256 『ビッグハート』

 杖が剣を突き、力をうまく抑え込む。

 同時に、短剣が怪しくうごめき、サツキの脇腹を切った。抉るように手首を回し、短剣が深く脇腹を食い込む。


「!」


 鋭い痛みが走った瞬間を逃さず、杖は肘を打った。鈍い痛みにサツキが歯を食いしばる。


「ぐっ」


 ――ダメだ。剣じゃ対応しきれない。


 サツキは剣を一瞬で帽子の中にしまった。

 そして、手刀でアンデッドの手首を打ち杖を止め、しゃがんで短剣を避けて蹴りを見舞って後退する。

 剣術も鍛えてきた。

 それこそあの天才剣士のミナトに相手をしてもらって腕を磨いてもきたが、剣同士でもない複雑な戦い方をする使い手を想定した修業ではなかった。

 こういうとき、ずっと修練してきた空手を基礎とした武術のほうが対応できる。

 距離を取ったサツキ。

 それを見て、マルチャーノは不快そうに片目をわずかに細めた。


「避けたことは褒めてやらないこともないが。こんなので血を見るとは、期待外れだな。いざなみなとの剣に比べてなんと拙い剣か」


 マルチャーノはそれでもサツキから目を離さなかったが、落胆が不快を誘う。


 ――この程度では玩具にはならないじゃないか。ロメオの魔法を劣化コピーした偽物に価値はない。


 興味がミナトに移る。

 ミナトはというと。

 こちらは過去のコロッセオの英雄を相手にして、楽しげに剣を振り、余裕綽々の笑みで技を試している。


「いやあ、おもしろいなァ。なかなかの達人のようですね。どれもこれも僕の剣に追いすがってくる。ただ、そろそろ底が見えてきてちゃあいないですか? ねえ、マルチャーノさん」


 そう言って、ミナトはコロッセオの英雄のアンデッドの剣を力だけで弾き飛ばしてしまった。アンデッドの手から離れた剣は、その大きさは鉄分を集めて四メートル以上にも達し、しかしそれを軽々と振り回していたアンデッドすら超えるパワーで剣を奪ったのである。


「ふおお!」


 マルチャーノはあまりの高ぶりに変な声が出る。ミナトを見て目を輝かせている。


 ――やはりこいつは本物だ! もはや完成しているというのか! この若さでここまでやれるのか! 別格だ! オレがこれまで見てきた玩具の中でも別格の器だ! ああぁっ! 貴様は素晴らしいぞ、誘神湊ォ!


 ミナトはまた笑った。


「いやだなァ、聞いてないや。あの人」

「フハハ、フハハハ! いや、聞いている。聞いているとも! ただ、少しだけ興奮してしまっただけだ」

「まいったなァ。会話になりそうにないや」

「なにを言うか。オレは貴様に興味津々で、会話もしたいと思っているんだ。まず、どうやってそこまでの力を手に入れたんだ? まだ貴様は強くなれるのか?」

「僕はまだまだ強くなんてないですよ。僕は剣の高みを目指している、その道の半ばですから」

「高みを目指す、か。いいぞ、その志、まだまだ強くなる者のそれだ。まだまだ強くなる者の目だ」

「あはは。どうも」


 軽やかに流すミナト。


「今しがた、しろさつきの器に失望したばかりだったが。貴様の器には、その失望などどうでもよくなるほどの輝きを見た!」


 腕を広げ、マルチャーノは高らかに言った。

 ミナトは苦笑する。


「へえ。マルチャーノさん、あなた意外と人を見る目、ないんですね」

「ん? このオレの称賛を得て、なぜそのような卑屈なことを言うのだ? 貴様、嬉しくないのか? なにが不服だ?」

「だって、サツキを馬鹿にするようなことを言うからですよ。サツキの器の大きさは、僕から見たら大したものです。そうだなァ、僕が大好きな二人の友人がいるんですけどね」


 と、言葉を切る。

 思い浮かべるのは、『魔王』スサノオと『波動使い』オウシの顔。


「あの二人か、あるいはそれ以上の大器だって思うんです」


 そして、ミナトはチラとサツキのほうを見やる。

 釣られて、マルチャーノもそちらに視線を移した。


 バッ!


 と。

 大砲のようなスピードで吹き飛ばされた皇帝のアンデッドが、派手な音を立てて壁に激突し地に伏す。


「なんだと……!」

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