踊る葛藤と天蓋③
天蓋であると朔之介に気づかれてはならないアイが皆本家に滞在することとなり、付き添って暁奈も宿泊する運びとなった。
「天道と加地にも礼を言うわ。ありがとう」
「いや、特別なことはしてねぇよ」
「してるのよ。あんたが黛さんの話をしてくれなかったら路頭に迷ってたし……加地だって」
「え、俺?」
聖剣を振るって窮地を救い、逃げ場所となった皆本家を話した良太郎が感謝されるいわれはあっても、自分までもとは予想外だった。
「あんたがいなかったら、もしかすると自殺騒動の呪詛の解明にもっと時間がかかってたかもしれないし、あたしが天蓋を……アイを同じ人間だってきちんと向き合えなかったかもしれない」
「あ……」
やっと得心がいった月彦に、暁奈は嘆息する。
「『タナボタみたいなものだ』なんて謙遜しないでよ? たとえまぐれの重なりだとしたって、あんたがあたしやアイを助けようと奔走してくれたことは事実なんだから」
真っ直ぐな感謝の念を向けられ、途端に月彦は尻込みした。
「そう……なのかな」
――またも脳裏によぎるのは、正直に打ち明けるべきか否かの迷い。
転生者である旨は勿論だが、加えてヒミコ・スミス・リーのこともだ。
けれどもヒミコが自殺騒動の呪詛を用意した武器商人との事実を告げることは、同時に売りつけた相手……朔之介の本性をも明かすことに他ならない。転生者だと白状する以上にリスクが大きすぎる。
記憶に新しいやり取りに、暁奈も「また『買い被りすぎだと思うけど』って?」と肩をすくめて呆れ返る。
「もう、記憶を失って改心したあんたは謙虚なんだろうけど、かなり過小評価がすぎるっていうか――」
『■■■■■■■■――ッ!!』
「っ!?」
雄叫び。断末魔。咆哮。
いずれにせよ、およそ人間とは思えない獣じみた猛々しいがなり声が、閑静な住宅地をビリビリと揺さぶった。
「な、んだ……今の……」
月彦は良太郎と暁奈それぞれと視線を交えるが、バイクのエンジン音などの空耳ではない。言葉を失って廊下で立ち尽くしていると、風呂上がりらしき晴花も「今の聞こえましたか?」と小走りに寄ってきた。
「なんでしょう、変質者とかじゃないといいんでしょうけど……」
「……そうね。家から出なければ安心じゃないかしら。黛さん、戸締りは万全よね?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。叔父さんだけだと頼りなくてちょっと不安だったかもしれませんけど、良ちゃんも加地先輩もいますしね。人見先輩もアイさんも安心じゃないでしょうか」
「うん。安心できてありがたいわ」
背中を撫でて落ち着けるような声色。それはただ晴花をなだめるためだけのものではないと、素人に毛が生えた程度の月彦にも察しがついた。
あの自殺騒動の時の亡霊達と同じ分類の存在であれば、その声が魔法使いではない晴花にも聞こえていたという差異がある。もしもあのような亡霊が万人の目に映っていれば、今頃SNSで目撃情報が雨あられの大騒ぎだろう。
暁奈が習得した魔眼や霊視なる言葉がある以上、異世界に近い存在が普通の人間には見えない……感知できないと推測される。それこそ魔力のあるなしが感知の才能に起因しているかもしれない。
ならば、晴花にも聞こえていた叫び声の主は……。
「今日はもう疲れたし、アイと一緒に早めに休ませてもらうわ。お先に、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい! あ、もしお布団とか枕とかに不都合があったら、すぐ言ってくださいね。良ちゃんのとかと交換するんで」
「おいおい……まあいいけどよ」
「良ちゃんも、あんまり遅くまで起きてたら朝ごはんなくなっちゃうからね!」
持ち前の快活さで空気を整えて、晴花は自室へと帰っていった。
「――行くわよ」
「――ああ」
「――うん」
交わす言葉はそれだけで十分。
月彦達は勘づかれないよう下駄箱から靴を回収すると、二階の客間へと体を滑り込ませる。
「今の声……」
アイにも聞こえていたのかと、暁奈は頷き返す。
「行くの?」
「そのために、あたしは魔法使いになったんだから」
「…………」
意を決した答えに、アイは無言を返す。引き留めないが、否定もしない。
しかしどこか不服そうな沈黙を、暁奈はあえて見て見ぬふりをして、自殺騒動の再来のごとく窓から夜へと飛び出した。
二人も続いて声のした方角へと急ぎながら、ふと良太郎が「ステラに師事したのは、アイのためか」と問うた。先導して走りながら、「ええ」と暁奈の背中が認める。
「このまま異世界びいきの魔法使いによって異世界化が進めば、アイが起動させられる……人身御供にされるのは時間の問題」
――「あたしには、守りたいものがある」
――「より実践的な、自殺騒動の犯人である魔法使いと渡り歩けるレベルにまで少しでも早く、あたしを鍛えてほしい」
ステラに教授の願い出をした際、どこか言葉の端に焦燥感を滲ませていたのはそういうわけがあったのかと、月彦も得心に至る。
「最悪、師父様と敵対しても、アイだけは逃がせるように」
「でも、それは……」
「それはアイの本懐ではないと思う」と、月彦は正論を述べられなかった。
親しくとも首を突っ込んでいるだけの他人だから、ではない。
暁奈がどれほどアイと密に接してきたかは分からないとしても、傍目から見て分かるような互いの主義主張を知らずにいるわけはないだろう。
ならば言わずもがな。分かっていながら、あえて見て見ぬふりをしている――先程と同じく。
『■■■■■■■■――ッ!!』
「また聞こえた。身の毛がよだつけど、これで方角が定まった……こっち!」
――暁奈はこれまでの罪悪感への償いも含めて、アイを人間として生かしたいと思っている。
――アイは人間として見なしてくれた暁奈が、自分のせいで不利益を
平行線を辿る互いへの思いやりの行方はいずこに。答えの出ない問題よりも、まずは近隣一体の門扉を固く閉ざさせた不届き者を諫めるのが先決だと、月彦達は工事現場へと踏み込んだ。
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