第六章『黄昏、そして霹靂』
黄昏、そして霹靂①
スリーピースのスーツの長身瘦躯が、オールバックの髪を撫でながら、ゴミでも見るかのように睨みを利かせる。かしこまった言葉、かしこまった服装は、まるで慇懃無礼なのはこちらの方だと無礼千万に告げているようだった。
――
加地朔之介の秘書。暁奈にとっては拾われた先輩に当たる執事役。魔法についても把握済みの懐刀――そして、月彦を介して釘を刺してきた、不義の忠臣。
名前を述べて、危機感を得ない仲間ではない。矛先を向ける方角を知り、空気はより研ぎ澄まされる。
「気の長い奴だとは思っていたが、ここまでとはな」
「どういう意味だ……?」
姿を現したステラは、問いかけた良太郎ら一同を守るように立ち塞がりながら、「そのままの意味だ。この状況のとおりにな」と答えた。
「最初から商店街に結界を築くと決めていた心づもりだろう」
「!」
否定はなく、ステラの姿を見ても驚いた様子は見られない。つくづく鉄面皮の青年に、月彦も不気味さを感じずにはいられなかった。それだけこちらの情報は筒抜けだったということだ。
「あるいはここだけではなく、他にも結界の準備をしていたか。魔法に関して話すとなると、人目が気になる場所ははばかられる……学校を丸ごと結界で覆う芸当は下準備が手間だと諦めても、他の候補はいくらでもある」
ステラの言うとおりだ。弦にしてみれば、たかだか学生の活動圏内など予想の範疇だろう。それが見知った主君の孫息子とその関係者であれば言うまでもなく。
候補を絞り、用意周到に準備を企て、こうしてまんまと捕らえることなど造作もないはずだ。
まるで害虫駆除用のトラップだ――と月彦は皮肉交じりに自虐する。
「半人前魔法使いの
アイの境遇に怒りを露わにしていた時の再来かのごとく、ひたすらにステラは饒舌だった。腕を振るい、ローブを翻す様は、まるで踊り子だ。
……だが舌を滑らせたのは単なる嫌悪感からではないことは、月彦にも察しがついた。気心知れた一蓮托生の相棒である良太郎ならまだしも、相手は敵なのだ。ベラベラと手持ちの情報を垂れ流して得られる益はない。
「そして機が熟したのを逃さず、悟られぬよう周囲からジワジワと用意していた認識阻害の結界で人払いをし、最後の一手で蓋をした……違うか?」
「大正解、と言えばご満足ですか? 時間稼ぎのつもりかどうかは知りませんが、話が長ったらしくて、思わずあくびが出そうなほどでした。異世界の凄い聖剣と聞いていましたけど……名探偵と名前を変えた方がよろしいのでは?」
「無粋な改名はご遠慮願いたい。これでもお前のような中途半端な混ざり者とは違って、純正の魔導具だと自負しているのでな」
「――――」
「図星か」
不敵に嘲られて、そこで初めて弦の顔色が変わった。
「策を弄した割に、自身は手薄と見える。灯台下暗し、高説を垂れる前に我が振り直すことをお勧めする」
「だからなんだという。
「ならばお優しい従者殿に、魔導具の先輩として教訓を授けよう――」
恭しいお辞儀はショーの終わり、あるいは始まりに似て。
「安い挑発に乗ってくれてアリガトウ」
――次の瞬間、ステラの外套が翼のごとくはためいた。
「ッ!?」
月彦達を遮る外套の向こう側、強烈な聖剣の輝きが弦の両目を貫いた。
「ガッ……ぐ……!?」
「走れッ!」
マジシャンかと見まごう一瞬の芸当。
しかしそれに驚く暇もなく、月彦と暁奈はアイを連れて一目散に駆け出した。
その背後、ド派手なクラッシュ音が轟く。
顔だけ振り返れば、阿吽の呼吸で真意に気づいた良太郎が、聖剣と化したステラの刀身を振りかぶり、飛び石もかくやとばかりに弦を弾き飛ばしていた。月彦達から遠ざけようとしての一撃だろう。
『敵の長話に聴き入る時点で、術中以前の問題だと分からない辺りが半端者だよ。これだけの時間があれば、相手を観察することなど容易だろうに、お前は私にだけ注目して警戒を怠った。敗因とも呼べない不注意だ』
「黙れェ――!!」
ガキン、と交錯する金属音。
弦も丸腰で場を設けたわけではなかったのだろう。気になるが、しかして敵前逃亡の現状を注視しなければならない。
「…………っ」
気になる気持ちを押さえつけて、前を向く。
……走って、走って、一分少々。
月彦達は商店街の端、もとい結界の境目へと到着した。
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