精霊の愛し子が呪われたらしいので、私が全力で呪いを解いてきます!

朝日奈ゆむ

第1話

*


―私ソフィア・アレイストは前世の記憶を持っている。


 生まれた時にこの世界に違和感を覚え、年を重ね、モノに触れ、言葉を理解し書を学ぶと、自然と前世の自分というものを思い出していった。


 前世の私はオリビア・フローレンスと呼ばれる女の子だった。


 今と同じ国に生まれ“世紀の大天才”と名高い優秀な魔女で、幼いころから知恵の泉と呼ばれる程、

 この世に存在するすべてのものに興味があった。

気になるものを端から吸収し、学び続け、一人で発明し魔法を作り続けた。


 ある時、一人で暮らしていた家に泥棒が入った。

幸い外出をしていたので、私に被害はなかったが、

私の杖の源となる庭のオリーブの木が傷つけられた。


 私が生まれる前から今は亡き父が大切に育てていた木、枝がぱっきりと折られ、こんな無残な状態にされてしまうなんて思いもよらなかった。


 誰がやったのかは知らないが、家の守りを厳重にせねば…とその日から自宅警備用の魔法道具を次々と生み出した。


 オリーブの木は生きている部分を欠片にして、道具庫の中に仕舞う。大元の木はまた力が育つように魔法をかけた。他にも大切なものや、価値のある蔵書などもまとめて棚に収納した。



―この部屋の守りは一番厳重に。―



 私にしか分からない道具で守ろうと決め、オリーブの木の欠片と私の血液を使って小さなマジックボックスを作り上げた。


箱の中には、侵入者を即死させる強い魔法の力を込めた。


 それほどこの部屋には大切なものが詰まっているのだから父と暮らした大切な思い出も、しっかり魔法で部屋の記憶として保管した。



 ある夏の日、私は近所の川で水を浴びていた。

その日はとても暑い日で、少し体調も悪かった。

 私は前日に数年かけて研究をしていた魔法の成果による結果の論文を仕上げたばかりで、睡眠不足もあったのだろう。


 一瞬川の中で足に力が入らず、そのまま転倒し水の中で溺れてしまった。水が口の中に侵入してきて、ごぼごぼと苦しさに埋もれた。


(まだ死ねない、まだやりたい研究もあるし、これが終わったら学びたい分野の本を取り寄せてるんだから…こんな所じゃ絶対死ねない………!!!)


 そう思いながら体を必死に動かそうとしたが、

力がどんどん抜けていき…


オリビア・フローレンスは25歳という若さで

死んでしまった。


ここまでが私の前世の記憶になる。





そして、今世は辺境伯の娘として生を受けた。

前世と同じ国で育ち、私の死から150年が過ぎたという。


 私の暮らしていた村はもう存在しておらず、

あのオリーブの木にも会えなかった。


 オリビア・フローレンスという魔女は、世紀の大天才としてこの時代でも語り継がれていた。


少し照れくさいが、私の生み出した魔法道具が国を豊かにしていったらしい。


 豊かになったこの国は、昔は少量しか存在していなかった“精霊”の加護を受ける人間が増え、神聖な光の魔法なども多く普及したらしい。

 当時から考えたらありえないくらいの進歩であった。国の発展とは素晴らしいものだ。


まあ、それでも折角豊かな国に生を受け、今は優しい家族に囲まれている。


おまけに辺境伯の娘になって

かなりの贅沢もさせてもらった。


 両親の仲は良く、2人とも見目が整っているので

娘の私もかなり美人に育った。

 いつか親の選んだ人と結婚をするだろうが、私も両親のような素敵な家庭を築きたいものだ。


 前世では知識に貪欲すぎて色恋とは全く無縁の状態だった。


だが今世では、知識も深め研究にも力を入れたいが、素敵な人と恋をして、この辺境の自然豊かな地で自由気ままな生活を送ってみせると決めていた。


(転生とは素晴らしいわ…!神様ありがとう!)


そうやってソフィア・アレイストとしての私は

伸び伸びと16歳まで成長した。




*****




「ソフィア、あなたもそろそろ素敵な方を見つけていらっしゃい」


お母様に突然そんな事を言われ、

「私が自分で見つけてきていいんですか?」

と純粋に疑問に思った。


(いつか両親の決めた人と…と思っていたのに)


「いいのよ、恋愛結婚が一番だわ!それにあなた放っておいたら自分の研究室から一歩も出てこないじゃない!」


図星を突かれ、はははと苦笑いした。

「せっかく可愛いお顔をしているのに、勿体ないわ!」


とにかく、外に出て何か気になるものでも見つけてきてそれをきっかけに誰かと出会えるかもしれないわ!というお母様の提案を飲む。


お父様の許可を経て、折角なので辺境の地から、

一度王都の方へと旅行に行くことにした。



 気分転換…というより心機一転!

初めて歩く王都の街中は色とりどりの花びらの吹雪が舞い、とても綺麗な景色だった。

 あちらこちらと声が響き渡り、人間とはこんなにもいっぱい存在していたのか~と感心してしまった。



 お母様が選んでくれた、白いブラウスに水色のワンピースは少し少女的かな、と思っていたが、王都の街中に溶け込めるくらい馴染んでいた。


ひざ下で広がるスカートをふわり、ふわりとひらめかせて、レンガ造りの道を歩いて行った。


「ふふ、なんだかお姫様になったみたいで気分がいいわ!」

栗毛色をしたロングの髪の毛は軽く巻いて前髪はピンでとめた。


 お花のたくさんついた白い帽子をズレないように

首元まで垂れ下がるリボンできゅっと結びなおし、

手に持っていたバスケットを揺らす。


(まずは本屋さんかしら…王都にしかない本をいっぱい買わないと!それに薬草も見たいし、はやりのスイーツなんかも食べてみたい!)


そう思い立って、まずは王都にある大きな本屋さんを見て回ることにした。


カラン…

ベルが鳴り、扉がひらく。

自動で開く扉に感動しながら一歩足を踏み出した。


(えっと、やっぱり最近の魔法についての本から読もうかしら…)


魔法学、薬学…と並んでいる棚へ向かうと、

思ったより人が多くいた。


(いつの時代でも魔法に関する本はとても人気なのね…!)


人ごみの中で本を探すのは得策ではないと、

レジの方に向かい店員さんに声をかけた。


「すみません、本を探しているんですが」

紙を確認していたお姉さんがこちらにやってきて、

笑顔で対応してくれた。


「どのような本でしょう?」

「魔法についての、最近のものが知りたくて」

「まあ、あなた学生さん?」

「いえ、今日王都にきたばかりで、魔法学が好きだからどんなものか見てみようと…」


「そうなのね!今、王都では魔法による呪いの本が一大ブームなの」


呪い…?物騒な言葉に身をすくめた。


「あ、怖がらせてしまってごめんなさいね、呪いというより、解術方法についてなの」

「解き方…ということですか?」


そうそうと、お姉さんは言うと新聞を取り出して見せてくれた。


「これ先月のトップニュースよ」


 そこには、“この国の第四王子であるリアム様が呪いのマジックボックスに触れてしまい、瀕死の状態”という一面記事が載っていた。


「ええ!!なんてこと…王子様はご無事なんですか?」


そう尋ねると、

「リアム様は精霊の愛し子でいらっしゃるから、

なんとか一命は取り留めたそうよ」

と教えてくれた。


この国の第四王子でいらっしゃるリアム様は生まれた時から精霊に愛された子で、街中にもよく下りてくる活発な男の子のようだ。


「リアム様はまだ8才、

若いのに呪われてしまって可哀そうだわ…」


「本当に…だから国民がこぞって呪いを解く方法を探しているの」


そうだったんですね…と話を聞き、私にもなにか出来ることがあれば!と情報を聞いた。


 こう見えても前世では世紀の大天才と言われた魔女なのだから、苦しんでいる王子の呪いなんてパパっと解けてしまうのでは!と軽い気持ちで今王城で公開されいる情報の紙を受け取った。



“知恵の魔女 オリビア・フローレンスの

残したマジックボックスの暴走”


「は…………?」


紙に書いてある文字を何度も見返した。


“知恵の魔女の家に残されていた魔法具やマジックボックス数点を王城の保管庫にて管理していたところ、誤って触れてしまった王子に呪いがかかってしまった”


“オリビア・フローレンスは今から150年前に生きていた発明の天才であり、魔女の死後に残されていた遺品は全て王家で保管している。今回はその1点の暴走によるものと考えられている。”


と、そう記されていた。


(私の作ったマジックボックスが暴走?でも150年も昔に作ったものだし未だに動いているなんて…いえ、私の血液を浸み込ませたマジックボックスであれば可能性も高い…)


まさか前世の部屋番をさせていたマジックボックスが今世では王子様を呪う道具になってしまうなんて…!


あれには私の部屋を守らせていたし、

即死の呪いをかけてあった。


(ああ…王子は箱に触れて瀕死の重傷と言っていたし…間違いない…私の即死のマジックボックスだわ…)


私の作ったもので罪のない王子様がこんな目に遭われてしまうなんて、おまけにまだ8才の少年だという…なんてこと…



(これは完全にやってしまってるわ…!!!!!!)



本屋のお姉さんに情報のお礼を告げ、大急ぎで王城へ面会を求めて向かった。


 王城には私同様多くの研究者たちが列をなしていた。

 受付の門番に面会の希望を出し、明日の朝の順番を取ることが出来た。



(本当は今すぐにでもお会いしたいけど…)


きっとあの魔法を身に受けたなんて、子供なら苦しかっただろう、痛かっただろう、そう考えて心が締め付けられるように苦しくなった。


明日には必ずお会いして呪いを解きますからね!

と拳を握り、王城を後にした。


その日は気が気じゃなく、王都の街中を軽く歩き回るだけで宿に帰りすぐに寝た。




翌日の朝、衣服を整え王城へと向かった。


 今世ではオリビア・フローレンスの肩書は使えないため、私は辺境伯の娘であるソフィア・アレイストとして、王子へのお見舞いという名目で面会を取った。


(まずはマジックボックスの確認をさせてもらわないと…私の作ったものならマークが入っているはず…)


「ソフィア・アレイスト様、

中で王子がお待ちです。どうぞお入りください。」

そう言われ、重厚な扉がギギギと音を立てて開いた。



足を踏み出し、淑女の礼をする。


「面を上げてください。

ソフィア・アレイスト令嬢。初めまして、遠路はるばるお越しくださいましてありがとうございます。」


顔を上げ正面を見ると、

何度か姿絵を見たことのある第二王子のジャック様と、第三王子のルーク様、そしてその後ろにフードを被った第四王子のリアム様がいらっしゃった。


「王子様方、お会いできて光栄でございます。

辺境伯の娘、ソフィア・アレイストでございます。

この度は王都まで観光で来ておりましたが、

街でリアム様のお話をお聞きしてこうしてお見舞いに伺わせていただきました。」


スッとお辞儀をして、言葉を待った。


「ソフィア嬢、来てくれてありがとうございます。」

リアム様に声をかけられ、ニコリと微笑まれた。


(体調は大丈夫そうみたい…)



リアムの周りを警戒するように光(精霊たち)が舞う。

こうして生きているのは精霊たちが彼を守っているから、改めて目の前にすると、罪悪感でいっぱいになった。



「リアム様、恐れながら…その、一度私と二人でお話などできないでしょうか?勿論体調のこともありますので、無理のない範囲で構いません。」


ギロリ…とほかの王子様方に睨まれた。


(ひぃ…ごめんなさい…でもこれはリアム様のためなんです…)


リアムは少し考えるように、腕を組み

「それは、どうしてですか?」

と不思議そうな顔をした。


あまり使いたい手ではなかったが、仕方ない。

「私はオリビア・フローレンスの縁あるものです。

もしかしたら王子様のお役に少しでも立てるのではないかと…」


「なんと!」

「そうだったのか!!!」

他の王子様方は耳に響く声を上げられた。


(―――!! 圧がつよい…でも大切な弟の事だものね、)


心配なのはわかる…が

声のボリュームはもう少しだけ落として欲しい。


「リアム、どうする?」


ジャックに尋ねられ、

えっと…と迷っていたリアムがこちらを見る。


緊張させないようにと、にこりと微笑むと


「お話してくるよ」

とこちらに駆け寄ってきた。


「それではご令嬢、弟の事頼みます。」

「今は少しでも情報が欲しいところなのでね」

2人は笑いながら部屋を出て行った。



私は彼に向かい合った。

「ソフィア嬢、それではお庭でお話を聞きましょうか」


8才と聞いていたが、キビキビ動く立派な男の子だった。



 庭のベンチに案内され、腰を掛ける。

バラのいい香りが広がる素敵なお庭だった。

さすが王城、庭師のレベルも高い。


周りを物珍しくキョロキョロしていると、

「ソフィア嬢は王都も初めてなんですよね?」

と声をかけられた。


そうなんです、と返し、リアムに昨日見た王都の景色の素晴らしさを伝えた。


「ほんとうに私感動してしまって、そうだわ!街の方もリアム様のお姿が見えないこと心配されてましたよ。」


「…………」


少し冷めた目で、それで?という顔をするリアムに驚いてしまった。


(そういうお顔もされるのね……)


些かおしゃべりがすぎたわ、と反省し、本題に入った。


「私はオリビア・フローレンスに縁あるものと言いましたでしょう?私にはオリビアの残した手帳があるんです。」


(そう、頭のなかにだけどね!)


「手帳…ですか?」

「ええ、オリビアの記録や研究を残したものです。」

「そんなものが!すごい!見せてください!」


目を輝かせる彼に、申し訳なさそうに、

見せることは出来ませんと伝えた。


「どうして…?」


「今回のことはオリビアの本意ではありませんので、手帳の内容も明かすことは出来ないのです。ですが、私は内容をしっかりと覚えております。まずはリアム様がフードを取って暮らせるようにお手伝いいたします。」


リアム様は会った時から

深く被ったフードを脱ぎたがらなかった。


それは私がマジックボックスにかけた呪いのせいだろう。

私の呪いを受けたものは左目の下にオリビアの魔法紋が浮き出るのだ。


(きっとリアム様のお顔にも同じものがあるはず)


そう思い、リアムのフードに手を伸ばした。

「やめて、見ないで。」


彼はフードを両手で掴みこちらから距離を取った。


「大丈夫です、その紋は消せます」

酷く怯えるリアムにゆっくり近づきフードを下す。


(やっぱり、オリビアの紋が浮かんでいる…

私のマジックボックスのせいだったのね…)


フードを取られ涙目のリアムは

目の下の紋を隠すように手で押さえた。


「今までもこの紋を消せると、多くの者がやってきた…だが今でもこの紋は俺の目の下に残っている…

そう簡単には消せないんだ…」

そう悔しそうに言った。


「大丈夫です。絶対、大丈夫ですから」


彼の手を退け、頬に自分の手を添えた。


久々にこの紋を見た。

私のお気に入りのオリーブの木を模した紋。


「……目を閉じてください。」

ゆっくり呼吸を整えて、息を吸って、吐いて…

と優しく声をかける。


今はソフィアとして生きているが、私の中にはオリビアの魔法の残影がまだ少し残っている。



呼吸が落ち着いてきたリアムのおでこに、

一息魔力を込めたキスを送った。


ちゅ………瞬間光が彼を包む。


「えっ…!」

びっくりして目を開いたリアムがこちらを見る。


私はにっこりと微笑んで、

「さあ、終わりですリアム様」


鏡を手渡し顔を確認してもらう。


手で頬を触り、抓って驚く。

「どうして…消えた…なんで!?」


「リアム様の体に害を成す紋はこれで完全に消えましたよ。」


「ソフィア嬢すごい…これでもう呪いは解けたの?」


そう嬉しそうに聞いてくる彼に、申し訳なさそうに答えた。

「呪いはまだ解けておりません。

本体を解呪しなければいけませんので…」


「でも、ソフィア嬢ならできるんだよね?」

「そう…ですね、まずは見せてもらわなければなんとも…」



顔の魔法紋が消え、

可愛い笑顔を取り戻すリアムを見て一安心した。



(こんな素晴らしい国宝級の顔面を損なうことがなくて良かった…)


 紋の消えたリアムの顔をよく見ると、この国の宝と言ってもいいくらいに整っていた。

可愛らしい少年の顔に、細身の体。すらっと長い手足。


(確かにこれは精霊向きね、

好みすぎて契約してしまう気持ちもわかるわ)


精霊たちがリアムを祝福するように

光の玉をまわりに散らす。



この子たちが守ってくれていなかったら、

彼の命はひと月も持たなかっただろう…

このタイミングで王都を訪れることが出来て本当に良かった。


「ソフィア嬢、しばらくここに滞在して?

一緒に呪いを解いてよ」


「ええ勿論です!王都に宿は取ってますので、

いつでも通って呪いを解きますよ」


柔らかく笑えるようになったのを嬉しく思い、そう伝えた。


(私に出来ることはなんでも!元凶は私だしね!)



「違うよ!王城に泊って行って!

ここで一緒に過ごそうよ!」


「は…え…?」


「待っていて!すぐに部屋を用意させるから!

兄上たちにも伝えておくね!」


それだけ言ってリアムは走って行ってしまった。



(私が…王城に…住む…?えええええええええええ~!?)


 マジックボックスを見せてもらってから、原因を突き止めて、解くのに大体1週間程度かかるだろう、としか考えていなかったのでまさかここに住み込みで呪いを解けと言われるとは思わず、ベンチにひとり呆然と気が抜けてしまった。


(どうして…こんなことに…?)



*****



 王城に住み始めて一週間が過ぎた。

驚いたことにマジックボックスの呪いが

何故か複雑化していた。


 私にしか分からない暗号で書いていたはずの魔法陣を誰かが弄ってしまい、よく分からないものになってしまっていたのだ。


(いったい誰がこんなことを…)


150年も放置されたとはいえ、

命令系統は私にしか触れない、はず。



今日も王城の書物庫に籠り呪いの本を読み漁っていた。



(私にも分からない呪いの魔法が存在するとしたらそれは、死後に出来たものだけのはず…)



とはいえ、呪いの進化も目覚ましい。


 昔ながらの王子さまはお姫様の運命のキスで呪いは解けました!なんてことにはならないのだ。


むしろそのくらいの呪いであって欲しかったけど。



書物庫の扉が開き、リアムが顔を覗かせた。

「あ、お姉さん、みっけ…」

にっこりと笑顔を見せる彼は、謎の色気を漂わせていた。


「王子、どうかしたんですか?」

「ここにお姉さんがいるって聞いたから会いに来たんだ」

「まあ、わざわざありがとうございます」


あの日から彼は私をお姉さんと呼ぶようになった。


 最初は断っていたが、親愛の証だとか、仲良しになるためだとかで一方的に呼ばれるので気にしないことにした。



「お姉さんの両親から手紙が来てたって、これ」


手渡された紙を受けとり、中身を確認した。



中にはお母様から、

"ソフィアってばすごいわ!王子様を狙いに行くだなんて!玉の輿まであと一歩。気を引き締めて頑張りなさい!"

と書かれていた。


(ち、ちがーーーーーーーう!!!狙ってない!!!!)


なんだこの手紙は!!と破り捨てようとしたらリアムに取られてしまった。


「あっ」


手紙に目を通したリアムは、ふーんと呟くと

「で?お姉さんは誰を狙っているの?ジャック兄さん?それともルーク兄さん?」


「ち、違うの…お母様が勘違いしてるのよ」


不機嫌な顔を見せながら彼は机に両腕を立て顎を乗せた。

「でもさ、俺の呪いを解いたら褒美に王子との結婚くらい望めるんじゃない?」


そんな事考えてないわ!と否定し手紙を取り返した。


「今ここにいないアシェル兄さんとだって結婚できるかもよ?兄さんと結婚できたらお姉さんは王妃さまにだってなれちゃうよ?」


「だから、そんな事望んでいないの。

私は、自分の育った地で、恋に落ちた相手とゆっくり愛を育んで家族になりたいの。王都にも素敵な出会いがあるかもとお母様に誘われて観光にきたんだから」


「お姉さんは、恋をした人と結婚したいの?」

「そうね、できれば恋をしてみたいわ」


前世では叶わなかった、恋をするということ。

その気持ちを一度味わってみたかった。


「好きな人が出来ると世界は輝いて、

毎日が色づいていくって言うでしょう?

私も女の子だし、そういう恋に憧れがあるの。」


そっか、と頷く彼と視線が交わった。


恭しく私の手を取り、キスを落とす。


「相手が決まってないなら、

俺でもいいんじゃない?お姉さん」

ぱちりと可愛いお顔でウインクをひとつ。


唖然とした私は、

「ひぇ…………」

とだけ小さく声を出して、机の上に突っ伏した。


「俺と恋始めてみようよ!きっと楽しいよ!」

私の頭を指でつつきながら、笑う。


「だって8才の王子様をお相手だなんて…

私ショタコンで捕まらないかしら…」

「大丈夫大丈夫!」


むくっと机から顔を上げ、


「で、でも!やっぱり年は近い方が…」

と呟くと


「恋に年は関係ないよ?お姉さんっ」

と妖艶に微笑まれた。


「それでもやっぱり8才の男の子は…罪悪感が~!!!!」


―今日も私は元気にリアムと戯れた。




 その日を境に、リアムから毎日のように口説かれるようになった。


あるときはお茶会へのお誘い、

あるときはお花を摘んできてくださり。


またあるときは、

リアムの瞳と同じ色の宝石を持ってやってきた。


いつも受け取りはするが、

そのまま部屋の引き出しにしまう。


 呪いを解いてこの城から出るときに頂いたものはすべて返そうと、傷一つつけないように大切に保管した。


 お花は枯れないように部屋に飾らせてもらった。

庭でこの花はお姉さんに似合うからと摘んで持ってきてくれる彼は本当に優しいいい子なのだと最近は思っている。



にこにこと微笑んでくれるお顔はとても綺麗で、

私の方が眼福です…と祈ってしまうくらいだ。




*****




 その日は突然部屋に彼がやってきた。

軽くノックをしてバンと扉を開け放つ。



なにか企んでそうな顔で駆け寄ってきて

「ソフィア」

と名前で呼ばれた。


 いきなりだったので驚いたが、お姉さん呼びの次は名前呼びがブームか~なんて軽く考えていた。


「はい、王子。どうしまし…」

「ダメ」

「えっ」


彼にに名前を呼ばれて答えようとしたら、

いきなりダメ出しを食らった。


一体何が気に触ってしまったのだろうと、慌てると


「俺はソフィアって名前で呼んでるんだから、

ソフィアも俺のこと名前で呼んで」


「えっと、リアムさま?」

「ちがーう」

首をブンブン振り、頬を膨らませた。


「呼び捨てで、呼・ぶ・の・!」

「そ、そんな恐れ多いです」


まさか我が国の王子の名前を呼び捨てだなんて、

そんな事辺境伯の娘の身分で出来るわけもない。


(う~でも、もし呼ばせてもらえるのなら…

お呼びしたいかも…!)



悶々と考えていると、私の腕を取り、

イヤイヤ~呼んで~と顔を擦り付けてきた。


(ヌァ~~~可愛い~~~)


「ソフィアは俺の名前、呼んでくれないの?」

「ですから…リアムさま、と」

「リアム」

「リアム……さま…」

「だめ!りーあーむー!」


むむむ!と唇を尖らせ抗議する姿に心を撃たれ


「分かりました。お呼びします!

でも人の目もありますので、ふたりのときなら…」

と答えてしまった。


「やった!呼んで?いまはふたりきり」

はやくはやく、と急かされ、仕方なく一度呼ぶことにした。


「リ…アム…」

「はあい」

軽く手を上げ、へらりと笑った。



 つい先日までお姉さんと呼ばれていたので、恋人云々はさておき、ここまで仲良くなれたことは奇跡なのでは?と思ってしまう。



すると、

リアムは私の手を取って自分の方へと引っ張った。


「わわっ…」

「次は目を見て呼んで?」

「えっ…?」



引かれた手はするすると指を絡められて、両手とも恋人繋ぎのように絡まってしまった。


「俺の目を見て言うまでこのままだから」


されている事は可愛い子供の戯れのようなのに、

この人が言うと、どこか言葉が艶かしくて途端に恥ずかしくなってしまった。


「手…離して…」

「やぁだ」


首から上に熱が集まってきている感覚がした。


(うう…恥ずかしい…

こんなに可愛いお顔の王子様相手に私ってやつは~)


ぎゅ…ぎゅ…と絡めた指をを握られる。


「ねえ~、呼んで?」



口をパクパク動かしながら瞳を見つめ頑張って、


「リア…ム…手、離して下さい…」


名前を、呼んだ。ついでに抗議もした。


目をぱちりぱちりと、ゆっくり瞬きしてから、

ふふ~とご機嫌になった王子は、パッと手を離してくれた。


「ソフィア、俺とふたりきりの時は絶対今みたいに名前で呼んでね?」

「は、はい」


私の返答に満足したのか、

ニコニコスキップでお部屋に戻られていった。


(一体なんなの?!あの子の色気なんなのー?!本当に8才なの!?!?)



―その日から私の事をお姉さん、と呼ばなくなった彼は、事あるごとに私を見つけてはソフィア、と微笑むようになった。



(このお顔は絶対8才の男の子がする顔じゃないわ…!)






 天気のいい昼間、東屋で呪いについての本を読んでいた。


パラパラとページをめくり、

手元のメモ帳に必要な情報を書き写していく。


(この記述気になるかも…)


 オリビアの呪いには基本的にオリーブの木に宿る力を借りて魔法陣を完成させていることが多かった。

この本には、樹木からでるエネルギーを使った魔法の使い方などが記されている。



基本は自分の杖に使った木を

魔法のパートナーとして力を借りる。


だが、150年も経つとどの木からでも魔法の力を吸いだすことが可能らしい。


(この国はエネルギー過多社会になっているし、

きっと力の供給が足りていないのね…)



メモを広げ、両腕を組み、うんうん…と唸る。

あと少しで何かが繋がりそうなんだが、分からない。


(何か、もっと手がかりが…)


そう思い顔を上げると、遠くから手を振って走ってくるリアムの姿を見つけた。


「ソフィア!ここにいたんだ!」

「あら王子ごきげんよう」


ピシ…と彼の纏う空気が変わった。


「えっ…と…」


(そういえば…ふたりの時は名前で呼ぶんだった…)


「僕の言ったこともう忘れちゃったの?薄情だなあ~?」

「そ、そんな事ないわ!

ちゃんと覚えてる…覚えてますから…」


「…呼んでよ、いまはふたりきりでしょ?」

「あ、あの…やっぱり」


名前を呼び捨てはどうかと…とミーハーな顔ファン部分の私が断りを入れようとした。


彼は人差し指を私の目の前に差し出し、

ふにっ…と指で唇に触れた。


「だ ま っ て ?」


(ひぇ…指……指!!!指当たってます…)



彼に見つかってしまった私は今日もこのまま彼に振り回される運命なんだろう。


顔面が本当に本当に綺麗だからこそ許される行動よな…と遠くを見つめた。


(でも可愛いから全部許す!)




*****




 今日見つけた本は、新しい理論を組み立てるのに最高の資料だった。


 時間を忘れ、夜まで没頭して読み進め、紙に自分なりの魔法陣を組み立てる。


これがうまくいけば、

あと一週間程度で呪いは解けるだろう。



そう思ったのも束の間で。


「ふう…、資料の整理だけでこんなに時間がかかっちゃった…」


丸一日書庫に缶詰めしてしまった。


 これにはお城の人も困らせてしまい、お食事はどうだお風呂はどうだと騒がれてしまった。

 疲れていたので食事だけ簡単に作って包んでもらい部屋へと向かう。


とりあえず、実験もしたいし明日までに他の資料も整理して内容を纏めなければ…


ガチャ、部屋の扉を足で閉め、


(今夜は部屋でゆっくり考えて内容を練り直そう。)


ぐったりとソファに腰掛けて、

かけていた分厚い眼鏡を外した。


 着ていた上着に手をかけ、一つ目のボタンを外すと向かいのソファに座るリアムと目があった。


「な…………」


「ん、おかえり~」

「なんでここにリアムが~?!?!」


慌てて先ほど外した上着のボタンを直し、服装を整えた。


「着替えか?ここで待ってるけど?」


(待ってちゃダメです~出てって…)


ソファの上でぐだぁ~と横になる彼を見ながら、

どうしてこちらに?と尋ねた。


「今日のパジャマは新しいものでな!お前に見せてやりたいと思ったんだ!どうだ?可愛いだろう?」


腕についたレースをフリフリと揺らす。



「なぜ…わたしに…」

「ん?お前こういうの好きだろ?」



(ううう…確かにめちゃくちゃそういうの好きい!

そして本当に何を着てもすごく様になるわ…)



王子は私の方をにまにま眺めて、パジャマの首元で結ばれたリボンを軽く指で引っ張った。


「ちゃんとこっち見ろ、ほら?感想は」


恥ずかしさでむう…とした顔で王子を見つめた。

けれどそんなのものともしない顔で、感想は?と強く尋ねられた。


「さ…最高に可愛いです、リアム」

「へえ~…………でも残念、時間切れ。」


ソファから立ち上がって、今日のとこはこれで満足しておいてあげるよ。と扉に向かって歩き出した。


扉を開けて、彼はくるりとこちらを振り向いた。

「リアム?なにか…」

「俺で、癒された…?」


(ヌ…………!!!!)


「めちゃくちゃ疲れ取れました…まだまだ働けます」

「働くなって」


「あ、でもリアム、

こんな夜に女性の部屋に遊びに来てはだめです。」


「は?俺が気軽に遊びにくる異性の部屋なんて

………お前だけだから」


少し頬を染めて、ま…それだけ!と言ってバタンと強く扉を閉められた。



(照れたお顔…見れてしまった…眼福…)






 昨日はリアムのおかげでゆっくり寝ることができ、解呪方法も最終段階まで予定を組むことに成功した。


あと少しでこの場所ともお別れか……

なんだか感慨深い気持ちになっていた。


するとリアムが部屋を尋ねてきて、今日は気分転換にと、散歩に誘ってくれた。


 大きな木の下、ここで休憩しようとハンカチを敷いてくれた。


 座る瞬間に突風が吹き荒れ、彼のハンカチが風で飛んでいってしまった。


ハンカチは木に引っかかってしまい、私たちは顔を見合わせた。

このくらいなら取れます!と木に登りハンカチを掴んだが、私はそのままバランスを崩し木から足を滑らせてしまった。


「きゃあっ…」

「ソフィア!」


一瞬リアムが手を広げているのが見えた。


ドスン………

私は木から勢いよく落ちた。


(あれ…結構な高さから落ちたのに痛くない…?)


すると、むに…と何かが私の胸元に当たった。

落ちた時びっくりして目を瞑ってしまったので、慌てて目を開ける。


目の前には、顔を赤くして目を丸くし視線を逸らしたリアムがいた。


「あ~…これは事故だ」


私が彼の上に落ちてしまったからか、

彼を押し倒す形で今私は地面に手をついていた。


(…受け止めようとしてくれたのね)


こんなに小さな体で支えてくれて…

と彼の手へ視線を移すと。


手は私の胸元にあった。


暫くその手を見入って…

そのまま驚いて体が固まってしまった。



(あ…あああああああ)



なんて事だ私がリアムに胸を触らせてしまっている…


無理矢理みたいなもんじゃないか、これではセクハラもいいところだ…

慌てて彼の上から飛び降りスライディングで土下座する。


「も…申し訳ありません!!

こんな粗末なものを触らせてしまい…なんと謝罪したら…」


涙目になりながら顔をあげると、

はあ?って顔をした彼と目が合った。


「なに?謝ってほしくないんだけど。」

ありえないこの女。と呟かれて余計に申し訳なくなった。


「お怒りはごもっともです!気がすむまで私を好きにしてくださって構いません!」

お叱りはしっかり受け止めようと、目を瞑り腕を広げた。



途端彼の大きなため息が聞こえ、びくりと体を震わせた。


(めちゃくちゃ怒っていらっしゃるわ…どうしよう)



ぱっぱ、と服を叩いて立ち上がる音が聞こえた。

何かが前髪をすくった、瞬間、バシっとおでこを弾かれた。


「いだ…っ…」


思わず目を見開き、おでこを押さえた。


すぐ目の前に中腰でこちらを眺める彼と目が合う。

「涙目で上目遣いね、ふーん…これはこれでいいか」


 何が何だか状況が掴めなかったが、とりあえず先程のデコピンで許していただけたらしい?


「お前、女なんだから自分を大切にしたら?」

「え……?」


 中腰で屈んでいたリアムが私の胸元に顔を埋め、

彼の腕が私の両脇をすり抜けた。


そのまま体重をかけられて、私達は地面に落ちていった。


「えっえっ?」


何故か今度は私が押し倒されている。


押し倒した私の上で、胸元に耳を当て

「はは、すごいドキドキしてる。聞こえる?」

と、私の心音に耳を澄ませ始めた。


(な、なに?どういう状況なのこれ?)


「俺の心音も聞きたい?

お前ほどドキドキしてはいないと思うけど」

そう言って笑うリアム。


わけが分からず、行き場のない両手をわたわたと彼の肩に置いた。


「……なに?」


肩を掴まれた事に驚いたのか、一瞬目を丸くしていたが私の両腕を払いのけて微笑む。


「好きにして良かったんじゃないの?」


「さ、先程おでこを…」

「あれはちょっとムカついたからやったの。

お詫びはこれからでしょ?」


胸元から起き上がった彼は、

私のお腹の辺りに跨っていた足に力を入れた。

腕も一緒に彼の足に拘束されてしまった。


(う…動けない……)


上から見下ろすように眺められて、どうしようもなく落ち着かない気持ちになった。


何か思いついたのか、可愛い笑顔を浮かべて私の頬を撫で、滑るように耳に触れた。


(手…つめたい…)


耳元まで顔が近付き、

「そうだなあ、キスくらいは貰っておこうかなあ…」


甘くおねだりするような声に

思わず目の前が溶けそうだった。


(いま、絶対…私顔赤いわ…)


スッと顔から離れ、また見下ろされるような位置に戻る。


「ふふっ出来るよね~?」

そう言って無邪気に笑う彼に、勿論です。と答えた。


「それじゃ開放してあげるけど、

絶対お前からキスしてね。約束」


私のお腹に乗っていたリアムが立ち上がり、体が軽くなった。


そのまま私も体を起こし、隣に座らされる。



(まさか本気で…?私から…?)



逃がさないと言わんばかりに手を握られた。


「はい、お前から、……して?」


こちらを向いてゆっくり目を瞑られた。



「…っここでは…ここでは恥ずかしくて出来ません!」

思わず大きな声で抗議した。


彼は、はあ?って眉を寄せ、ハッとした顔をして


「もしかして口にしてくれるつもりだった?」

「えっ?!」


てっきり口にかと…とどもると手を叩いて笑われる。


「お前大胆なやつだな~」


どこにしてくれんだろうな、とは思ってたんだって笑うので、そういえば場所の指定をされてなかった事に気付いた。


(私からするってだけだった……!)


みるみる顔を赤くして、両手で顔を覆った。

「また意地悪ばかり!」


ごめんごめん、と頭を撫でらる。

これではどちらが年上なのか分からない。


「でも約束したから。

場所を変えてどこかでキス、してね?」


今すぐじゃなくていいよ~と再び頭を撫でてくる。

髪をくしゃくしゃにされ、もう~と怒りながら顔をあげると、鼻がくっつきそうなくらい近くに彼がいた。



あまりに近すぎて後ろに退けぞろうとしたら


「約束したキスは、口にして?」

それだけ言ってリアムから先に顔を離した。


「じゃ!俺は行くな!」

ハンカチを畳み、さっさと城に戻っていってしまった。


(なんなの…?私夢でも見てたの?)


触れられた感触、言われた言葉、全てが頭の中をぐるぐる巡ってパンクしてしまいそうだった。


(私からキス?唇に?なんで??)



私は考え込みすぎて、その場から動けないままだった。


ふうーーと大きく息を吸って、


「勘弁…してよ…相手は8才の王子様なのよ…?」

だはあーーと息を吐いた。


―私の声は誰にも届いていなかったようだった。




*****




(このまま王城にいたら…私リアムに絆されてしまいそう…)



 自分の身の危険を感じながら、それでも少しずつあの小さな王子様に心を許してしまっていた。


 もう少し傍にいれたら、何か変わるのだろうか。

私と彼の埋まらない年の差に、もやもやを感じる。



だがここにいるのはあくまで…


前世の私が作ったマジックボックスの呪いを解くため!


謝って呪われてしまった王子様がまだ小さくて可哀そうだったから!


顔が最高に綺麗だけど、それは私の呪いとは関係ないわ、



(私はマジックボックスの呪いを解いて差し上げたら実家に戻ろう。一度ちゃんと落ち着いて両親と話がしたい……)



そう自分に言い聞かせ、

呪いを解く魔法陣を床に描き始めた。




 一晩かけてなんとか魔法陣を完成させた朝、使用人の人や王城の方々に準備が出来たことを伝えた。


(これで魔法が成功すれば、こことも本当にお別れね…)


 私が居なくなったらリアムは寂しがってくれるだろうか…きっと何年も経てば私の存在も忘れてしまうんだろうな、ここで仲良くなったことは夢だったとでも思おう。


そう決めて早朝、彼の部屋へと向かった。



王族の居住スペースを訪ね、リアムの部屋の前に立つ。


扉を数度ノックして、大きく息を吸った

「王子~朝ですよ、起きてください~!」


そう言って私は部屋へ入った。



窓のカーテンは閉め切ってあり、部屋の中は真っ暗。


子供なのにこんな暗闇のなかで寝れるなんてすごいわ…と

感心しながらベッドの方へと向かう。


ベッドに取り付けられたカーテンに手を当て

「リアム、失礼しますよ」


シャッと開けた。


 真っ白いシーツとフワフワの掛け布団の中に、丸まって枕を抱くリアムがいた。


「もう、起きてくださいってば!」


 布団を剥ごうと手を伸ばそうとしたら、暗闇で足元にあるものに躓いてしまった。


キャッ…と言ったのも束の間、

気付けば彼の布団に転げてしまった。


 これはあまりにも不敬!

と焦ってベッドから出ようとしたが、彼の布団のファスナーに髪の毛が引っかかってしまった。


(なんでこのタイミングでファスナーに引っかかるの!?引きちぎる?!髪の毛だしね!?うん問題ないわ!!)



シーツの上に座って大急ぎで髪の毛を引きちぎり、

ベッドから這い出ようとした、が。


「んん…?」


寝坊助でぽやぽやな彼に足を掴まれてしまい、

そのままベッドへ再度転倒した。


「なぜ今!!!あっ、起きたんですかリアム?!」


問いかけたが返答はなく、う~んという寝息だけ。


(無意識で足首を掴んだのかしら…?

まぁいいわ、さっさとベッドから出ないと)


彼の手に掴まれた足首を離そうと近づいた。


ぽやぽやな目をした彼がこちらを見る。

「ん、だれえ…?」

その瞳にはまだ人は特定できていなかったみたいだ。


「おはようございます、朝ですよ」

それだけ言ってさっさと掴まれた手から抜け出そうと力を入れた。


グイッと足を思いっきり引き抜くつもりが、

何故だか引っ張られてしまった。


「えっ…?きゃあぁ!」


またバランスを崩されて、

柔らかいベッドに顔面と体を打ちつけた。



(いた…くないわ…ベッドふかふかだわ…)



打った顔面をさすりながら、ふわふわのベッドを撫でた。


後ろの方でガサゴソと音が聞こえる。

もう彼の寝息は聞こえない。


 これは私足を引っ張って悪戯されたのね、と怒ろうと思ったが元はと言えば私が躓いてベッドに転げ落ちたのが悪いので黙った。


「おはよう、ソフィア…」

ふあ…と欠伸をしながら目を擦り体を起こした。



何故か私の足を掴んだまま。



「おはようございます…そのお手を…」

離してくださいませんか…?と続けようとした言葉は


「なぁに?ソフィアはもしかして…夜這い?あ、朝だから朝這いか~、いいよ、なにしたいの~?ソフィアのやりたいこと、しよ?」


という言葉に掻き消された。


「ほら、名前で呼んで?

夜に来てくれたら一緒に眠ったのに」


なんて~って笑う彼を横目に、


「リアム、手を離して…」

と真っ赤になりながら伝えた。


「おはようのキスは?」

「し、しません!」

「えー?お父様とお母様は毎朝してるのになあ」

「それはお2人が夫婦だからです」


ふふっ、と笑うと、

私の足から手を離し再びゴロンと横になった。


「あ、また横になって!起き上がってくださいってば!」


ベッドの上にいたので、

そのまま背中を支えて起き上がらせた。


「え~まだ寝たいな、ほら部屋も真っ暗だし」

私の方に体重をかけて上目遣いで甘えてくる。


「部屋が暗いのはカーテンを閉め切ってるからです!」


「じゃあ、なにしてもバレないね?」

上目遣いのまま、私の肩にコテンと頭を乗せる。


(ヌゥ……可愛い…顔がいい……)


パジャマの首元のリボンを外し、緩めながら両手を広げた。


「……なんですか?」

「ん、起きるから向こうのソファまで運んで?」

「えぇっ?私がですか?抱っこで?」


運んでくれないと倒れちゃう~!

と言われてふらふらするので仕方なく、


「いきますよ?」

と声をかけ、彼の両脇へと腕を回した。


(8才の子供と言えど男の子だし、

割と重そう…本当に私運べるかしら…)


不安になりながらも、持ち上げようとすると。


「やっぱりまだ寝ようよ」


ぐいっと回した手を引っ張られ、押し倒してしまった。


「あっあ~もう~~もごもごもご…」


彼の肩辺りに顔が埋まり、シーツで窒息するかと思いばんばんベッドを叩いた。


ふははは!と笑うリアムにぎゅ、と抱きしめられる。


彼の肩におでこを起き、

もう………!と腰に回された腕を退かそうとした。


「わ、くすぐったいって!!」

彼がびっくりした声を上げた。


「なんか鎖骨あたりに息かかってる、くすぐったい~~」


言われてハッと顔を上げた。

「ご、ごめんなさい!私ってば……」



目が合い、腕に力が入れられた。

ぐるりと回転して私が押し倒された。



「いいよ?ソフィアなら俺になにしても」

艶めかしく笑って私の胸元に顔を埋めた。


「っちょ…と、」

「女の子の胸は柔らかいよねぇ」


ほのぼのとした声でとんでもないことを言い出した。


(相手は8才のマセガキ……

落ち着いて…この子は顔面の良いマセガキ…)


顔を上げ、片方の手でサワサワと撫でられ。


「女の子の胸なんて初めて触るけど、柔らかいからこのまま触ってたいな…」


とんでもないことにまた言い出した。


「ばっ…馬鹿なこと言ってないで起き上がってくださいってば!怒りますよ!」


…じとーと私を見つめ、ソフィアだから触りたいのに。と呟き、さっさと私から降りていった。


そそくさと私もベッドから降り、乱れた衣服を整え、部屋のカーテンを全て開け放った。


「いいお天気ですよ!ほら!もう朝!

今日も一日呪いを解くために頑張りましょう?

私ようやく魔法陣を描き終えたんです!」


「へえ、すごいねソフィア」


彼もベッドから降りてきて、足元を見た。

「あれ、ここに積んで置いた本ってどこいった?」


「本…ですか?」


さてそんなもの知りませんけど…と足元を確認して気付いた。


「わ、私が転んで蹴飛ばしてしまいましたあ!!!」

「えっ、蹴飛ばしたの?」

「あの、ごめんなさい、大切な本でしたか?」


いや全然、と首を振るので、次から足元には置かないように気をつけて下さいと注意だけしておいた。


(私みたく、起こしにきて躓いて

ベッドダイブしちゃう人いるだろうから!)


 この子は私以外のメイドや同じ年頃の女の子にも

あんな事をしているんだろうか…ふと考えてしまった。


 あまり同性の方と一緒にいるイメージがなかったとはいえこの国の王族で、尊い身分のお方。


私は呪いを解くために今だけ一緒にいる。

呪いを解いたらお役御免で故郷に帰る。


(だからこんな風に好かれてるかも…

なんて勘違いはしない。)


でも、そう考えたら少しだけ寂しく感じてしまった。


(だから相手は8才の子供なのよ…!?

なんで私が気にしてなんて…)



「ソフィア?着替えたら朝食にする。準備を頼む」

「は、はい!今支度のもの呼んできます!」


すぐに廊下に出て王子の身の回りの支度をする人を呼び、私は朝食の用意を始めた。


(深く考えてはダメ、きっと年上の女性が珍しくてからかって遊んでるだけなんだから)


そう自分にまた言い聞かせていたら、王子の朝食のスクランブルエッグをお皿から落っことしてしまった。


「ピャァッ…」




*****



 いよいよ私のマジックボックスの呪いを解くときが来た。


 約半月近く、この王城でお世話になった。

 とても時間がかかってしまったけれど、王家の書庫を堪能させていただく機会なんてなかなかないので、いい経験をさせてもらったな、と満足気な顔をした。


「ソフィア嬢、私の息子をどうぞよろしくね、

この子は本当によく頑張ってるのこんな長い期間。」


「ええ、任せてください!」

リアムのお母様こと、王妃さま付き添いの元魔法陣の発動を始めた。




「オリーブの木よ、私の問いかけに答えて…」


 魔法陣の周りが光りだす。私の中に残る僅かなオリビア・フローレンスの魔力が熱を帯びる。


(あ、つい…………)



 このマジックボックスは、前世の私の力の源たるオリーブの木と自らの血液を織り交ぜて作った最高傑作だ。

 何があっても、他人に私の魔法は覆すことなんて出来ない。



 今回は私が箱の中に入れておいた即死の魔法を込めた、オリーブの木の欠片が問題だった。


 私の死後、誰かが私の家へと入り、このマジックボックスは発動した。

多くの人間を殺しまくってしまったんだろう。



 オリーブの木の欠片は自らで浄化が出来ないほど

多くの血を吸ってしまって作り手である私に助けを求めた。


 でも私はすでに死んでしまっていたから、呪いの魔法を、浄化が終わるまでOFFにして眠り続けた。


 ようやく浄化が終わって目覚めたころに、このマジックボックスは在り方が変わってしまったんだろう。


私の部屋の道具庫を守るための箱が、

触れるだけで呪ってしまう箱になってしまった。

150年もの時間をかけて、ゆっくり変化していったのね。



「大丈夫よ、まずはあなたを浄化するからね」


そう箱に語りかけ、オリーブの木や王城に生えている木からも頂いた力を込める。赤黒い靄が天井へ登っていく。



(やっぱり順番が大切だったのね、浄化して作り手の私が元の状態に戻してあげる。

そしてこの箱が食らい続けたであろうリアムの力と、精霊たちの力を元の場所に戻してあげる…)



「怖い事なんてないわ…私が必ず元に戻してあげる…」


ゆっくりと、マジックボックスに触れる。

魔法陣に私の血液を流し込み、呪文を唱えた。


みるみる間に、マジックボックスは色が変わっていく。


始めは黒ずんだ緑色だったが、光によって明るく色づいていく。


箱の中から大きな光が現れ、リアムの下へ飛んでいく。


(あんなに大量の力を奪われていたのね…)


光はリアムを包み込みどんどん吸い込まれていく。



私の目の前でマジックボックスは、

ことり…と蓋が外れて壊れてしまった。



中から、木の欠片が出てきた。


私が魔法紋を彫ったオリーブの欠片だった。

くんくんと香りを嗅ぐと、あの家の懐かしい匂いがした。


手をあて、お疲れ様、ありがとう…と呟き欠片を光に散らした。


(私の大切なものたちを、

ずっと守ろうと頑張ってくれてありがとう。)


箱に祈り、蓋を閉め、元の状態に戻した。


「王妃様、これにて呪いは解きました。終わりです。」

そう伝え、リアムの方を見た。


(お別れを告げないと…)


彼は使用人たちに抱えられ、気を失っているようだった。


「ソフィア嬢、息子は大丈夫かしら…

突然倒れてしまったの…」


「大丈夫ですよ王妃様。

きっと今まで奪われていた力が一気に体に戻ってしまったので、その負荷に耐えられなくて眠ってしまったんだと思います。王子の周りで精霊たちが飛び回っているので、目を覚ましたらきっとマジックボックスを触れた前の状態に戻れますよ。」


そう伝えると、王妃様は泣き出してしまった。


無理もない、まだ8才の男の子がこんなに膨大な力を奪われ、取り返したのに、気を失ってしまうほど苦しんでいる。


魔力の交換はかなり激痛が走るというし、子供には耐えられないくらい痛いだろう…まぁ、そのあたりは精霊たちが何とかしてくれていると思うが。


「王妃様、一応念のためですが、光の魔法使いがいれば、その方に見てもらってください。正常に体に力が行き渡っているか。これは結構大切なことですので。」


「わかったわ!ルークが光の魔法使いなの。呼ぶわ!」

「第三王子が!それは良かったです。くれぐれも安静に、王妃様もご自愛くださいませね。」


「え、あなたは」


そう言って私はきびつをかえし、

魔法陣を描いた部屋から出た。


出たところで、体中の魔力やら体力やらを使い切った私はぶっ倒れた。


誰か!誰か~!という王妃様の声が遠くで聞こえた。


(私のことはいいですから、リアムを…)


そのまま意識が闇に溶けていくように気を失った。





 夢を見た。

前世の夢を見ているのだとすぐに気づいた。


 大きな背中の父、私は父の肩に乗りオリーブの木の枝を手折っていた。


 父に、大切にしなさい。これはお前の相棒になる特別な枝だ、と言われ嬉しそうに木の枝を抱いた。


 そのあと枝を加工して、装飾をつけて、私だけの杖を作ったんだ。


これは、私の部屋の記憶…

魔法で留めておいた大切な思い出だ。


私が死ぬまでの時間、

大切におもっていた記憶を一つ一つ紐解かれる。


 私、勉強をしている時間が好きで、魔法を使う時間も大好きで、そして、このオリーブの木と共にいる時をずっと幸せにおもっていたのに。


 大切な家族、長い時間も放っていてごめんね。


私のオリーブの木は、

あの地でそのまま失われてしまったんだろうか。


もう一度会えたら…


視界が変わった、

最近よく見ていた王城の風景へと変化していく。


箱が置かれていたという宝物庫に視点が変わる。


宝物庫の窓から、大きな木が一本見えた。


“ま、まさか…”


箱はその木から力を得て、

ゆっくりと浄化しているようだった。


“その木は、まだここにあるの?”

返答はない、また景色がゆっくり、ゆっくりと変わる。


あたりが眩い光に包まれる。



時間だよ、さよなら。

そう言われているような温かい光だった。

また会いたい、そう願いながら私は夢から醒めた。



*****



 手になにか冷たいものを感じた。

ぎゅ…と握られている気がする。


 ゆっくり目をあけ、差し込む眩しい光に思わずまた目を閉じた。


「う…眩しい………」


 私の隣に、見知らぬ男の人が眠っていた。

私の手を握りしめスヤスヤと寝息を立てていた。


(だれ…?)


しばらくその男の人を眺めていた。

一向に起きる気配がない。疲れているのかな…


部屋の扉が開き、

第二王子のジャック様が入ってこられた。


「ソフィア嬢、目覚められたか!良かった!」


「ジャック様、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。この通り私は十分元気ですので本日中にでもお暇させていただこうかと…」


そう言うと慌てて引き止められた。


 なんでもジャック様は神聖者でいらっしゃるそうで、私が眠っている間もずっと様子を見に来てくれていたそうだ。


せめて明日まで様子を見てからにしてほしいとお願いされたので、お言葉に甘えて今日はゆっくりさせていただくことにした。


「そういえばジャック様、リアム様はいかがですか?」

「その様子ですと、まだ挨拶されていないみたいですね…」

ため息をつき、まあ…元気ですよ、と答えられた。


「それなら良かったです!

あと、この方なんですが…一体どなたでしょう?」


「あー…そいつは第一王子のアシェル兄さんですね…」


「えっ!?」


 どうして第一王子のアシェル様が…?と疑問に思っていたが、大切な弟の呪いを解いた私に挨拶を…と待たれて、疲れて眠ってしまったんだろうと結論を出した。



(第一王子ってとてもお仕事が大変だと聞くし!!

そういうこともあるわよね?)



ジャック様は私の顔色を確認して、そのまま部屋を後にした。


一言だけ、アシェル兄さんが起きたら“仕事山積みです”と伝えるようにお願いされた。


(やっぱり忙しい方なのね。)



 暫く経ったころに、ん~…という声で、アシェル様が目覚められた。


「おはようございます、アシェル様。

お加減はいかがですか?」


そう聞くと、


「は?」

と答えられた。


アシェル様は握った私の手を見て、

「ソフィア…だよね?」

と尋ねた。


「はい、お初にお目にかかります第一王子様。

ソフィア・アレイストです。この度は第四王子のリアム様の…」と自己紹介をしていたところで、


がばっと強く抱きしめられた。


「ソフィア!無事で本当に良かった!」


「は…はあ?」


いきなり抱きしめられるものだからびっくりして言葉が、は?しか出てこなかった。


(なに?なにが起こっているの!?どうしてこの国の第一王子に私抱きしめられているの?!)


大混乱で、王子の抱きしめる手から逃れた。

「ちょ、突然なんですかあなた!」


「ソフィア…わかんないの?」

頭をコテンとしてこちらを見つめた。


「知らないです…先程ジャック様が仕事が山積みだと言ってましたよ」


それだけ伝えると、私は再び布団を被り、目の前の男の人を無視した。


(王子には悪いけど、初対面でこわすぎ…)



「ソフィア…俺だよ…わかんないかな…」


ぶつくさ言いながら私のふとんをゆさゆさ揺らす。


「ソフィア…こっち向いてよ…」


あまりに切ない声を出すので、仕方なく顔を向けた。


「なんですか、王子」


「もう呼んでくれないの?リアムって…」


突然の事で息が止まるかと思った。


「はあ…?」


「信じられないかもしれないけど、俺は」

「リアム様は8才の男の子で、第四王子です。

あなたの事ではないわ!」


ピシッと言ってやると、王子はびっくりした顔をして、うーーんと唸った。


コンコン…

そこにノックの音が響いた。

どうぞ、と伝えると、王妃様がいらっしゃった。


「ソフィア嬢、お加減いかがかしら…?」


「王妃様!もう大丈夫です、ご心配には及びませんわ」

「そう、良かった!明日帰られると聞きました。

あなたにはお世話になったし、とても寂しいわ…」


私と王妃様が話していると、

「え!?ソフィア明日帰っちゃうの!?なんで!?」

とアシェル様が会話に入ってきた。


「もう、ここに私の用はありませんから」

そう言うと、

「ソフィア、だめだよ。ここにいて?」

と引き止められた。


(さっきからこの人なんなの…?)


やけに綺麗な顔をした王子様は私の手を取り、離さないから!とギュギュっと掴んだ。


「あら、もしかしてソフィア嬢、

あなたアシェルが誰か分からない?」


王妃様に尋ねられ、第一王子ですよね?と答える。


「そうだけど、そうじゃないのよ!」

ふふふと笑い、王妃様は話し出した。


「そうね…我が国にはまず、王子は三人しかいないの」

「え!?三人!?でも…」


王妃様は気にせず続けた。


「第一王子がアシェル、第二王子がジャック、

第三王子がルーク。そして8才の男の子の姿のまま呪いにかかっていたのが、第一王子のアシェルよ。


ソフィア嬢、この子なの、世間には第四王子として公表をしていたけど、それも全部元に戻す方法を探すため。


アシェルは8才の時にマジックボックスに触れて、

成長が止まってしまったのよ。今から10年も昔に」


信じられない…

という顔をしながら王妃様の話を静かに聞く。


「呪いにかかって10年目、

突然アシェルの顔に紋が浮き上がったの。

それを見て、アシェルはもう時間が残っていないと言ってきてね。精霊たちが頑張ってくれたから10年も生きれたけど、自分の中にもう力が全く残っていないことを教えてくれたの。」


ハンカチを片手に、悲しそうに話し続けた。


「誰でもいいからと、私たちは国民に助けを求めたの。そしたら、あなたが来てくれたわ。


会ったその日に紋は消えて、アシェルに笑顔が戻った。もしかしたら呪いも解けるかもしれない、とそう思って祈っていたらあなたは本当に解いて、そして元の成長した姿にしてくれた。


本当に感謝しているの。

私の息子を救ってくれてありがとう」



王妃様に手を取られ、今の事実を飲み込んだ。

そのまま王妃様は二人で話をするといいわ、

と告げ部屋を出た。




「…リアムなの…?あなた、リアムなの?」


泣きそうな顔で私は尋ねた。まだ信じられない。



「そうだよソフィア。

お前をずっと口説いてた8才の男の子だよ」

冗談めかして笑って答えた。


私はリアムに抱き着き、無事でよかった、あなたが元気でよかったと泣いた。



(リアムというのはアシェルのミドルネームらしい。本人は呼び方はどちらでもいいと言ってくれた。)



「ソフィア、お前が俺の目の下の紋を消してくれて、俺が忘れていた笑顔を取り戻してくれたあの日から、ずっと。ずっと好きだったよ。」


お前は?と聞き返し、私は俯いた。


「私、あなたが本当に8才の男の子だとずっと思ってたの。今大きくなったあなたに、すごくドキドキしてる…これは、これは恋…なのかしら…?」


顔を赤らめた私をリアムはくすりと笑って、


「恋、ということにしておいてもらえませんか?」

と強く腕の中に抱きしめられた。


「ずっとあなたにドキドキしてた、相手は子供よ…って何度も自分に言い聞かせてたの。リアムってば突然大人みたいな艶めかしい顔をしたりするんだもの…


本当に…ドキドキしちゃうわ…」



「そうだった?よく分かんないや」

そう言って、彼は妖艶に微笑んだ。


「それ!その顔よ!

うう~顔が良い!ってなちゃってたの!」


「顔が良く生まれて良かった、顔だけ好きなの?」


「む…私をいつも心配してくれるところ、女の子として接してくれたところ、あと……もう一緒にいるだけで好きなところ増えていっちゃいそう…」


ううう…それは反則…と顔を抑えるリアムに、

どうしたの?と聞く。


「だめ、今そんな可愛いこと言われると、

キスしたくなるから」


ギュっと抱きしめ、肩に顔を埋められた。


私は「して、いいのに」ぽつりと答えた。


「は……」



「約束、あなたと、口に私からしてって、」


私がそう言うと肩に埋めていた顔をがばと上げ、彼に、ね…して?と見つめられた。


そのまま顔を近づけ、

ちゅ…と触れるだけの優しいキスをした。


「初めては…私からしちゃった…」

きゃっと顔を赤らめて頬に手を添えた。


そんな様子を見ながらリアムは、後ろからぎゅ…と抱きしめ続けていた。


「可愛い…可愛い…」


うわごとのように呟きながら、

私のうなじにちゅちゅ…と何度もキスをしてきた。


「そんなずっと…流石に恥ずかしいわ…やめて…?」


「じゃあ…」

そう言って後ろから手を伸ばし、軽く服をはだけさせた。


「ひゃ!?」


さわさわ…と胸の方に手を伸ばされると、

一瞬体が硬くなり、バシッと手を叩いた。


「それはだめ!」

「なんで!!!!」


8才の男の子に触られたときは、少し困っただけだった。


でも18歳の男のひとに胸を触られるのは…

なんだかとっても恥ずかしい!!!!


「今日は、だめ…」

「明日ならいいの?」

「わからないわ…だって慣れないんだもの…」


そう言われて、その日2人でどこまで大丈夫なのか話し合いをした。



*****


side:アシェル


 ソフィアと恋人同士になり三か月が過ぎた。

 それだけの時間が経てばソフィアは俺をアシェルと呼ぶようになった。



 体が急に大きくなったせいか、色んなことが付いてこない。


10年もの期間俺はずっと8才の体だった。


 それでも心は成長するし、弟たちもどんどん俺の身長を抜いていったのは悔しく思っていた。




口の中が渇く…心が疼いて仕方ない。


あの日からソフィアと触れるだけのキスをしていた。してもしても全然足りなくて不思議に思った。


それでもソフィアは恥ずかしそうに赤くなって、

これ以上はまだダメと言う。



それならと、押し倒したまま体に触れた。


一瞬体を硬くして動かなくなるソフィアに、

どうしたのか聞くと何故か8才の体の時は許されていた、体に触れる行為が18才の俺だとダメらしい。


(何故なんだ?俺はずっと18才のつもりだったのに)


俺はずっといつになったら体を許してもらえるんだろう、とソフィアを大切に、大切に愛し続けた。



 暫くして国王補佐として働き始めた。

ソフィアもそばで支えてくれていて、なんとか頑張れている。





 毎日ソフィアと一緒に勉強をして、知識を増やし、国のために働いた。


 ソフィアは博識で、何を聞いてもすぐに答えをくれた。


 辺境伯の令嬢とはいえこんなに知識が身についているものだろうか、とよく考えていたが、弟たちに彼女はよく書物庫に入り浸っているからそれでじゃないか?と言われた。


(確かにソフィアは本が好きなんだよな…)


魔法の腕も確かだし、いつかその辺の話も聞けたらいいと思っている。




 その日は一段と忙しく、自分がこの国の王子なんだと改めて自覚した。


ふと、隣の机を見るとソフィアが眠ってしまっていた。


「ソフィア?眠ったの?」


可愛い寝顔…ふよふよ言いながら机に頬をつけていた。


 忙しい日が続いたからな、と眠るソフィアの体を横抱きにしてベッドまで運んであげた。


(体が大きいとちゃんとソフィアを運んであげることも出来るので満足している。)


「ゆっくり、おやすみ」



暫く1人で仕事をこなしていたが、

何となく1人だと寂しさを感じてしまった。


「ソフィアまだ寝ているか…」


少しだけ、とベッドに様子を見に行きスヤスヤ寝息をたてる可愛い恋人の隣に座って、寝顔を眺めた。



ソフィアの手を握り、

「これくらいの距離は許してくれんの?」

と聞いた。


寝ているので返答はない。


握った手を広げて、指と指を絡ませた。

「これは…?恥ずかしいのかな…」


指を絡められてみて

自分では恥ずかしいともなんとも感じなかった。


前もこうやって絡めて握った事あったな…

あれは俺が8才の子供の姿の時だったな…

そんな事を思い出しながら、でももっと触りたいな、と手を離した。



「ね、ソフィア…キスしたい、触れるだけのでいいから。」


ソフィアの顎を撫でこちらに向けた、これは怒られるかな…でも、触れるだけのキスならきっと許してくれる。



「勝手にしちゃてごめんね」



一回、おでこにキスを落とした。

二回、頬にキスを落とした。


耳、目元、鼻、首筋、少しはだけた胸元にもキスをして、ブラウスのカフスの隙間から覗く細い手首を掴み、ボタンを外した。

そのまま指先から手首、二の腕にかけて下から上がっていくようにキスを落とした。


(もう少しだけ…まだ、足りない…)


左手でお腹の辺りをトントンと撫で、

また胸元にキスをする。


(流石に痕をつけるとバレるよな……)


左手はそのままにして、右手でソフィアの頬を撫でると、んん…とくぐもった声がソフィアから漏れる。


はあ…可愛い…と頬をまた撫でた。

そして最後に唇にキスをする。


(触れるだけ、触れるだけ。)


唇に何度も何度も優しく触れながら…

早く起きてくれないかな、と期待した。



少ししてから身じろいだソフィアは

「ん……アシェル……?」

と声をだした。


ソフィアの瞳が少し開く、寝ぼけ眼でふにゃと笑う。


「あれ…どうしたの、アシェル?」


顔がすごく熱くなるのを感じた。

「すごくキスしたくなった」


「え~、もう…じゃあ一回だけよ?」


横になったソフィアはアシェルの首元に手を回して、チュッと音の鳴る可愛いキスをした。


「可愛いからもう一回」

「ダメ」


 にっこり笑ったソフィアは、体を戻し目を擦る。

結構寝ちゃってたわね、といいながらまた仕事に戻るみたいだ。


 秘密でいっぱいキスしたから、今日はまだ頑張れそう。心の中でそう思いソフィアの隣に立った。


「もうちょっとだけ頑張って働こうかな」

「えぇ、頑張ってみましょう!」


お互い机に向かい残りの仕事に手をつけた。


 これは本当に終わる量なんだろうか…そんなことを考えながら先程の幸せだった時間を思い出しにやけた。




***




side:ソフィア



 お風呂のあと、ベッドを整えていた時ふと夕方の出来事を思い出した。



(アシェルってば本当に可愛いわ…)


 疲れて眠ってしまった私をベッドまで運んでくれた恋人。


私が目を覚ますとキスしたい、だなんて。


自分がすごくすごく今愛されているんだな。と感じることが出来た。



(なんだか…私もまたキスしたくなったかもしれない…)



 前世も含めて恋愛初心者の私だったが、アシェルは少しずつ私のペースに合わせて進んでくれた。


 実は私よりも年上だった恋人のアシェル。

最近は体も鍛え始めたみたいで、抱きしめられるたびに体の厚みを感じてしまう。


 子供の見た目の時は頑張れた心のドキドキも、今の姿になると壊れそうなくらい高鳴ってしまう。


 思わず触れるだけのキスしかダメ…と言ってしまったが、彼とならもう少しだけ先まで頑張れそうな気がしてる。



 ベッドメイクを終え、衣装室に移動しバスローブを脱ぎネグリジェへと着替える。


 薄いピンク色のテロテロした素材で、キャミワンピースの形をしている。

膝丈の裾には太めのレースが縫い付けてあって、ちょっぴり可愛いくらいが頑張って着れるラインだった。


ドレッサーの前に座り、髪を下ろして香油を塗った。少しでも可愛く見てもらいたい。



 ベッドルームに戻ると、既にアシェルが布団の中にいた。


「あ、アシェル!もうベッドにいたのね?

お仕事は終わったの?」


声をかけたが反応はなく、

彼の方を見ると既に眠ってしまっていた。



(相当疲れていたのね…)



いつもなら寝る時に手を繋ぎたい!

とか抱きしめて眠りたい!とか言うのに…なんだか寂しい気持ちを抱えながら、彼の髪の毛を撫でた。



「今日はお疲れ様、明日も頑張りましょうね」

ふふ、と微笑みながら髪にさわさわと触れる。


「ソフィ…」


(寝言…?)


 可愛い寝顔の恋人を見つめ、寝ているのだからいいかなとおやすみのキスをしておく事にした。



「ちゅ…」


唇に一度だけ。……ん~もう一回だけ。


「ちゅ」


触れるだけのキスを何度かした。


何故かいつもみたいに満足出来なくて、

彼の唇をぺろりと舐めた。


(わ、私何してるのかしら…でも…)


もう一回…あと一回だけ……んん…焦ったい…

口…開けてくれないかしら…と指で彼の口元をなぞった。


うっすら開く唇に気付くと、再び、少しだけと、

ちょっと舐めるだけ。と中に舌を入れ込んだ。


「ん、んわ、んん、」


ちゅ、ちゅ…と彼の両頬を手で包み、舌で貪った。



(もう、ちょっとだ…け…っ)



グイッと体が引っ張られ、瞬間、視界がひっくり返った。


彼の上に体重をかけ、頬に触れ動かないように支えながらキスをしていたはずなのに今は彼の下で押し倒されている。


「な、なんでっ…な」


肩を押さえつけられ、ん~っと舌が絡む深いキスをして、彼がじとっとこちらを見つめていた。


「何してんの」

少し冷たい声にびっくりして、今更やり過ぎた事に気付いた。


「あの、アシェル、ごめんなさい、わたし…」

声が震えてちゃんと話せない、


目を擦った彼は、

「ああ、ごめん。夢かと思ったら現実で、なんか妄想と現実がごっちゃになってしまって…これ今夢ではないよね?」


パッと明るい声に戻り、

押さえられていた肩を離してくれた。


「アシェル…怒ってないの…?」

「え、どうして怒るの?」

「だって、私寝ているあなたに勝手にキスして…」

「ソフィアなら俺に何してもいいんだよ?」


でも…と続けようとすると、

アシェルに唇を人差し指で軽く押さえた。


「ソフィア、もう恥ずかしくないの?

俺に、いっぱいキスしてたみたいだけど」


「そ、れは」


恥ずかしくないと言えば嘘になる。

でも、今日はアシェルに触れたいと感じていた。

それを口に出すのはやはり恥ずかしかった。


「寝る前に、キスしたかったの…おやすみの」

「そうだったね、しないで先に寝てた。ごめんね」

「いいの、疲れてたんだもの仕方ないわ!」


「それで寂しくなって…したの?」


こくりと頷く。


「そっか、寂しい思いさせてごめん。

でも寝てる相手にキスはマナー違反だよ?」


「ごめんね」


いいよ、とアシェルは私を横に抱きしめ2人並んだ。


頬に手を添え、いい?と聞いてくる。

こくり、とまた頷くと、触れるだけの優しいキスを落とした。鼻を擦り合わせ、目が合う。


「アシェル…舌は?入れないの?」

「えっ…入れていいの?」

「……いいよ?」


優しく抱きとめていた腕に力を入れて、再び押し倒す姿勢に戻った。


ちゅ…ちゅ…と唇に噛み付くようにキスするアシェルに驚いて体が硬くなってしまう。


「ソフィア、くち、あけて」


今更すぎるが死ぬほど緊張してしまって、

口が全く動かなかった。


自分からは出来たのに人からされるのがこんなに緊張するだなんて思っても見なかった。


「ソフィア…?」

「あ、アシェ…」


名前を呼ぼうと少し開いた唇に、

アシェルはするりと入ってきた。


(ヌァ?!アシェル?!えっあっえっ…?)


「んん…ん~~んぁ……」


一生懸命アシェルに身を任せ、舌を絡めた。


 いつまで、こうやって溶け合うんだろ…と…頭がぽやぽやしてきた時にアシェルの腕が腰から上へと上がってきた。


 私の胸横辺りを掴むと、何故かそのまま下がって元の位置に戻っていってしまった。


不思議に思いながら息を整えながら、

「アシェル…?」と名前を呼ぶと、



フーっと息を大きく吸って吐いたアシェルが、

「今日は、ここで終わり…

この先はもう…気持ちがいっぱいだから…」

と苦しそうに見つめてきた。


その言葉に私は頭を傾げ、

「まだこの先があるの…?」

と尋ねた。


「えっ…」


「なるほど…まだこの先、あるのね」

ふむふむと頷く。


アシェルに寄り添い、それはいつ出来るの…?と聞くと、もうちょっとキスに慣れたら、と言われた。


それなら今日は朝まで抱きしめて眠って、

とお願いしてギュと腕の中に収まった。




*****



 私は宝物庫の鍵を預けてもらえた。


 部屋は埃っぽかった。

アシェルの呪いがかかって以降、誰も近づかない場所となっていたそうだ。


そして、宝物庫の窓を開けた。

ずっとこの場所が気になっていた。


ここに何があるんだろうって、

この木はどこから来たんだろうって。


大きく息を吸った。


宝物庫の窓から見えるオリーブの木。


見た瞬間わかった、

「ここに…ここにいたのね、私の家族」

そう言って涙を流した。



 アシェルにも自分の前世について話をした。

貴方を危険な目に遭わせてしまってごめんなさい、

とそう謝った。


 そして、宝物庫の窓から見えるオリーブの木は私の大切なものだから、どうか切らないで。とお願いした。


 身勝手かもしれない、でも今世でも愛する私の魔法の源にまた出会えたことを感謝した。




(教えてくれてありがとう、出会わせてくれてありがとう)


小さくマジックボックスにお礼を言った。






―夢見てるくらい幸せな気持ち。


 これから毎日あなたと幸せな日々が過ごせるんだと思ったら、前世を覚えて生まれ変わったのもきっと運命だったのだ、と思えた。


 今日も同じベッドで目を覚まして、1番最初に見つめる大好きな人の顔。



「アシェル、ずっとそばにいて」

「当然だよソフィア」




 前世、世紀の大天才であった私が作ったマジックボックス。


 その箱が紡いだ今世、可愛く幼い王子様のために全力で呪いを解いたら、素敵な王子様と運命の恋に落ちました。



手を絡ませて、抱き寄せられる。


「私達、両親みたいに素敵な夫婦になれるのかしら…?」

「俺が必ず幸せにするよ」


軽くキスをした。

小さなあなたに昔望まれたおはようのキス。


「ふふ、ありがとう、愛してるわ。」

「俺も…ずっと愛してるよ。」


私たちあと少し、と今日もカーテンが開くその時まで2人きりの甘い時間に身を浸した。




これは、オリーブの木が導いた夢の恋のお話。




ー完ー


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精霊の愛し子が呪われたらしいので、私が全力で呪いを解いてきます! 朝日奈ゆむ @yumuchu

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