夢を乗せて列車は走る②
授業が始まってしまえば、いつもの日常が舞い戻る。
登校前は毛羽立っていた神経も、なめらかに動き始めた学校生活を前には保ち続けられない。月彦にとっては前世の記憶復活後の学校なのも相まって、円滑に過ごせるかに思考を割かなければならなかったのも理由だった。
指された問題に答え、移動教室の波に乗り、会話も注意深く切り抜ける。ひとまずはクラスメイトに怪しまれることもなく午前中を終え、午後に備えて購買か食堂に行かなければ……と、短い昼休みの有効活用法を思案していたところだった。
「で、」
……しかして、安穏とした昼休みは露と消えた。
「この状況について詳しく説明してくれるかしら?」
屋上の青空を背景に立ち塞がっているのは、凛とした女子生徒だった。
スーツのように黒く飾り気のない男子制服と同様に、女子制服もやはり飾り気がない。最早天然記念物並みに希少となった古風な黒いセーラー服を、彼女は特別にあつらえたかのように着こなしていた。楚々とした大和撫子を連想するかもしれない。実際、白くたおやかな肢体や、染めも巻きもしていない長い黒髪は、大和撫子の典型的なイメージと呼べるだろう。
だが、その鋭い視線がイメージを断固として否定する。撫子ではなく薔薇だ。こちらを問いただすポーズなのを踏まえても、女子高生とは思えない佇まいをしていた。
「し……信じられないと思うけど、俺、記憶喪失で……君の名前とかはなんとか分かるけど、それ以外は……」
「そういうことだよ人見」
彼女の名前は、
「土地の管理者である大魔導師に弟子入りしてる、まあ魔法使い見習いってとこ。教えを乞う代わりに魔導犯罪の解決に駆り出されてる……要は天道と共同戦線を敷いてる仕事仲間ね」
「魔法使いって、ほうきに乗って空飛んだりする、あの……?」
「……説明が長くなるから、今はパス」
――今世最後の魔女。
暗躍する魔法使いの思惑と異世界での因縁、その前者の物語に該当するメインヒロインの片割れである。
「天道から連絡があった時には、笑えないジョークだと思ってたけど……その分だと本当に本当みたいね。魔法の『ま』の字も知らないとか」
確認する口振りも、髪をかき上げる動作も、一挙手一投足が尋問じみている。
……否、事実尋問なのだろう。値踏みする冷徹な眼差しからは、「嘘であれば即刻排除する」という鋼鉄の意志を感じさせた。
「本当だよ。ステラも嘘をついてないって結論づけたし」
「そう。私には疑わしいことこの上ないけど」
『私の目が節穴だというのなら、お前の見解を是非とも聞きたいがな』
「ステラが見誤ったとか嘘ついてるとかって話じゃないわ。前科多数でよく信じられるわねってこと。嘘臭いったらありゃしない」
お墨つきを正論で一蹴する暁奈。念話で口を出したステラにも手厳しい風当たりを崩さず、月彦は戦々恐々としたが、良太郎の方が例外的な接しようのだろう。
良太郎から連絡があった、という言葉通り受け取るなら、昨晩の一部始終は説明されているに違いない。むしろ疑いながらもその姿勢を明るみにしているのは、月彦を牽制しているからかもしれない。あるいは試している、か。
警戒を保ったまま、暁奈は「まあいいわ、本題は他にもあるし」と話題を切り替えた。
「今朝の人身事故のことか?」
良太郎の問いかけに、「ええ」と頷く黒髪が揺れる。
「疑わしいところが多すぎるのよ」
晴れやかな秋空の下、きな臭さが顔をこわばらせた。
「さっきも言った通り、仕事仲間の天道と作戦会議するために呼び出したけど……あんたが件の首謀者とも限らない」
「……なら、俺も手伝うよ」
「いいわ。監視にもなるし、少しでも不信な行動をすればバカテンドーの目も覚めるでしょ」
良太郎だけでなく、月彦も呼び出したのはこれが目的か。見た目は可憐だが、どうにも食えない印象を残しつつ、暁奈は続ける。
「それで? 大口叩くんだ、事件の詳細はもう調べ済みなんだろ?」
「ええ。あたしは電車通学じゃないから、友達の更に友達からの仕入れになったけど――ごく普通に列に並んでたスーツ姿の男性が、吸い込まれるように線路に転落して撥ねられたって」
「そ、れは……」
それは、普通の自殺ではないのか?
『なんの変哲もない、とするには乱れた話だ。なんの理由もなく人は自殺などしない。「自殺をした」、それ自体がなんらかの理由を物語っている。喪失、袋小路、絶望……それらの理由がない自殺など、普通どころか異常極まりない』
俯瞰の視点からステラはいぶかしむ。話はそれで終わりではないのだろう、と。
「おおよそ予想がついてるとおり、事件はこれで終わりじゃない――それと同様の自殺が、ここ一か月の間に多発してるの」
暁奈がスマホを差し出す。ディスプレイにはスクリーンショットが映し出されていた。
それは、鉄道のホームページに綴られた、無機質な人身事故による運転見合わせのお知らせ。日にちは今朝、それがスワイプされて数日日付を遡る。それがスワイプされて数日日付を遡る。それがスワイプされて数日日付を遡る。
それがスワイプされて数日日付を――。
「?」
しろいかみのおんなのこ。
「あっ、やっ」
疾風のごとくスマホは暁奈のポケットに吸い込まれ、「えっへん」とわざとらしい咳払いが追及を拒む。
「と、とにかく! ここひと月で同じ路線、同じ駅で複数人が命を絶っている……魔導犯罪だと思う」
「けど、そうだとしたら意図が読めない。もう魔法なんてしてなにか得られる時代でもないんだろ? なら……もしかして……」
「あたしも同じ最悪の想像をしてるわ」
……もしかすると、異世界災害かもしれない。
「あ……あのぉ……」
おずおずと挙手する月彦に、真剣な眼差し二人分が重くのしかかる。
「そのまどうなんちゃらも、いせかいなんちゃらも、放課後説明してもらえます……?」
「……分かったわよ。放課後行くがてら説明するから、それでいい?」
協力を求めた手前、無碍にするほど悪辣なわけではないらしい。そこに少しだけほっとして、原作ゲームでのキーワードの振り返りとすり合わせを行わなければ……と、月彦は首肯で返答し、拳を握り締めた。
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