魔王にはなりません。

霜弐谷鴇

僕は魔王にならないよ?

 僕の名前は左馬さうま真緒まお。中学2年生だ。好きなものは怠惰、嫌いなものは指図の普通の男の子。僕は今、猛烈に困っている。


「あなたは魔王になるのです! そして人間種族と、我ら魔族の血で血を洗う争いに終止符を。さぁ、真緒様、共に魔界へ行きましょう」


 僕のことを熱心に勧誘してきているこの生物はなんだろうか、そもそも生物なんだろうか。馬に翼が生えたような、ペガサスみたいなヤツ。でも翼は真っ黒でギザギザしていて、いわゆる悪魔みたいだ。なんだかそこら辺に売っていそうなチープなぬいぐるみを連想させられる。


「わたくしはカジャと申します。真緒様の使い魔として馳せ参じました。真緒様が魔界に来てくださるためであれば、同級生を八つ裂きにすることも、巨万の富を得ることも、なんであろうと実行いたします。何なりとお申し付けください」


 パタパタを翼を羽ばたかせて、眼前でごちゃごちゃと言っている。ここは僕の部屋だ。どうやって入ったんだこいつは。


「我らの世界とこちらの世界を繋ぐゲートの座標を、真緒様のお近くに設定したのです」


 いや僕一言も発してないんだけど。


「魔王様にお仕えするために、我が一族は精神領域に干渉することで思考を読み取ることができるのです。これも全て、真緒様にお使いいただくための能力にございます」


 人権侵害だよこれ。

 僕はそう思いながら部屋の窓を開ける。心地よい春の陽気がそよ風となって吹き込んできた。気持ちいい。


「真緒様、わたくしが来たからにはもうご心配は入りません。憎き……真緒様?」


 僕はカジャと名乗った謎生物の前から数歩さがり、軽く助走をつけ脚を踏み締める。


「ま、真緒様? まーー」


 そのまま開け放った窓に向かって思い切り脚を振り切る。体育の授業で身につけたサッカーボールキックだ。


「ーーぁぁぁああお様ぁぁぁあ!! ゆうしゃにおきぉぉ……」


 思った以上に飛んでいった。満塁ホームラン。カジャの姿が見えなくなり、ふぅと一呼吸つく。平和が訪れた。


 平和になったところで暇なので散歩に出かけよう。外はいい天気だ。


 いつもの散歩ルートをのんびり歩いていると、何やら数メートル先に黒いモヤのようなものが見えた。モヤは円形に広がり、その奥は漆黒に塗りつぶされている。数歩近づくと、モヤが鈍く光った。そしてモヤの中から足がぬっと現れたのだ。


 突如として黒いモヤから現れたのは、筋骨隆々のスキンヘッドの男だった。全身におびただしい傷跡がついており、一際目立つのは顔を斜めに走る傷跡だ。そしてその手には、巨大な斧が握られている。


「貴様、魔王だな? まだ子供に見えるが私は欺かれないぞ」


 筋骨隆々の男はそう言うと、斧を肩に担ぎ上げた。もしかして僕、殺される?


「私は東の勇者、”剛腕”のアズール。人間種族の平和のため、お前を打ち滅ぼす。さぁ私と勝負しろ!!」


 やばいやばい。殺される。助けに来いよさっきの悪魔。僕は魔王なんだろ、味方がたくさんいるんじゃないのか。こんな筋肉お化けに勝てるわけないじゃないか。


「断る権利など貴様にはないがな!! さぁ神聖なる決戦、”ジャンケン”だ!!」


 ……ん? なんて? ジャンケン?


「決戦が始まれば時は待ってはくれないぞ!! いくぞ! だっさなっきゃまっけよー、さーいしょーはグゥゥゥゥッ! じゃーんけーんポン!!」


 勇者、グー。僕、パー。僕の勝ち。


「グゥゥゥゥアアァアァァァァアア!!!」


 勇者の体が炎で包まれる。……なんで?


「みんな、すまない……。私には世界を救うことができなかった。だがきっと、西の勇者が、貴様、をぉぉぉぉ……」


 東の勇者は炎に包まれながら、再び現れた黒いモヤに消えていった。斧はなんのために持ってたんだ。絶対に決戦の競技内容間違えてるよ彼。せめて腕相撲とかにしておきなよ鏡で自分見たことないのか。”剛腕”をジャンケンにどう使うんだ。


「さっすが真緒様でございます!!」


 上空から先ほど蹴り飛ばしたはずのカジャの賞賛の声が聞こえてきた。それにしても、東の勇者にはなんだか可哀想なことをした気がしてきた。死んでしまったのだろうか。


「いえいえ、元の世界に強制送還されただけにございます。しかし敗北は敗北。奴は敗戦の業火に灼かれました。全身の毛が燃やし尽くされ、ツルツルとなっていることでしょう、髪の毛を除いてね」


 全くの無傷じゃないか心配して損したよ。敗戦の業火ただの脱毛サロンじゃないか。髪の毛は元からツルツルだから本当に全身ツルツルだよ彼。


「さすが魔王、真緒様。やつに3回勝負すらさせずに葬りましたね」


 あ、3回勝負のルートもあったんだ。ルールがよくわかんないよもう。


「退けたとはいえ、まだ油断なりません。我らの世界より勇者が攻めてきます。これは始まりに過ぎませぬ」


 始まりも感じてないよ僕は。知らないスキンヘッドのおっさんにジャンケン仕掛けられて勝手に全身ツルツルになられただけだよ。なんのプレイなんだよ。


「むむっ!! 時空の歪みを感じます。真緒様、新手です!!」


 またも数メートル先に、今度は黄色いモヤがかかった。モヤは円形に広がり、閃光を放つと、モヤからぬっと足が出てきた。登場の仕方のレパートリーよ。


 出てきたのは全身を鎧で包んだ美少女だった。美しい金色の髪が兜から流れ落ちるように伸び、整った顔を際立たせている。背面には2本の剣を背負っている。


「東の勇者、”剛腕”のアズールは敗れたようね。しかし、彼は私たち四方勇者の中では最弱!!」


 ジャンケンで?


「この私、西の勇者”閃光”のエリアーヌが貴様を滅ぼす!」


 背面の剣を両方抜き、西の勇者が構える。双剣使い、というやつだろうか。僕は脳裏に、この人も変な勝負仕掛けてくるんじゃ? という思いがあったものの、やはり目の前で抜剣されると肝が冷える。


 戦いなど生まれてこの方したことない僕では、瞬殺だ。守ってくれるかと期待のカジャは、どこから出したのか旗を振って応援している。


「さぁ魔王よ、私と勝負なさい!! 神聖なる決戦”セクシーポーズ対決”よ!!」


 やっぱ剣関係ないじゃん。なんで持ってきたの、なんで抜いたの。西の勇者は先ほど抜いた剣を背面にしまう。


「この決戦に私は敗れたことがないわ。それが、私を最強と謳わせる所以よ」


 確かに、不味い。これだけ豊満な胸の、美しい女性が相手なのだ。特に美形でもなんでもない中学生男子が、セクシーポーズで勝てるわけがない。というか人生でしたことない。


「決戦が始まれば時は待ってくれないわ!」


 それ謳い文句なの?


「さぁ、始めるわよ! 3、2、1、ポ〜ズ!」


 西の勇者がかがみ込むように両手を両膝につけ、胸を強調するようなポーズをとった。鎧を身につけたギャップからか、かなりセクシーに見える。


 対する僕は、片手は腰に、片手は頭に持っていき、腰をくねらせたようなポーズをとった。ウエッ。よくわかんなかったから、記憶にあるグラビアっぽいポーズにしてみた。冷静になれば僕は一体何をさせられているのだろう。


「イヤァァァアアァァァァァ!!!」


 西の勇者の体が炎に包まれた。いやなんでだよ。判定基準どうなってんだ。審査員呼んでこい腐った両目をくり抜いてやる。


「ごめんなさいみんな……。私では倒せなかった。ごめんなさい、ごめんなさい」


 西の勇者の謝罪の声とともに炎は激しく燃え上がり、鎧を全て燃やし尽くした。鎧の中の服も全て燃え、西の勇者の白く滑らかな素肌が晒された。全裸となった西の勇者は、再び現れた黄色いモヤに包まれて消えていった。


 なんで今回は裸にさせられてたんだ。色々な部分が見えちゃったよ。僕まだ中学生だよ?


「サービスでございます」


 なんて?


「さすが真緒様でございます!! このまま、北の勇者と南の勇者を葬りましょう!」


 君たちの世界、たぶん平和だよ?

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魔王にはなりません。 霜弐谷鴇 @toki_shimoniya

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