名乗るもんじゃないんですよ、昨今は。

 あ! 河童だっ! とか。一つ目小僧とか、唐笠お化けとか、言ってくれなきゃ。

「いや、だから、誰?」

 誰? 誰ですと? 知らないの?

 わかんないの? 見たことないの?

 このワタシを、御存じないの?

 この外見をご覧いただいて、皆目見当もつきませんの? これは困りましたねー。そこまで知名度、低かったかなー。

「知名度も何も……洗面所、そっち。行って、自分の姿をチェックしてきな」

 あぁ、そういうことか。

 大昔のデータで知れ渡っているもんね。昔と違うんだろうなぁ、いろいろと。ジム通って、しぼったりしたからかな。

 わかりました。ちょっと確認してきますよ。そしてね、妖気使って修正してきますよ。

 具現化のとき、張り切りすぎて、盛り過ぎちゃったかなぁ、ワタシ。

 失礼しました。じゃ、ちょっと拝借します。

「なぁ、パスカル」

「……なんだ?」

「お前の言ってたことは真実味が出てきたな」

「真実味じゃなくて、現実味、事実味」

「ミはいらないんだよ」

「でも、思ってたのと、ちょっと違う」

「あ、戻ってきた。想像以上にげっそりしちゃってる。よほどショックだったんだろか」

 なんで?

 どういうこと?

 アタシ、妖怪でも何でもないよ。いろいろあって疲れ切って終電で居眠りしてる中堅リーマンだよ。アタシ、どうなっちゃたの?

「しかも不法侵入の不審者だ」

 あー、下がるわー。

 これじゃ、やってけないよ。

 騙されたぁー、マジ感じ悪い。

 この姿で女こどもを脅かしたら、それこそ変質者だよ。妖怪でも何でもない。拝み屋さんや妖怪ハンターじゃなくて、警察を呼ばれちゃうよ。

「もう帰ったら?」

 いやいやいや、そうはいかないよ。

 せっかく、出てきたんだ。

 何か妖怪らしいことをやらんと。

「妖怪らしいことって」

 そうだな……そうだ!

 この状況でも落ち着き払っている少年!

「こいつは猫だぞ、しかもメス」

 何ボケてんだよっ!

 おまえ、あんた、あなた、きさま、YOU!

 この期に及んでシラを切る必要もあるまいっ!

 わかるぞぉー、感じるぞー、匂うぞー、少年。

 お前さん、タダモノではあるまい!

「なあ、パスカル。面と向かって、こう言われると返答に困っちゃうな」

「わかる、すっごくわかる」

 少年! そして化け猫! 何をごちゃごちゃ打合せしとるんだっ! そういうのは、せめて百鬼夜行の前夜にやっとけよ! 当日まで、何をぼんやり過ごしてきたんだ、不真面目にもほどがある!

「さらっとすごいこと言ってない?」

「そうか、奴等の狙いはお祭り騒ぎか」

 具現化早々に、よもやここであったが百年目、我が真の姿、見るがいい! そして、目にも見せてくれようぞ!

「もう頭に血がのぼって、自分でも何言ってんのかわかってないし、何をやっていいのかもわかってないんだな、あの人」

「京介くん! ヒトって言っちゃダメ! 曲がりなりにもスマホから飛び出してきた妖怪なんだから!」

 さらっとディするなぁーっ!


 と、その妖怪はプンスカポンと顔を真っ赤にして怒っていたんでございます。それはもう可笑しくて可笑しくて。京介くんと一緒に、必死に笑いをこらえておりました。

 いやはや、さすが、妖怪、愉快でございます。



『京介とおっさん(?)』

 なんだよ、真の姿っていうから、なんかすごいもんが出てくるかと思ったら。何も変わらないじゃん。上着を脱ぎ捨てただけじゃん。

 唸り声をあげてファイティングポーズをとってるけど。ケンカモードの酔っ払いと大差ないぞ。

 手を出したくないなぁ、こいつに。

 だからといってなぁ、穏便に解決できそうもないしなぁ。ハリセンかスリッパか神社のひしゃくでもって引っ叩いてやれば、退散しそうだけどな。

「京介くん!」

 なんだよ、パスカル。

 いま、思案中なんだよ。

「あの妖怪、泣いてるよ」

 え?

 あらまぁ、ホントだ。

「ぐぉーん、少しは驚くか、シリアスなバトル前の眉間の皺とか見せろー!」

 とは言ってもなぁ。

 これといって、何もないんだよね。

 代々そっち系ってだけで。

「出たな、無自覚天然ヒーロー! 相手にとって不足はないわぁーっ! 貴様と一戦交えれば、我々のアイデンティティ、その執念、怨念、妄念、より一層強固なものとなるっ! 我らが大願成就のため、屍となるがいいっ!」

 言ってることはそれっぽいけど。見栄えが残念なんだよなぁ。せめて、体毛を濃くするとか、牙や爪をどうにかして欲しいんだけど。

 怒って泣いてるオッサンにしか見えないんだよ。

「京介くん!」

 なんだよ、パスカル。

「おそらく、あれは具現化で使い果たしちゃったんじゃないかなぁ。もうエナジー切れちゃって、このままほっとくと消えちゃうかも。足がね、半透明になってる。あれ、襲いかかりたいけど、動けないんだよ、きっと」

 なら、楽でいいや。

「む、無念……貴様ごとき小童に敗れるとは」

 まだ何もしてないし。

 あきらめちゃったか。

「だが、これは序章にすぎぬ。今宵、スマホから妖怪の一斉発起、平成最後の百鬼夜行、おごりたかぶり、おもいあがる人間どもよ、いまこそ思い知るがいいっ!」

 あ、消える。

「ふはははははっ、止められるものなら、止めてみせよ、選ばれし少年よっ! 我が好敵手、京三郎とともに、高見の見物、させてもらぉ……」

 あ、消えた。

 消えちゃったな。

 俺の爺さん、京二郎なんだけどな。誰だよ、京三郎って。爺さんに弟とか、いたっけ?

「そんなことより、何とか阻止しないと」

 そうだな。あんな感じでスマホからオッサンが飛び出してきたら、ウザい。

「……あっ、しまった! わたくしとしたことが!」

 どうした、パスカル。まだ何かあんのか?

「とても大事な、そして重要なことを見落としておりましたっ!」

 なんだ?

「ヒロイン不在!」

 何を言うかと思えば、そんなこと?

「これは由々しき事態、この状況、如何にすべきか。そうだ、京介くん。あんたイケメンだから。今から駅前行って、ナンパしよう」

 バカか、お前?

 誰がぁんなことするかよ。

「じゃ、幼馴染」

 いない。

「それじゃあ、クラスメイトの女子、ひとりでいいからテキトーに見繕って、もうチャチャッとセッティングしちゃって」

 パスカル、お前が仕切るな。

「……申し訳にゃい♪」


 とまぁ、ヒロイン不在のまま、時間ばかりが過ぎ去ってしまいまして。京介くんは、どうしていたかといいますと。テスト勉強しておりました。数学と英語の課題もあるんだとか。机に向かっておりました。

 御近所最大の危機であっても、豪胆といいますか、落ち着き払っておりまして。いや、ちょっと違うかもしれません。

 わたくし、猫の姿のままでは、これといって何もできません。猫から球体へ意識を移動させようにも、ダウンロードに時間がかかるんでございます。

 通信環境も良くありませんでした。

 仕方なく猫らしく、ソファの上に寝そべりまして。身体を横たえ、目を閉じておりました。尻尾をパタパタさせながら。

 退屈でしたので。薄目を開けて、京介くんの端正な横顔を眺めておりますと、彼の御爺様の面影、垣間見えるんでございます。

 もしかすると、わたくし。会いたかったのかもしれません。監視業務は悠久の時間。ただ、遠くから見守るのみ。

 そこで、ふと気付いたんでございます。

 パスカル、名前からして男性かと思っておりました。去勢もされておりました。しかし、この猫、メスなのでございます。

 我々には性別の概念はございません。

 言うなれば、状況次第では、対応可能なのでございます。

 そう、つまり、このわたくしがヒロイン。

 方向性が決まれば、準備しておくだけですので。京介くんが机に向かって悪戦苦闘しております間、わたくしはわたくしを設定していたのでございます。

 その結果--。



『京介とパスカル』

 誰だ、お前。

 なんで猫耳付けた女がここにいるんだ?

 って、お前、パスカルか?

 何考えてんだ?

 いくらヒロイン不在だからって、こんなことまでする必要あんの?

 しっぽふって近寄ってくんなーっ!

 引っ叩くぞ、この猫!

 何? 乳のサイズは今なら変更可能?

 なくていい、邪魔だ、そんなもん。

 黒革キャットスーツ、猫だけに?

 やかまわしいわ。

 その頭に葉っぱ乗せて煙出して変身すんの、やめろ。タヌキでもキツネでもムジナでもねぇだろ。まったくお前が妖怪だよ、調伏すっぞ?

 だから、どこぞのアイドルか、某カードゲームの薄幸美少女みたいなヒラヒラのミニスカの絶対領域、やめろ!

 だから、照れてないってば!

 しっぽふって近寄ってくんなーっ!

 一応、聞いてくけど。これから駅前いって、妖怪退治っぽいこと、俺にさせるんだよな? そのつもりだよな。

 パスカル! お前、某雑誌でクーポンのチェックしてんじゃねぇよっ! デートじゃねぇぞ!

 勝手に俺のスマホでアプリをダウンロードすんな! どうやってロック外したんだか、油断もスキもねぇな。

 あー、また変身しやがった。

 なんだ、今度は。

 ビキニアーマー、やめてくれっ!

 ハイビスカスのプリントで、どう見ても海水浴かプールサイドだろ。せめて剣持てよ! 浮き輪とトロピカルドリンク持って何すんの?

 何、防具はあります?

 それは麦わら帽子っていうんだよ!

 風吹いたら飛んでくだろっ!

 日本の妖怪を相手にするってのに、西洋風って無茶苦茶だろーが!

 また変身すんの?

 今度は何?

 和服ったって、それ浴衣だよ。花火大会に行くんじゃねぇんだよっ!?

 ウチワブレードって何だ? 意味わからん!

 なんだと?

 飛び道具と楽器はやったことないんで、軽音部や吹奏楽部や弓道部はNGです? 茶道部か華道部か文芸部でお願いします、だとぉ?

 もういい、やめろ。帰宅部でいい。帰宅部で。

 うちの学校の制服でいいだろ、もう。

 はい、変身して。

 さっさとやれ!

 って、髪型! 独創的すぎる! 金髪のツンツン頭って、どこのスーパー野菜系の星人だよ! 無駄に目立つ真似すんなよ!

 カラフルなアフロもダメだぁー!

 某ファンシー雑貨の路線は禁止だ!

 もう、ググれっ! 俺のスマホでググれっ! 画像検索しろ! スタンダードなほうがいいだろ。不必要に目立つ真似する必要はないんだよ!

 黒髪ストレートのセミロングで前髪パッツンでいいんだよ。

 眼鏡を選んでいる場合かぁ! パスカルって名前に引っ張られてる場合じゃないだろ!

 なくてもいいよ、カチューシャとか、アクセは。必要ないんだよ! こっちは妖怪を何とかしに行くんだから。

 パスカル、お前はギャラリーなんだから。

 余計なことしなくていいんだよ。

 心配してくれんのはありがたいけどさ。

 ここまで来ちゃったんだ、何とかするよ。

 わぁっ、いきなり抱き着いてくるなーっ!

 目をうるうるさせて、こっち見るな!

 大丈夫だって。

 こんなバカバカしい妖怪騒ぎなんぞ……って、あたし待ってるから、だとぉ?

 お前も一緒に来るんだよっ!




 はい、そんな感じでした。いやはや、口ではなんだかんだ言いながらも、わたくしのことを気にかけてくださいました。

 しかも、テスト勉強かと思いきや、京介くんなりに、何やら考えていた様子でございます。

 なんだかんだも申しましても、ナントカの子はナントカでございますので。受け継がれ血脈、遺伝子レベルで刻まれし宿命、彼なりに受け止めていたものと思われます。

 日没の頃、わたくしと京介くんは家を出まして。お互い、無言のまま。黙々と歩いておりました。わたくしのほうが緊張しておりました。

 これといった作戦や計画があるわけでもなし、行ったところの出たとこ勝負、わたくしからあれこれ質問できる雰囲気でもありませんでした。

 決意を固めた男、その隣、並んで歩きながら。胸がしめつけられるほどの緊張感、圧迫感、そして物悲しい寂寥感を感じておりました。

 ふいに、通知音が鳴りまして。

 京介くんは、立ち止まりまして。

 そのスマホの画面を見せてくださいました。どこぞのSNSの書き込みでしょうか。わたくしと京介くんが向かう駅、その改札口、帰宅ラッシュの画像が表示されておりました。

 その文面に驚愕した次第でございます。


 #今宵百鬼夜行


 京介くんは苦笑混じりに、アカウントがどうとか、同じ投稿が他SNSやブログにもあることなど、いろいろ話しておりました。

 なんとも申し訳ない気持ちになりました。わたくし、ヒロインでありながら。こうしたイケメンを煽るようなシチュエーションを作り出せないばかりか、本来ならヒロインあたりがやりそうなことを、京介くんひとりでやっておりました。

 えぇ、SNSで妖怪の痕跡を発見、なんて真似は京介くんが行うものではありませんでしょう。

 沈み、曇り、浮かない顔だったのでしょう。わたくしの背中をポンと叩いて、

「心配すんなって」

 設定及び外見上、女性でありますが。胸が高鳴ることもときめくこともありません。ただ、あいまいな笑みを浮かべることしかできなかったのでございます。

 駅の改札付近まで来ますと、京介くんは呼吸を整えまして、いや、変えたのでしょうか。詳しくは存じませんが、彼ら一族の儀式というか何というか。

 呼吸を繰り返すうちに、京介くんの身体から、怪しげな気配が立ち込めてきたのでございます。

 魔力か、霊力か、妖力か。猫耳娘状態のわたくしは分析できませんでした。

 そうするうち、発散される怪しげな気配に気圧されたのでしょうか。呼応するかの如く、あちこちから妖怪の雰囲気やら臭いやら、漂ってきたのでございます。

 一際、強い何かを感じたのでございます。邪念という言葉がふさわしいほどに。それは、すでに具現化しておりました。

 おっさんではございません。

 和服のお嬢様でございます。おそらく、雑踏を行く方々には、和服姿の女性程度にしか見えなかったであろうと思います。

 しかしながら、わたくしには……その顔は、真っ青。額から突き出した二本の角、耳まで裂けた口、蛇のような舌、突き出た短刀のような犬歯。そして流しっぱなしの黒髪ロング、姫カットでストレート。

 あのような妖怪は見たことも聞いたこともありません。

 身の危険を感じました。本当に、古式ゆかしい妖怪なのかと。妖怪どころか、悪鬼羅刹を通り越した存在と思えたのでございます。

 遂に、京介くんと、そのバケモノは対峙したのでございます。いきなりラスボスを誘い出したのでございます。

 そればかりか、向かい合う両者の舌戦、始まったのでございます。

「お目にかかれて光栄だ。京介くん」

「まだまだ無名だと思ってたんだが、名前を知られているとは心外だね。あんたがラスボスってことでオーケー?」

「その減らず口も代々受け継がれているようだ。安心したよ」

「百鬼夜行なんて、バカな真似はさせないよ。もう現世にあんたたちの居場所はない。こだわる必要もない」

「それは百も承知だよ、昭和が終わり、平成の世が幕開けしたときから。これは決まっていたことなのだよ」

「決まっていた?」

「時代の節目に怪異妖魔はツキモノだ。出番があるのは瑞兆ばかりと限らんのだ」

「どういう意味だ?」

「口で説明するには、難しいんだがね」

「じゃあ、今日出てきやがった奴。俺の目の前に具現化した存在は?」

「京介くんの未来の姿、かもしれんなぁ?」

 ここで、舌戦は一応の区切りを迎えた。

 会話が成立しているような、していないような。

 バケモノは、ぶつぶつ呪詛めいた何かを唱え始めたのでございあす。古すぎて分析不能な文言でありまして、合戦の場を準備している様子かと。

 誰にも邪魔されない空間を生み出そうとしておりました。

 京介くんは、左手を出しました。わたくしの前に。

「パスカル、あれ、出して」

 え?

 何? 何を出すの?

 あれって、アレじゃわかんないよぉ。

 対戦相手に手土産でも渡すの?

「なんで土産だよ! アレって、俺も知らないよ。でも、こんなときに俺は手ぶらなんだから。素手で殴り合うはずないでしょ? なんかあるでしょ、武器とか、理力とか授けたりするでしょ?」

 わたくし、持っているのが葉っぱだけでした。

「よっしゃー! 変身……って違うよっ! せめて変身させるならベルトにしてよ。この期に及んで何をやってんの?」

 そんなん言いますけどね、ふつーはあんたが用意しとくんだよ。木刀とか、ドッコイショとか。

「どっこいしょってなんだよ?」

 なんでもいいじゃない! ほら、あっちはもう準備完了しちゃうよ。異空間化する前に、なんか持ってきなさいよっ!

「改札前で何をどうしろって言うんだよっ! だったら、葉っぱでパスカルが武具に変化しろ!」

 イヤだわ、そんなっ!

 いくら京介くんの頼みで、危機的状況であったとしても、そんなご都合主義は不可能なんでーす。そもそもあたし、非戦闘型なの。情報収集と分析が専門なの!

「役立たずだな、何しに来たんだよ!」

 だって、京介くんがギャラリーでいいって言ったじゃない!

「涙声で言うなっ! なんなのこの痴話喧嘩モード、あぁもうしょうがない。葉っぱでいいよ、葉っぱで」

 葉っぱで何ができるっていうのよ!

「お前、さっき渡したじゃねーか、俺に!」

 バカッ! このわからず屋! 葉っぱで勝てるような相手じゃないことくらい、わかっているでしょ!? 

「なんで俺、ぶたれて怒られてんの?」

 もういいわ。あなたなんか、アテにしない、頼らない、見損なったわ。あたしが殺る、あたしにだって、できるんですから!

「どうしてこうなるんだよ! 待てよ!」

 どうしてでしょうね。

 わたくし、京介くんと渾身のショルダータックルで付き飛ばすと、、猛然とバケモノへと向ったのでした。

 わたくしの背後、世界が分断されてゆく気配がひしひしと伝わってまいりました。

 バケモノは、わたくしを見るや、カラカラと笑ったのでございます。

「なんだ? ここはオンナコドモが来るようなところではないぞ。失せろ」

 随分とナメられたものね。

「ほほぉ、属性や分野は違えども。貴様、我々と『似て非なる人外』であったか。何か用があるのなら、手短に済ませていただきたいものだが」

 百鬼夜行は、やらせない。

 あたしが、叩き潰す!

「これは面白きことなれば。さては京介くんと何ぞあったか。愉快、愉快」

 葉っぱをのせて、超絶フルアーマーバトルモード、オメガパスカル爆誕させれば、ナントカなると思ったのでございます。

 ところが、葉っぱを頭にのせても、何も起こりません。バケモノ、何やってんの? という目でわたくしに氷点下の眼差しを送っておりました。

 葉っぱ、充電切れでした。

 お出かけする前、京介くんとゴタゴタやってるうちに、無駄に消耗してしまったのでしょう。これは大誤算でした。古すぎて劣化していたことは、後にわかりましたが。

 わたくし、登場早々にして絶体絶命の危機となってしまいました。蛇に睨まれた蛙ちゃんの気持ち、痛いほどわかりました。

「どうした、小娘。さっきまでの威勢はどこへ行ったんだ?」

 すると、声がっ! 京介くんの声が。

「さっきまでの異性ってのは、もしかしなくても俺のことかい?」

 ひょっこりとあらわれました。

 どうやら、こじ開けるのを手間取った様子。

 でも、手ぶらです、装備品の欠片もない。

 いや、手にはスマホ持ってました。

「ところで、お前。けったいな恰好してんだが。誰だ?」

 バケモノに向かって言い放つその言葉! あのときの、おっさん妖怪との言葉。その問答が脳裏をよぎりました。

「我を知らぬのか? 無理もない。マイナーだからな」

 すると、京介くんはニヤリと笑ったのでした。

 勝利を確信した笑みでした。

「俺の名前を知っている。自分から名乗らない。ということは、名称当てクイズってわけだ」

「察しが良いな、京介くん。流石、天晴、お見事。ほめてつかわすぞ」

「随分と自信あるんだな、まるで未来永劫、正解にたどり着けない、そんな自信が」

「京介くんこそ、ゆさぶりをかけているつもりだろうが、我が言動、所作はひとつもヒントにならんぞ。実際、わかるまい!」

「うん、わからん」

 ちょっと、わかんないって、どういうこと!?

 もう降参しちゃったってこと?

 だったら、何しに此処に来たのよ!

「考えてもわかんねーから、カンニングっつーか、ここに来る前にググった」

「ウィキでも読んできたのかね? あいにくだが、スマホでの具現化の際、我もチェックしたのだよ。我が存在、ネット上で如何なものかとな! ググった程度では、身バレせんのだっ!」

 京介くん、やれやれといった様子でございます。

 スマホの画面、スクショでありましょうか。

 奴の目前、突きつけたのでございます。

「貴様のアカウントだろ? 他の妖怪の投稿から、妖気をたどれば、特定するのは簡単だ……ネット初心者で、それなりに勉強した様子だが、それがアダになったな、妖怪! そしてその名は『青行灯』だっ!」

 空間に亀裂が走りまして。

 青行灯にもまたひび割れてゆくのでございます。その名を言い当てられた以上、妖気は霧散、具現化を維持できなくなりつつありました。

 青行灯はゲームに負けたのです。

「おのれ、口惜し、恨めしや」

「青行灯さん。むしろ、あんたは百物語のほうだろ。百鬼夜行ってガラじゃないと思うぜ」

「ぬかせぇっ!」

「ちょうど百個、ホラー系の小話が投稿されてた。満を持しての御登場ってわけだ、季節外れってのが残念だ」

「……ぐぬぬ」

「アカウントがアルファベットってのも、敗因のひとつだな。あの程度のアナグラムじゃ、あんたのすべて、透けて見えるぜ?」

 激しいバトルを期待していたのですが、どっかの昔話みたいなトンチバトルで終わってしまいました。

 しかも『あんたのすべて、透けて見せるぜ』なんて、微妙なキメ台詞。元ネタが想像ついてしまいます。前髪かきあげながら言うなよな、と思ってしまいました。

「……近いうちに、京介くんに、また会えるといいなぁ、今宵は潔く退散するとしよう。否応なしに深淵を覗きこまされた以上、深淵は絶えず、京介くんを--」

 異空間もろとも青行燈は消えてしまいました。

 駅の雑踏にわたくしと京介くん、ぽつんと佇んでおりました。

「一件落着だな」

 と、京介くんは無機質な声で言いました。

 わたくし、妙な疲労感を覚えたのでございます。何かしらヒロイックな出来事のひとつふたつなど、発生しそうなものの。いざ蓋を開けてみれば、ジタバタ、トダバタ、解決してしまったんでございます。

 世界崩壊や人類滅亡なんぞの布石どころか序章にもなりません。

 例えるなら、イケメン高校生の、些細な日常といったところでしょうか。

 しかしながら、安堵も束の間。わたくし、はたと気付いてしまったのでございますっ!

 青行灯は、質問に答えていないのでございます。

 ラスボスだなんて、ひと言も発していない。百鬼夜行は完全に阻止したわけではないと!

 わたくしは、京介くんの左腕をつかんでしまいました。まだこの場を離れるべきではない、と。

 京介くんはスマホ片手に渋い顔をしておりました。百鬼夜行中止のお知らせは、投稿されておりません。

それ以前に、不穏な気配が改札口の前に集まっております。

「こいつは、とんでもない数が集まってきやがったな、骨が折れるぜ、まったく」

 なんてことを言いながらも、京介くんは内心ビビッていたと思われます。多勢に無勢と申しましょうか、こうした案件はひとつづつ、確実に処理していくのがセオリーでございます。

 どんなに大きくとも、魔力や霊力や妖力があろうとも、1は1、なのでございます。いわば、複数の案件をマルチタスクで処理、しかも百、否、それ以上……こちらは増援や救援の見込みもありません。しかもノープラン。おまけに、ポンコツ猫娘なわたくしと、初陣同然の京介くん。

 一網打尽にする策でもあるでしょうが、キャリア不足のわたくしと京介くんには、実現が難しいものでした。

 すると、京介くんは、わたくしに向かって、キラッキラの笑顔で、こう言ったのです。

「帰ろうか?」

 その言葉には底知れぬほどの無邪気さが、これでもかと含まれておりました。

「こんなん無理だよ、その道のプロだってひとりで片付けるもんじゃないだろうし……」

 それを承知で、わたくしは彼の腕をことさら力をこめて握ったのです。

 無理だ、無茶だ、無謀だ。

 でも、イケメンにそんなこと、言ってほしくない! あきらめたり、逃げ出したりしないで、玉砕しないで立ち向かって欲しいっ!

 そうしないと、京介くんはダメにある。青行灯が冗談交じりで言った、あの未来の姿になってしまう! 

 でも、わたくし自身、切札どころか手札なし状態でした。駄々をこねるクソガキのように、どこかへ行ってしまいそうな京介くんの腕を掴んでおりました。

「なんだよ、パスカル。痛いよ、離せよ、もう帰ろうぜ」

 帰っちゃダメなんだよ、京介くん!

 行かなきゃ、ダメ! いま行かなかったら、一生後悔する!

 確かに、すごい数の妖怪だよ。こんだけすごいんだもの、近場のヒロイックな方々だって気付いてる、わかってる。

 でも、駅にいるのは、あたしたちだけなの!

 誰も来ない、誰か来るような気配も素振りも伏線もないのっ!

 あたしたちが帰ったら、きっと、他の誰かが鎮圧してくれる。京介くん以外の誰かが、何とかしてくれる。

 でも、そんなんじゃ、京介くんが『始動』しないんだからっ!

 なんて熱く語るわたくしでした。京介くんは、半分苦笑しながら聞いてました。雑踏がわたくしと京介くんを避けて、蠢いておりました。

 同じく、改札の向こう側。いよいよ、怪しい気配が充満しておりました。

 百鬼夜行、中央線快速、目指すは新宿。

 わたくしのヒロイン的第六感が告げました。

「始動しないって、どういう意味だよ?」

 自分でもよくわかっていませんでした。

 いや、覚醒とか、そういう表現を使いたくなかったのかもしれません。

 こうしたとき、何か閃いたり、思い出したり、気付いたりするのもヒロインの役目。ところが、ポンコツなわたくしは、京介くんの前髪が気になったり、改札口付近でイチャコラ状態にあって睨まれやしなか、なんてことばかり考えておりました。

「しょうがねぇな、一か八か、やってみっか」

 京介くん、何か思いついたのか。あるいは前から考えていたのか、それはわかりません。

 いきなり、わたくしに彼のスマホを握らせたのです。そして、こう言いました。

「パスカル。お前、アカウント作れ。俺じゃ駄目だ、ニンゲンってバレる。妖気で追跡できたんだ、お前は人外だろ? だったら大丈夫だ」

 そして、百鬼夜行中止のお知らせを投稿、拡散させる。

 まさに、一か八かの賭けでした。望みはとても薄い、薄すぎて薄氷どころか、氷にすらなってないようなものでした。

 開催直前になってからの、突然の中止。混乱は必須ではあるまいか。

 いや、あるいはデマ吹聴と攻撃対象となって短時間での炎上騒ぎ。たどっていけば、ラスボスのアカウントに到達するかもしれない。

「どのみち、親玉はアカウントなんか作っちゃいないさ。手下垢から高みの見物だろうよ。でもな……」

 深淵を覗く者は、深淵に覗かれる。

 わたくし、急いでアカウント作成、それっぽい連中をフォローしまくり、それっぽい投稿をイイネしまくり、改札口の画像を撮りまくってアップしまくり、プロフ画像のアザトサは猫耳属性フルスロットル、不覚にも無駄に容赦なく谷間強調しちゃったりして。

 谷間はやりすぎだったと思います。

 釣れるのか? そんな疑念もさることながら、青行灯を退けて、他の妖怪も潜んでいそうな場所で、妖怪にナリスマシ、中止のお知らせを投稿しちゃうなんて、無理、無茶、無謀、なのでございます。

 案の定、デマ扱い。

 それでも、辛抱強くわたくしは投稿、フォロー、イイネを繰り返したのでございます。

 そうです、地味でございます。

 イケメン京介くんに見守れながら、ひたすらスマホでSNSに没頭。しかも駅、改札口の前、待ち合わせの人たちに混じって、柱にもたれて。

 こんなことしたって、無駄じゃない?

 なんて、あたしがこんなことせにゃならんの?

 そんな自分の声が聞こえてきそうなほど、それでも、設定しちまった以上、ヒロイン属性、イケメンには逆らえない状況が多々あるのでございます。

 トホホ……。

 すると、改札口の異様な気配がそそくさと引き上げていきました。東京、新宿方面からの電車が到着した様子でございます。

 改札口を目指して、人、人、人。

 そこに一体、涼し気ながらも強い妖気を発散させながら、向かってくる者がおりました。通勤通学帰りの好青年を彷彿とさせながらも、わたくしと京介くんには見えるのです、わかってしまうのです。

 この世にあらざる者。

 妖怪、格が一回りも二回りも違う存在!

 恐怖心はありませんでした。むしろ解放感に近かった気がするんでございます。やっと釣れた、もうわたくしの役目は終わった、あとは京介くんが何tかしてくれるだろう。

 そう思いました。

 スマホかざして改札を通り、わたくしと京介くんの目の前に佇むのは、妖怪。ひとつ目小僧でした。小僧とは名ばかりの、顔面単眼妖怪。首から下は、京介くんとは違う学校の制服でございます。

 そいつは開口一番、わたくしに向かって、こう言い放ちました。

「誰だ、お前?」

 そのとき、わたくしもどうかしていたのでしょう。どうしてあんなことを言ってしまったのか、今でも不思議で仕方ありません。

『あなた、一つ目だけど。人間モードのときって、どんな顔してんの?』

 油断していたのでしょうか、それとも想定外の言葉に動揺していたのでしょうか。あるいは、根は良い奴だったのか、わたくしがキュートすぎたのか。

 一つ目は、フフフッと笑うと、御顔をぺろんと撫でまして。それなりに可もなく不可もない、京介くんのライバルキャラにはならないけれども、モブとも言い難い偏差値でした。

 その瞬間を見逃すはずもありません。改札を通過したあと、スマホ片手に歩いてきたのが不覚、京介くんの不意討ちで、スマホ没収に成功したのでした。

「あぁ、何をしやがる!?」

「ロック解除の番号を言え。言わないなら、叩き壊すまでだ」

 スマホからの具現化妖怪、最大の弱点がスマホだった!?

「貴様、ひとのスマホで何を企んでやがる」

「知れたこと。百鬼夜行、中止だ」

「なるほど。中止デマ投稿の妖気、いや、もっと異質なものをたどって来てみれば、そういうことか。我々を止めたくば、逃げも隠れもせんよ。こうして駅に集まっている。狩ればよかろう?」

 京介くんの力量、すでに見抜かれている!?

「それにな、最近買ったばかりなんだ。壊されてはたまらんよ」

「何を偉そうに」

 まるで、先輩と後輩の会話状態。

 京介くんも歯切れ悪いのでございます。

「わたしのように、どの妖怪でもスマホを持てるものではないんでね。ちょっとばかし、具現化にご協力いただくだけだ。ひととって食うつもりも、小豆と一緒にスマホを洗うつもりもない」

 わたくし、ヤバぃんでございます。京介くん相手に余裕ある態度、大物テイスト、これは徐々にイケメンに見えてくるパターンでは?

「どうしてもっていうなら、サシでやりあってもいいんだぜ? 目からビーム出しちゃうぜ?」

 一つ目小僧、圧倒的なアドヴァンテージ、なのでございます。

 もはやここで殴り合いの喧嘩が始まっても仕方ない状況なんでございます。

 いつの間にか、改札口で警察官が数名、こちらをじっと見ているんでございます。おそらく、それも小僧の計算のうち!

 小僧は、また顔を撫でまして。大胆不敵に顔面眼球、瞬き必要ない不思議なんでござますが、

「スマホ、返してくれないか?」なんてことを言ったんでございます。京介くん、スマホを返すしかありません。

 小僧はそのまま、わたくしと京介くんから離れますと、別な柱にもたれて、スマホをいじくり始めたのでございます。

 わたくしと京介くんがここにいたことが拡散されてしまう危機と思いました。

 もう、わたくしの頭の中は疲労感のほうが勝っておりました。

『引き留めてごめんね、もう帰ろう』

 なんて最低なヒロインでしょう!

「なぁ、パスカル。百鬼夜行って、何時から始まるんだ?」

 し、知らないわよ、そんなこと。

 あたしが知ってるわけ、ないじゃない。

「お前さぁ、分析や情報収集、得意なんだろ?」

 こんな、どこぞの妖怪の行き当たりばったりな思い付きの緊急企画なんて、わかるわけないじゃない? 今夜ってわかっただけでも、相当ラッキーってことなのっ。

 そんなことを自分で言いながら、わたくし、最初から破綻してたのだな、といまさらながら思った次第でございます。

 京介くんと口喧嘩っぽくなるかと思いきや、フムムと思案モードになっちゃったのでございます。そして、何やら邪なアイデアが浮かんだ様子。

 柱にもたれる小僧にツカツカ歩みよって、ニヒヒと微笑みかけました。いぶかしげな単眼の瞳孔が拡大するや否や、京介くんの右肘!

 クリーンヒット、鮮やかに!

 またも不意討ち、一つ目小僧は、妖怪汁とぶしゅぶしゅ出しながら、のたうち回る!

 わたくし、思わず悲鳴をあげてしまいました。

 こうなると、改札口はパニック。そりゃそうでしょう。さっきまで柱に佇んでいた人が、いきなり首から上が巨大な目玉になって、しかも潰れてて、おまけに臭くて汚い汁をまき散らしながら、のたうち回っているんですから。

 改札口に広がってゆく妖気!

 そいつが合図になったかのように、あちこちのスマホから飛び出す飛び出す、付喪神!

 具現化を待ち望んでいた妖怪連中が、こぞってスマホから飛び出してはフィーバー!

「パスカル! 動画だっ!」

 わたくしは急いで撮影、数秒のパニックを、これでもかとばかりに投稿しまくったのです。

 付喪神たちは、てんでばらばら、好き放題のやり放題。なし崩し的にスタートした百鬼夜行なのでしょうか。

 いつの間にかわたくしは京介くんに手を引かれ、ドタバタのジタバタのドタジタな駅を後にしたのでした。

「ちょっと、思ってたのと違う結果になったなぁ」

 バカか、コイツ。何言ってんだ、と素直に思ってしまったのでございます。

 いつの間にか、駅前のちょっとした広場に連れてこられたのでございます。人通りはゼロではないけっれど、駅のほうは、考えたくない、見たくない、もう知らない。

「でも、これで百鬼夜行どころじゃなくなったんじゃない? もう統制が取れてない。いまごろ、あちこちで具現化できる奴は、やっちまってるんじゃないかなぁ」

 無茶苦茶だよ、京介くん。百鬼夜行は阻止できたけど、もっとひどいことになってんじゃないの。

「旧暦でハロウィンやったと思えばいいよ」

 暦、ぜんぜん関係ないから。

 旧暦でも何でもない。

 京介くん、わたくしからスマホをそっと取り上げると、そのまんま、地面に置いたのです。

「そろそろ、怒り狂って、画面カチ割って出てきそうなんだけどな」

 はい、その通り。出てきたんでございます。

 首謀者、ラスボス、平成の世の付喪神筆頭、待望の新時代のルーキーと騒がれながらも、時代の波に消えてしまった、電子機器妖怪!

 ガラケー、しかもストレート。

 三和音、カメラ付、シルバーのボディ塗装も剥がれ落ち、白プラが見えているんでございます。

「なんてことしてくれたんじゃ、この悪童め!」

 なんかもっと他の強そうな妖怪でも出てきてきれたなら、それなりにわたくしも何かしら言えたのでしょう。

 悪気はないのですが、笑ってしまいました。

 サイズが小さすぎる。妖気も感じない。

 実際、京介くんは三和音でわめくガラケー付喪神をつまんで、持ち上げて、

「百鬼夜行は無期延期だ」などと言っておりました。

 おとなしくしていればいいのに。

 そうもいかない事情があったのかもしれません。

 ですが、そんなもん、こっちの知ったこっちゃないのです。

「なぁ、パスカル」

 なぁに?

「浄化とか封印とか、どうやってやんの?」

 知らないよ。

 知ってるわけないでしょ、あんたんところの、その、先祖代々、一子相伝とか、そういうの、あるんじゃないの?

「いや、知らん。まぁ見たことも聞いたこともない。圧倒的なパワーで消滅させたり、成層圏突き破って地球外へ吹っ飛ばしたりしてる」

 じゃあ、それ、やんなさいよ。

「このガラケーに? しかもタダ働きで? 俺、やだよぉ、そんなの。あー、ヒロインのあれこれとか、そういうのもいらないから。俺、実利主義」

 お寺にでも持って行って、供養してもらう?

 って、タダってわけにもいかないか。

 どっかにデジタル家電供養みたいなの、ないかしら? ちょっと調べてみれば?

 そのとき、どーんって大きな音がしたんでございます。駅のほう、おそらく改札口付近、妖怪たちが派手にやらかしているのか、それとも、それなりの方々が妖怪たちの御相手をしていなさるのやら。

 京介くん、もうそいつを駅のほうへ放り投げてもいいんじゃないかなぁ?

「……使い魔とか使役獣という選択肢もアリなんじゃないかと」

 京介くん、ガラケーだよ?

 とか何とか言ってるうちに、ガラケー付喪神、スキをついて、京介くんの手から飛び出してしまったのでございます。

 逃走成功、かと思いました。

 車道に飛び出したところ、バスのタイヤの下敷きなってしまいました。具現化すると、物理ダメージが通ってしまうんですよね、付喪神って。

 しばらくの間、あの道から恨めしそうな三和音の呪いの着信音でも聞こえてくるのでしょう。悲しいことに、交通量が多いのでして。

 聞こえませんね。

 今度こそ、一件落着なのでございます。

 駅、大変なことになっております。

 物騒な世の中の一因といいますか、片棒を担いでしまった、そんな気がしたんでございます。




 以上でございます。

 このあと、ほんのちょっとの間、猫娘として京介くんと楽しい日々を過ごさせていただきました。

 有給休暇がたまっていたもので、これを機会に一気に消化するついでに。

 意外と、あの姿も気に入ってしまいまして。いやはや面目ない。

 猫じゃらし、まったく登場しておりません。

 それもそのはずでございます。

 京介くん、彼自身が『猫じゃらし』のようなものでございます。むしろ、わたくしにとって猫じゃらし、なんでございます。

 何を述べているのか、意味不明かと思われますが、御察しいただけたら幸いです。

 さてさて。

 この一件で、多くの勉強をさせていただきました。葉っぱの充電やら、装備品の準備やら。ヒロインの心構え、いやいや、わたくしの口からではおこがましいというものです。

 あぁ、そうですね。

 ひとまず、京介くんが、

「パスカル、あれ、出して」

 と、おっしゃったとき。木刀を出してるんでございます。

 さすがに、燃える竹光は、ちょっと……。

 どうして木刀?

 対戦相手へくらわしてやる、冥途の土産と洒落込みまして。

 木刀なんでございます。

 えぇ、土産の木刀でございます。


 おあとがよろしいようで。


 

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