ヒハツの実る島をあとに

@nishiago

第1話 排熱潟のほとり、採掘場

「修理者、ヒア、コンポーネントを持って2765番を修理して下さい。」

壁から突き出た下向きの黒い筒、コンポーザーの取り出し口から薄灰色の直方体の塊が出てきた。温かく、少し湿っている。僕はそれを素手で掴むと、指示の出ていた2765番の含まれる奥の方の通路へと向かう。1面が手のひらとちょうど同じ位の大きさで、前回より少し大きめだなと思う。


腰くらいまでの高さの2765番の黒い筐体は、角だけが薄い赤色に発光している。「偶数は上の段、奇数は下の段」プラエの口癖を真似してみる。プラエはこの光り方を「痛そうだな」と呼んでいたことも思い出す。確かに、膝をぶつけたりしたときみたいだけれど、そういえば体のどこかをぶつけて赤くなったりすることは長いこと起きていない。コンポーネントで修理するのも同じくらい起きていないことだけれど。なので「痛そうだな」は真似しないことにしてみた。


タイル張りのように規則的に浅い溝の入った筐体に、コンポーネントの直方体の角を押し当てる。薄灰色が縁から白くなり、溶けるようにして吸い込まれていく。「これはナノマシンと修理材料なのさ」とプラエは言っていた。知識では知っているが、目に見えない小さな虫のようなものがいると言われても良く分からない。良く分からないといえば、この筐体が"計算している"というのも良く分からない。"軌道上のネットワークの保守運営とそのバックアップに必要なチェーンを計算している"、と言われても、目に見えるものではない。修理箇所が赤色で光るように、"計算している"のも目に見える形で学習機械が出してくれるのなら、見てみたい気もするのにと思った。


筐体から赤い色が消え、久しぶりの仕事が終わった。採掘場から外に出ると、入ったときよりは霧が晴れていて、夜はもう明けたようだった。排熱潟の反対側の入り江までは見えないが、途中までの水面ははっきり見えている。すると、ちょうど潟の真ん中くらいで魚がぽちゃんと跳ね、凪いだ水面に波紋が広がっていった。


この季節はずっと凪いでいる。寒い季節になると、朝は採掘場の熱が排出されるあたりは水が温かくなって緩やかなうねりが起きるとプラエは教えてくれた。寒い季節のほうが、魚はおいしい、とも。正直よく分からなかった。


住まい小屋に戻り、食事にしようかと思ったが、そのまま朝の墓参りに出ることにした。排熱潟の南は海岸まで草はらの丘になっている。プラエは、人は死んだら丘とか見晴らしのいいところに埋めるのだと言っていた。だからそうした。


壁の記録簿を見る。墓参りを行うのは825回目だ。風の強い、丘に行くのにマントは要るだろうか。このところ暖かいからもう要らないか。


小屋を出て、毎日歩いているから踏み固められ、草が生えていない道を歩く。道と呼ばれるものは、今はこの島ではこれだけだ。プラエは昔、島をぐるりと回る道を作ったけれど、老いてからは歩くのをやめたのだと言っていた。丘に沢山生えている、自分の胸辺りまでの丈の高い草は、少し前まで小さな花をつけていたが、花は終わってほとんど実になっているようだった。一番暖かい季節までもう少しだ。そうして20分ほど歩いて、丘の上についた。若いうちに島の北側のガレキ場で見つけておいたのさとプラエが自分で言って、自分で建てておいた白くて薄く硬い石の墓標がある。


両手を合わせて、目を閉じ、プラエの事を考える。髭の顔、薄い白髪の頭。青い目。目尻の皺。焚き火。魚を焼く時に寄る皺。良く分からないことを言うこと。今日は久しぶりに採掘場の修理があったので、久しぶりの日だ。久しぶりに魚を焼くことにしよう。


目を開けると、少し霧が晴れ気味で陽光が増してきている様だった。強い風が吹くことのある丘の上にしては、今日はやはり暖かく感じる。


ふと、左端の砂浜の海岸を見やると、何か見慣れないものが漂着しているのに気づいた。漂着したものは危険ではないか、注意して確認しろとプラエに言われていた。


丘から砂浜までは少し草をかき分けて進み、少しずつ近づいていく。動いてはいないみたいだが、濃い灰色の逆円錐の胴体に、円柱の頭が乗っている、そう、あれは頭だし、円柱から出ている4本の細長いものは人間のものとは違うが、おそらく腕と足だ。これは学習機械でみたことがある。人間型の機械、ロボットだ。


適当に流木で突いたりしてみるが、動く気配は無い。おそるおそる、自分の半分ほどの大きさのそれを持ち上げてみると、思ったより随分軽かった。プラエの亡骸を丘の上まで担いで運んだ時のほうがよっぽど重かったことを思い出す。あのときは膝をついてぶつけ、少し赤く腫れたのだった。それでもプラエの願いだったから運んだ。


ロボットの願いはなんだろうか。採掘者に聞いて、答えてくれるだろうか。

僕はロボットを担ぐと、また丘を越えて小屋に戻る道を歩き始めた。

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